
2011年の日本デビューから15年。全国47都道府県で演奏を重ね、ベートーヴェンやリストの作品に真摯に向き合いながら歩んできたピアニスト・金子三勇士さん。2026年10月に行なわれる15周年記念リサイタルでは、自身の音楽的ルーツであるハンガリー直伝のピアニズムを、あらためて届けたいのだそうです。
「社会のために生きる音楽家」でありたい――。その揺るがない信念と、音楽への思い、そしてこれからの未来について語っていただきました。
音楽を届け続けた15年

―― 日本デビュー15周年おめでとうございます。これまでの15年を振り返ってみていかがですか。
ありがとうございます。とにかく、ひとりでも多くの方に音楽を届けようとした15年でした。2011年に日本でデビューし、おかげさまで日本国内だけでも47都道府県すべてで演奏することができました。なかには毎年お呼びいただけるような地域もあって、それだけ多くの方が演奏を楽しみにされていると思うと、ありがたい限りです。どんなにタイトなスケジュールでもがんばっていこうと思える、そんな15年でした。
思えば、予想もしていなかったようなできごとがたくさんありました。そもそもデビューの年が東日本大震災の年でしたし、その後も感染症の流行や世界情勢の変化など想像もしなかったできごとが続きました。そうした時代を生きる音楽家として、社会の動きをしっかり見ながらも大切な目標に向けて、ぶれずに活動を続けていくことに意味があったと感じています。
―― 活動を拝見しているといろんなところでお名前を見かけるので、移動日などを考えるとほとんどお休みがないのでは? と思っております。
おっしゃるとおりで、なかなかお休みはありません(笑)。休みを取ろうと思っても「演奏をお願いできますか」と言われたら、そこにお客さまがいらっしゃる限り駆けつけなければ! と思うのです。
―― そのおかげでたくさんの方が三勇士さんの名前を知って、演奏を聴いて、という15年だったのでしょうね。
15年で時代も大きく変わりました。社会レベルで、ピアノやクラシック音楽の知名度がぐんと上がっていると感じます。「ららら♪クラシック」や「ららら♪クラシックコンサート」もそうですが、いろんな形であらゆる層に向けて音楽の魅力を発信してくださる媒体やツールも増えて、それによって足を運んでくださる方も多くなりました。
振り返ると、デビュー当時はまだガラケーの時代なんですよね。いまのように世界中のコンサートやコンクールを手軽に楽しめる環境ではありませんでした。これらをきっかけに一度公演に行かれた方が二度、三度と通うようになったパターンもあるのではと思っています。そして、15年前はクラシック音楽初心者だった方が、いまはもう上級者の音楽愛好家にきっとなられている。そういう方がひとりでも多く誕生するお手伝いができていたのであれば、とてもうれしいです。
―― 2026年10月18日(日)に、15周年を記念して行われるコンサートについてもおうかがいします。これまでも重点的に弾かれてきたベートーヴェンとリストがプログラムに並んでいますが、どちらの作品から決定したのでしょうか。
実は作品ではなく、作曲家から決まりました。おっしゃるとおり、ベートーヴェンとリストはこれまでも大切にしてきた2大作曲家です。わたしのなかでちゃんと理由があってこのふたりを積極的に選んでいますが、このタイミングであらためてそれを言語化して伝えていきたいという思いがあります。
それがなにかというと、このふたりの作曲家がわたしの音楽的なルーツであるという点です。ハンガリーのピアノの恩師たちは全員がリスト直系の弟子にあたり、それを大きく見ていくと、実は同時にベートーヴェンの弟子筋でもあります。この弟子たちによって代々伝承してきている音楽のあり方など、ハンガリーで得られる独自のものがあるように思います。私はそのなかで育ってきたピアニストのひとりでもあります。これからも大切にしていきたいそのピアニズムを、あらためてこのタイミングで伝えていけたらと思い、このふたりに決まりました。
―― ハンガリー直伝のピアニズムを存分に詰め込んだというわけですね。
そうですね。作曲家が決まり、次になにを弾くかとなったときに、リストだったら《ロ短調ソナタ》かなと。これはデビュー当時から向き合ってきた作品で、節目節目で取り上げたい作品のため、この15周年でも弾きたいと思っていました。この曲はピアニストの人生経験とともに変化をしていくタイプの作品でして、曲自体の解釈や、自分自身が音楽と向き合う姿勢も変わってきます。30代の自分としてこの《ロ短調ソナタ》を残しておきたいなという思いで選びました。
―― ベートーヴェンはいわゆる「三大ピアノ・ソナタ」ですね。これは偶然ですか?
