
世界三大コンクールのひとつであるエリザベート王妃国際音楽コンクールで、日本人最高位となる第2位を受賞し、大きな話題を集めたピアニスト・久末航さん。いまもっとも注目の若手ピアニストとして、国内外で熱い視線を浴びています。
自分から「弾きたい」意思を示していた幼少期、理系志望だった学生時代から1本の電話をきっかけに渡ったドイツでの研鑽、そして世界的コンクール受賞という栄光を経て、「音楽ありき」の演奏家でありたいという現在の思いまで、その歩みと音楽観をじっくりとうかがいました。
理系少年、ドイツへ渡る
―― ピアノを始めたころはどんなお子さんでしたか?

音楽にはまったく関係のない一般家庭で育ちましたが、両親とも音楽を聴くことは好きで、クラシックだけではなくジャズやロック、J-POPもふくめて音楽が流れている環境で育ちました。3~4歳のころに「弾きたい」と自分から言い出して、家にあった電子ピアノをおもちゃ代わりに弾き始めたのが、ピアノに触れたきっかけです。母が言うには、子どものころから和音には敏感だったそうで、不協和音などが鳴ると顔をしかめたりしていたと聞きました。
―― 最初から音楽に興味があったのですね。習い始めはご近所の先生の教室に行かれたのでしょうか。
4~5歳のころにモーツァルトの《トルコ行進曲》を初めて聴いて、それをどうしても自分で弾きたいと言い出したそうです。それがきっかけでピアノを習おう、ということになり、ご近所の先生のところに通い始めました。《トルコ行進曲》は幼心ながらに「すごくかっこいい」と感じたことを覚えています。
―― その《トルコ行進曲》は、習い始めてどれくらいで弾くことが叶いましたか?
5歳だったので手も小さくて難しい部分もありましたが、それでも自分なりに音を省いたりして弾いていたみたいです。どうやら子どものころから楽譜を読む力があったらしく、楽譜屋さんに行って譜面を見ながら頭のなかで音楽を流して、「この曲すごくいいな」とか「かっこいいな」と思っていました。そして実際に買って、家で弾いてみて……という子どもだったようです。両手で弾けるようになるまでにあまり時間がかからないタイプでした。
―― 5歳での時点で頭のなかで音が鳴るとは、すごい読譜力ですね。ソルフェージュも同時進行で習われていたのですか?
ソルフェージュといえるほどものは習っていませんでしたが、当時の先生が聴音や和声の基本などは教えてくださいました。自分が弾きたい曲を自由に弾かせてくれる先生だったので、自分で作曲もしていました。楽譜に対して抵抗がなかったというか、譜面で遊んでいた記憶があります。そういった遊びのなかで、音楽の基本的な部分も吸収していたのかもしれません。

―― 本格的にピアニストの道を意識したのはいつごろでしょうか。
そうですね、ここ数年でしょうか……。
―― 本当ですか!?
中学生くらいまではコンクールも受けたりしつつ、ピアノが大好きで楽しく弾いていましたが、高校に入ってからはどちらかというと勉強の方に興味が出て、理系に力を入れている普通高校に通っていました。大学も理系に進もうと思い、そのために受験勉強していました。
―― 音楽高校や音楽大学に進まれる道は考えられなかったのでしょうか。
考えませんでしたね。というのも、ひとつの道を究めるにはまだ早いと思っていました。両親も自分も当時のピアノの先生も、もっと広い世界を見てから決めてもいいのではと考えていましたし、中学校を卒業した15歳の段階で「音楽に道をしぼる」のではなく、普通高校に行っていろんな世界を見て、それから考えるつもりでした。
ただ、理系の道に進もうと思ってその方向でかなりがんばっていたのですが、大学受験に失敗してしまったのです。もう1年浪人しようか悩んでいたときに、のちのちフライブルク音楽大学で師事したギレアド・ミショリー先生から偶然お電話をいただきました。
順番が前後しますが、中学1年生のときに大阪でミショリー先生のマスタークラスを受講した際に、とても気に入っていただけて、それ以後も覚えていてくださったそうです。その後6年ほどコンタクトはなかったのですが、高校3年生の受験に失敗したそのタイミングで、本当に偶然電話がかかってきました。卒業式も終わって、これから1年どうしようかと考えていたときでした。「いま京都にいるんだが、きみはなにをしているんだ?」と聞かれて状況を話すと、「じゃあ明日ランチでもどうか?」と。そしてフライブルク音楽大学の話や、ピアノを勉強するということ、留学という選択肢の話をされて、「ぜひドイツにおいで」と背中を押してくださいました。
―― なんという、すごいタイミングですね。この電話がなければピアニスト久末航は誕生していなかったと。
運命の流れを感じるというか、「この流れに乗ってみようかな」というできごとでした。あの電話がなければ音楽の道には進んでいなかったでしょうし、もう1年浪人して普通大学に入学していたと思います。
ドイツの音楽大学は、基本的に秋入学と春入学で1年に2回入学試験があります。この時点で3月だったため、1年後の春入学かなと考えていたら、「ピアノをやるならできるだけ早い方がいいよ」と先生がおっしゃって4か月後の7月に受験することになり、慌てて準備を始めました。ピアノを練習し直して、ソルフェージュや和声、音楽理論も勉強して、ドイツ語もゼロから勉強しました。で、気づいたらドイツにいましたね。
―― 曲を受験用に仕上げるだけでも大変なのに……! もちろん、ソルフェージュや音楽理論の試験もドイツ語ですよね。
そうですね。なのでまずドイツ語をなんとかしないといけなくて、猛勉強しました。人生の方向性が変わった4か月でした。
拍手で送り出し合うファイナリストたち

