2021年1月8日の放送は「楽譜は語る バッハの職人気質」でした。楽譜からJ.S.バッハの職人気質を読みとる中で紹介された「カンタータ」から、楽譜に残されたサイン「S.D.G.」をキーワードとして選んでみました。
場合によっては著作権マークのように見えなくもないですね。「人の営みはただ神にのみ栄光をもたらす」という考え方ですから、もしかすると「すべての創作物(著作権)は神に」というような意思表示だったのかもしれません。冗談はさておき、昨今グローバルに取り組まれている「Sustainable Development Goals」とは全く関係ありませんが、質の高い教育を施し、権力者による不条理な扱いに耐え、大家族を抱え貧困と飢えと闘った生涯を通じ残した作品の数々は、非常に深く厚い信仰心の上に構築された厳しい職業倫理感から書かれたことは確かでしょう。
参考文献:
「バッハの秘密」淡野弓子著,(平凡社新書, 676), 平凡社, 2013
「バッハ事典」角倉一朗監修, 音楽之友社, 1993
「Bach Archiv Leipzig」Google Arts&Culture
「Bach digital - バッハ・デジタル」
(文・武谷あい子)
カンタータ
管弦楽で協奏される声楽曲カンタータには、教会暦に沿って執り行われる教会の礼拝諸式のための教会カンタータと、貴族の誕生日や聖名祝日、戴冠を祝う式典で上演する世俗カンタータの2種類あります。違いは「教会以外で演奏されるのが世俗曲」とか「コラールの有無」と言うよりは、「使われる歌詞が礼拝用か否か」にあります。バッハは教会カンタータを約200曲(毎日曜日に礼拝があるので週1曲用意)、世俗カンタータを20曲弱を現代に残しました。曲数もさることながら、その創作ペースたるや助手が多くいたとしても膨大な作業だったことが分かります。そこで繰り出されたのが職人技、自作品からの「パロディ技法」。世俗曲として書いた旋律を宗教曲に仕立て直す(宗教的な歌詞に書き替える)ことが少なくなかったのだとか。「クリスマス・オラトリオ」はこの最たる例です。一方、宗教曲から世俗曲へのパロディは原則存在しないそうです。世俗曲は貴族からの委嘱作品ゆえ当然オリジナルが多いわけで、これもバッハの職人プライドがなせるわざと言えるのではないでしょうか。持続可能な開発目標?
芸術家肌の職人が自身の手による品や部位に署名を目立たないよう書き入れたように、音楽職人バッハも譜面のラストページに「S.D.G」と記していました。これはプロテスタント宗教改革で掲げられた5つのソラ(five solae)の1つ「Soli Deo Gloria(神にのみ栄光)」の頭文字をとった略語句で、全ての作品にというわけではなく、声楽曲の歌詞が宗教的であるか否かによって書き込んだそうです。「ロ短調ミサ曲」や「マタイ受難曲」他、自筆譜に明瞭に記されています。平均律クラヴィーア曲集第1巻 24番フーガ ロ短調 BWV869(Bach digitalより一部抜粋)