いえ、意図して選択しました。リストが1曲しか書かなかったピアノ・ソナタの流れがどこから来ているかというと、やはりベートーヴェンの32曲あるピアノ・ソナタです。ベートーヴェンがあまりにもすごい32曲を書いたからこそ、リストは1曲しかソナタを書けなかったと、実際に言葉で残しているくらいなんです。
今回の15周年リサイタルは、15年前は初級編のプログラムを求めていた方が、いまは中級編、上級編が聴きたいと思っているのではないか。あるいは、今回が初めてのピアノのコンサートであるという方もいるかもしれません。そういう方にいきなりマイナーどころのソナタを聴いてもらっても、もしかしたらその方は二度とピアノのコンサートに来てくれないかもしれない。社会のために生きるピアニストとしては、そういうことはできないポリシーもあります。
どのベートーヴェンのソナタであれば初級、中級、上級編の愛好家の方に楽しんでいただけるかと考えて、たどり着いたのがやはりこの副題が付けられている「三大ピアノ・ソナタ」でした。ベートーヴェンという作曲家の魅力を、この3つの作品を通してみなさまにお伝えできればと考えています。

―― 三勇士さんは会場ごとにアレンジや奏法も変えられることがありますが、今回はどうされるのでしょうか?
今回は基本的にはアレンジを加えたりしないタイプの作品です。ひとつあるとしたら、このおなじみの三大ピアノ・ソナタというのは、多くのピアニストによってさまざまなところで演奏されている作品なだけに、世の中に定着してきている解釈があるように思うんですね。
―― 「暗黙の了解」のようなものですね。
そうです。《月光》であればテンポはこんな感じで、弾き方はこうあるべき……というのは、ピアニストどころかお客さまのなかにもあると思います。あらためて楽譜と向き合うなかで見えてくる、「ベートーヴェンがもともとこの作品をどう描きたかったのか」というイメージと、その暗黙の了解的な解釈が一致するとは必ずしも言えない場合があります。
今回はハンガリーで学んできたベートーヴェンの作品との向き合い方を重視したい気持ちが強いので、聴きなじみのある解釈とは違う形で演奏する瞬間もあるかもしれません。ですが、もしかしたらそちらの方が、本来ベートーヴェンが意図していたものに近い可能性もありますよ。テンポ、ペダルの使い方の違いだったり、フレーズの切り方やダイナミクスのやりかたなど。ぜひお客さまにはその伝統とは違う部分を、ひとつの可能性や楽しみ方としてとらえていただけたらうれしいです。

―― リストの《ロ短調ソナタ》もベートーヴェンの三大ピアノ・ソナタも付き合いの長い作品かと思いますが、初めて弾いたときのことは覚えていらっしゃいますか。
もちろん覚えています。《ロ短調ソナタ》は、実はリスト音楽院の恩師からずっと「18歳になるまでは手を付けるな」と言われていまして、それを守って18歳の誕生日に初めて弾き始めた作品です。ハンガリーでは18歳が成人の年ですが、「大人になってから初めて譜読みをしなきゃいけないくらい、偉大な作品なんだな」と、30代半ばになってその意味が分かるようになってきました。これを12~13歳で弾き始めていたら、いまのような向き合い方ができなかったかもしれません。
―― やはり大人になってからの経験や考え方と、子どもの思考では曲の解釈や考え方が違ってきますか。
ぜんぜん違いますね。おそらく楽譜に並んでいる音符としてしか入ってこなかったり、そこで解釈も止まっていた気がします。
―― 日本の先生でしたら、三勇士さんくらいテクニックがあればそれくらいの年齢で与えていると思うのですが、そこは本場ハンガリーならではの考え方ですね。
ヨーロッパでよく語られるのが、日本も含めたアジアは若い子たちに大作を与えがちだということです。技術的に弾けてしまうから、本当に小さい子どもが大作をバリバリ弾いてしまうんですよね。「10代なかばでとりあえず音を全部無事に弾きました」のような感覚で弾いてほしくないという思いが、ヨーロッパでは強いように感じます。その作曲家がどれだけの苦労や思いでこの作品を書いているか、作品を大切に扱ってほしいという意図があると思うんです。
―― 確かに日本のピアノ教育にはその傾向があるように思います。ベートーヴェンの3曲はいつ弾き始めたかおぼえていらっしゃいますか。
これもしっかり覚えています。実は本格的に弾き始めたのはデビューしたての20~21歳くらいでした。例えば題名もついていない、ふだんあまり演奏されないベートーヴェンのピアノ・ソナタをコンサートのプログラムとして提案すると、「できたら《悲愴》や《月光》あたりをお願いできませんか」と返ってくることが多かったのです。日本ではそれくらいこの作品たちは求められているんだと思い、本格的に勉強しました。
―― 実際に勉強してみて、解釈の違いなどはいかがでしたか?