―― エリザベート王妃国際音楽コンクールで、日本人最高位である第2位を受賞されたことが大きな話題となりました。コンクールに挑戦しようと思ったきっかけをおうかがいできますか。
ずっと、大きなコンクールに挑戦したいという気持ちはありました。よくチャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクールと比較されますが、3つのなかで自分の音楽の方向性に一番近く、親近感を抱いていたコンクールがエリザベートで、チャレンジする後押しになりました。
―― コンクール期間中、印象に残っているできごとや瞬間はどんなものがありましたか?
エリザベートコンクールは出場者全員がホストファミリーの家で生活するのですが、自分がお世話になったファミリーの家では、いろんなことがコンクール中に起こりました。なかでもお孫さんが生まれたのは大きなできごとでしたね。本当に優しくてすばらしいベルギー人のご夫妻で、多くのサポートをしていただきました。ホストファミリーとの時間はとても心に残っています。
―― いまでも連絡を取られているのですか?
よく連絡しています。ベルギーに行くときは泊めていただいたりもしますし、ベルリンまでコンサートを聴きに来てくださることもありますよ。本当に良い、長い関係を築かせていただいています。「ベルギーの父母」的な存在です。
―― コンクールをきっかけに、すばらしい出会いとなったのですね。ほかにも印象に残っているできごとはありますか?
たくさんあります。エリザベートはファイナルの前の1週間、ファイナリストたちがチャペルで共同生活を送るのですが、その時間もまた独特で特殊でした。全員がライバルではありますが雰囲気はとても良くて、和気あいあいとしていましたよ。ファイナルの舞台に向かう出場者を拍手で送り出したりと、みんないい人たちであたたかい雰囲気でした。
―― 数日間に分かれて行われるファイナルのなかでも、久末さんはなんと最後の演奏者でした。どんなお気持ちで待たれていたのでしょうか。