やっぱり日本で定着している解釈と、自分が思う解釈がかみ合わない瞬間が多いなという印象が最初のころは強かったですね。特に《月光》の第1楽章はそれが大きくて、悩みポイントだったりもします。
―― 日本でよく聴く《月光》は重すぎますか?
そうですね、やっぱりちょっと重いというか暗いというか、遅いというか静かすぎるといいますか……。どうしても「月の光」のイメージに近くなるんでしょうね。テンポもそんなに遅くないはずで、古典派の三連符の動きがなにを意味するかは、きちんと学術的な意味があります。15年プロとして活動してきましたので、デビュー当初よりは自信をもって、自分が信じる解釈を提示できているかなと思っているところです(笑)。
「21世紀のフランツ・リスト」を目指して

―― 三勇士さんは以前から「21世紀のフランツ・リストになりたい」とおっしゃっていますが、今後もリストを極めていくおつもりなのでしょうか。
デビュー当時、どういうピアニストになりたいかと聞かれたら必ず「世界で5本の指に入るリスト奏者になりたい」と答えていました。最近はもう「リストになりきる」くらいの気持ちで活動しなくてはと、あらためて思っているところです。
その背景になにがあるかというと、この15年間の社会の変化の激しさです。コロナ禍や災害があった部分も大きいですし、テクノロジーの進化もすさまじい。こういう時代だからこそ、いままで以上に強く意識させられるのが「わたしたち音楽家はなにを目指すべきで、どう生きて、なにを発信していくのか」という部分です。そうなったときに「もしいまリストが生きていたらどうしただろうか」を考えることが、常にヒントになっています。
―― 実際、リストは斬新な活動をしていた音楽家でもありますね。
リストが生きていた19世紀、彼はパイオニアでした。ピアニスト、作曲家、音楽家という枠を超えて、時代の最先端を生きながら人々のため、世のため、社会のためにさまざまなことを手がけて、残してくれました。そしてそれがまた次世代に引き継がれています。
そういった、世の中のために生きる音楽家もいまの時代には必要なのではないかと思っていて、一方的にアートと向き合ってアーティストとして発信していくだけではなく、常に社会とともに生きていく音楽家像がリストなのかなと。そういった視点から、ただコンサートピアニストとして、舞台に乗ってピアノを演奏するだけにとどまらない活動を目指していかなければと考えています。
―― ご自身にハンガリーのルーツがなければ、リストはここまで気になる存在ではありませんでしたか?
おそらくそうだと思います。ルーツがなければハンガリーにも行っていなかったでしょうね。わたしは小学校1年生からハンガリー人としてハンガリー語を話して学校に通っていましたし、リスト音楽院で過ごした5年間もハンガリー人としてでしたので、やはり留学生と現地の人間では学校側の扱いもぜんぜん違います。ハンガリー人として学べたのは、わたしのアイデンティティというべき部分ですね。

―― なるほど。ハンガリー語を母国語としてしっかり理解されているからこそ、現地で得た知見や文献などもダイレクトに吸収されて、解釈にも強い影響を与えているのですね。
リスト音楽院の建物のなかにはリスト研究所もありますが、それこそ《ロ短調ソナタ》も手書きのさまざまなバージョンを見たり、ハンガリー語の文献を読んだり、研究者とお茶を飲みながらお話をうかがったりしたことも、留学生だったら難しかったのかもしれません。
それだけハンガリー人としてのアイデンティティが強かったし、ハンガリー語の方が自分のなかでも優位だったのです。だからこそ、実はこの15年の裏テーマとして今度は「日本人としてのアイデンティティの確立」がありました。47都道府県すべて回りたいという思いもそこから来ています。歴史と文化を知ることで、やっと自信をもって「自分は日本人でもあります」と言えるところまできたかな、という感覚ですね。
―― 日本人のアイデンティティが確立されたなと思った部分はどこにありますか?
最近になって、夢を日本語で見るようになりました(笑)。あとは日本国内でハンガリー語を話すときに、自分のなかで不思議な違和感が生まれるようになって、最初の3分くらいはたどたどしくなるような感覚があります。これはもう、日本人としてのアイデンティティが強くなったのだなと思うのですが、ハンガリーの空港に降り立った瞬間にちゃんとスイッチが切り替わって頭のなかはハンガリー人になるので、逆にハンガリーでは日本語が使いにくくなったりするんです。
―― 三勇士さんにとってのリストはどんな存在ですか。
時代を超えてのわたしのメンターですね。直接レッスンを受けられたわけではないのですが、間接的にいろんなことを助言したり教えてくれる、そういった存在ですね。
音楽家の言葉を届ける── 「リサイタル・パッシオ」で培ったもの
―― NHK FMでMCを務められている「リサイタル・パッシオ」についておうかがいします。さまざまな年代、そして楽器も違う多くの音楽家と共演されていますね。
ありがたいことに司会をはじめてもうまもなく10年を迎えます。さまざまなゲストにご登場いただいて、ふだんなかなかお会いできない方ともご一緒できたことはとても貴重な経験でした。
リサイタル・パッシオは若手も多く登場する番組ですが、「意外と音楽家はお話好きとは限らないんだな」という印象があります。むしろ、あまりしゃべりたくないという方が想像する以上に多いんですよね。公開収録のときもあるので、緊張感のあるなかで少しでもリラックスして、自然体でお話しいただけるお手伝いをできればと、いつも考えています。
―― 三勇士さんの落ち着いた語り方がとても聞きやすくて、最初はNHKのアナウンサーが話しているのかと思いました。
司会をさせていただくことで日々トレーニングを受けているような感じでしょうか。公共放送なので言い回しや表現のルールがあり、それらを番組のなかで学んだり、公開収録はまるで生放送のようでお客さまが目の前にいらっしゃるため、噛まないように、変な言い方にならないように気を付けています。
一発勝負で時間尺のなかにおさめて話す、という練習はよくやっていました。ストップウォッチを持って、この内容を1分で話す、のような感じです。あとは話すスピードでしょうか。録音して、聞き直して、この速さだとちょっと聞き取りにくいなとか、この遅さだと間延びしてしまうなとか、そういった部分は練習しました。
―― なるほど。でもあまりにも心地よい話し方なので最初はおどろきました。
ハンガリーでもラジオのヘビーリスナーだったので、リスナーとして「ここはこうだといいな」と思っていた部分を活かしています。クラシック専門のチャンネルで、毎日早朝に起きて聴いて、そこから1日をスタートさせていました。
―― 番組内で印象に残っているエピソードはありますか。
ひとつだけ挙げるとしたら、コロナ禍ですね。オンラインで番組を作るのは大変でした。やっぱり画面越しではなくて、直接会って面と向かってお話しするのがどれだけ大切なのかが身に沁みました。今後も、相手が目の前にいるからこそお話ができるという部分を大切にしていきたいです。
時代とともに歩む音楽家を目指して

―― いわゆる中堅の年代に入ってきていますが、今後の活動はどのように見据えていらっしゃいますか。
確かにだんだん「若手」と言われる年齢ではなくなってきていますが、とはいえどまだデビュー15年。やっとピアニストとしてのキャリアのスタートラインに立ったかな、くらいの感覚です。まだまだ焦らずじっくりと活動したい気持ちもありますが、年齢が上がっていくとともに、アーティストとしても音楽家としてもより上質なものを目指していきたいです。
―― 新たな目標もお聞かせいただけますか。
「フランツ・リストがいま生きていたら」を考えながら、時代の変化とともにさまざまな挑戦を心がけていきたいので、「時代の最先端でい続けること」が目標ですね。
―― その目標も、音楽をより多くの人へ届けるためなのですね。15年間のお話をうかがうなかで、どの話題にも「社会」という視点がありました。それが三勇士さんの目指す音楽家の姿なのでしょうね。最後に、三勇士さんにとって音楽とはどんな存在かお聞かせください。
いまとなってはなくてはならない存在、私の人生の一部ですね。ピアノは人生を共に歩んでくれる親友だと昔から位置付けていて、いまもそういう感覚でいます。なんでもシェアできますし、自分の素の姿を見せられる相手です。もしかしたらその「素の姿」を、ピアノと音楽を通してみなさんに見ていただくことが、舞台芸術のひとつの魅力なのかもしれませんね。
<文・取材 浅井彩>

今後の公演情報
| 公演名 | 日本デビュー15周年記念 金子三勇士 ピアノ・リサイタル |
|---|---|
| 日時・会場 | 10月18日(日) 16:00開演(15:20開場) |
| 会場 | 東京オペラシティ コンサートホール |
| 出演 | [ピアノ]金子三勇士 |
| プログラム |
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番《月光》、ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》、ピアノ・ソナタ第23番《熱情》 リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 |
| チケット | 全席指定:プレミアムシート※完売 S席7,000円 A席5,000円 Miyujiシート(小学生限定A席)1,000円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
ジャパン・アーツぴあ TEL:0570-00-1212 |
| 公演名 | トマーシュ・ネトピル指揮 プラハ交響楽団 ニューイヤー名曲コンサート |
|---|---|
| 日時 | 2027年1月15日(金) 19:00開演(18:20開場) |
| 会場 | サントリーホール 大ホール |
| 出演 |
[指揮]トマーシュ・ネトピル [ピアノ]金子三勇士 [管弦楽]プラハ交響楽団 |
| プログラム |
ベートーヴェン:劇音楽《エグモント》より〈序曲〉 Op.84 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 《皇帝》 ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 B.178《新世界より》 |
| チケット | 全席指定:S席16,000円 A席13,000円 B席※完売 C席※完売 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
ジャパン・アーツぴあ TEL:0570-00-1212 |
金子三勇士(Miyuji Kaneko)
1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳より単身ハンガリーに留学。祖父母の家よりバルトーク音楽小学校に通い、ハンガリーのピアノ教育第一人者チェ・ナジュ・タマーシュネーに師事。11歳より飛び級でハンガリー国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学、エックハルト・ガーボル、ケヴェハージ・ジュンジ、ワグナー・リタの各氏に師事。16歳で全課程取得とともに日本に帰国。東京音楽大学付属高等学校に編入、清水和音、迫昭嘉、三浦捷子の各氏に師事。同大学を首席で卒業、同大学院修了。
2008年バルトーク国際ピアノコンクール優勝のほか、数々の国際コンクールで優勝。2009年CHANELPygmalion Days参加アーティスト。第12回ホテルオークラ音楽賞、第22回出光音楽賞など受賞多数。
これまでにゾルタン・コチシュ、小林研一郎、汐澤安彦、秋山和慶、広上淳一、山田和樹、原田慶太楼、鈴木優人、シルヴァン・カンブルラン、ジョナサン・ノット、ジョン・アクセルロッド、コヴァーチ・ヤーノシュ、オンドレイ・レナルト、アラン・ブリバエフなど、国内外の名だたる指揮者と共演。オーケストラではハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、NHK交響楽団、MAVブダペスト交響楽団、プラハ交響楽団、シンフォニア・ヴァルソヴィア、アスタナ・オペラ管弦楽団、TOYOTAマスター・プレイヤーズ・ウイーン、読売日本交響楽団、東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団などと共演。ハンガリー、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストリア、スイス、ギリシャ、ルーマニア、チェコ、ポーランド、カザフスタン、ロシア、中国、ベトナム、マレーシア、タイ、シンガポール、インドネシアなどで演奏活動を行う。
近年はライフワークの一環としてアウトリーチ活動も積極的に行い、コロナ禍ではオンラインを活用したさまざまな企画を発信。2019年公開の映画『蜜蜂と遠雷』にて主人公のひとり「マサル」のピアノ演奏を担当。NHK-FM「リサイタル・パッシオ」に司会者としてレギュラー出演のほか、テレビ、ラジオなど多数のメディアに出演。
2022年、ドイツ・グラモフォンより新譜CD「フロイデ」をリリース。2024年に発足した「日本=ハンガリー未来プロジェクト」のエグゼクティブプロデューサーに就任し、国家間の文化交流に精力的に取り組んでいる。2026年には日本デビュー15周年を迎え、全国各地で記念コンサートを開催する。
キシュマロシュ名誉市民。スタインウェイ・アーティスト。
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