出番が本当にいちばん最後で、その数時間後に結果発表という状況だったので、出番が無事に終わった時点でやり切った達成感と満足感でいっぱいでした。賞をもらうどうこうよりも、自分なりに舞台を楽しめたということがうれしかったんです。
―― その直後の第2位発表ですものね。
名前を呼ばれたときはびっくりでした。うれしかったし、信じられない気持ちでした。
ですが実は、それまでの1週間のチャペル生活の疲れや、そもそものコンクール自体の疲れもあり、体力を使い果たして消耗した状態での結果発表でした。結果発表後のインタビューや取材も夢心地というか、朦朧としていましたね。
初めてのサントリーホールが、自分のリサイタルだった
―― これまでに印象に残っているコンサートを教えてください。
ピアノのリサイタルだと、フライブルクにいたころに聴いたグリゴリー・ソコロフのオール・ショパン・プログラムは衝撃的でした。音がとにかく美しい。ピアノってこんなに歌わせることができるのかと、かぶりついて聴きました。その後、ソコロフの演奏は別の場所でも聴きましたが、フライブルクでのあの公演の衝撃が一番大きかったです。
ほかにも、ドイツ・オーパーで見たバレエの《ジゼル》も感動しました。とてもシンプルで分かりやすい音楽ですが、振り付けや演出の美しさ、ダンサーの方々の物語を紡いでいく動きなどに感動しました。確か泣いてしまったような……。
ピアノの公演だとどうしても「ここは自分ならこうするな」と少しクリティックな聴き方をしてしまうことがあるので、オペラやバレエ、オーケストラ公演などに感銘を受ける瞬間が多いかもしれません。
―― ご自身が出演された公演で印象に残っているものはありますか?
最近でいうと、2025年12月にサントリーホールでおこなった凱旋リサイタルは印象に残っています。実は、サントリーホールに行くこと自体が人生初でして……お客さんとしても行ったことがなかったのです。初めてあの重厚な建物に足を踏み入れたのが自分の公演で、まさか舞台に立てるなんて。格式高くて最高の音響で、すばらしいホールでした。そういったすべてが印象に残っています。
またそのときのお客さんがとても温かくて、最初から集中して耳を傾けてくださっているのが舞台の上にも伝わってきました。初めてのサントリーホールですし、もっと緊張するかと思っていましたが、とても楽しかったです。すごく豊かな時間で、幸せな舞台でした。
「音楽ありき」の演奏家でいたい
―― 現在もレッスンを受けられているのでしょうか?

不定期ですが、ベルリン芸術大学の教授であるクラウス・ヘルヴィヒ先生にレッスンしていただいています。ヘルヴィヒ先生はドイツ音楽に造詣の深い方ですし、聴いていただくことで、自分では気づけない部分を見つけることも多いので、学びは常にあります。
―― 演奏されるうえで、日本とヨーロッパの聴衆の違いは感じますか。
いい意味でも悪い意味でも、ヨーロッパの聴衆はとても正直です。リアクションもクリアなので、いい演奏と悪い演奏、気に入った演奏とそうではない演奏に対する反応はまったく違いますね。でも、それがおもしろいところでもあります。
日本のみなさんは、こう、集中して聴いてくださる方が多いですよね。それがいい緊張感を生み出したりもします。もしかしたら、日本の方が「緊張感」という観点では凝縮されているかもしれませんね。良し悪しではなく、雰囲気や文化、価値観の違いかと思います。
―― 留学をはじめ、海外でのご経験はご自身の演奏や価値観にどんな影響を与えましたか。
ドイツでの生活が長くなって、ドイツ人のなかに混ざってドイツ語で生活していくと、やっぱりベートーヴェンやブラームス、シューマンやシューベルトなどのドイツの音楽家への親近感や理解が深まったなと感じています。日本にいたころはショパンやラフマニノフ、リストなどのロマン派の作品を多く弾いていましたが、ドイツの作曲家の良さにいまいちピンときていなかったかもしれません。ドイツで生活していくなかで、だんだんとその良さを噛みしめられるようになってきました。そしてラッキーだったのは、18歳の若い時期にドイツに来て、こういった文化を吸収できたことです。
たとえば、冬の寒さだけでも日本とは種類が違います。特にベルリンは冬がとても長くて、10月にはもう寒くて真っ暗ですし、それが3月4月までずっと続く。この暗さは日本にはないように思いますね。
―― いまいちばん楽しいレパートリーを教えてください。
ドイツでの生活が長くなってきて、やっぱりドイツの音楽家であるベートーヴェンやブラームスは、自分のなかでも大切な作曲家になっていると感じます。コンクールでも実際にファイナルでブラームスを弾きましたし、もっとドイツ音楽を深く勉強していきたいです。
それと並行して、これはずっと前から続けていることですが、あまり陽の当たらない作品や、隠れた名曲や傑作などを積極的に取り上げていきたいなと思っています。たとえばシューベルトやベートーヴェンのようなメジャーな作曲家でも、あまり弾く機会のない作品はたくさんありますよね。そういった作品に光を当てていきたいです。
―― これまで音楽を続けてきたなかで、この道を選んでよかったと感じる瞬間はありましたか。
やっぱり、お客さんから熱のこもった拍手をいただいたり喜んでもらえる瞬間はうれしいし、やりがいを感じます。音楽に限らず、芸術はとても大きな力を秘めていると感じる瞬間がたくさんあって、それを自分が届けられる立場であるのはとても幸せなことだと思っています。いい音楽を通して人を元気づけことができたりと、明日への活力を届けられる演奏家でありたいですね。
―― 将来的に目指している音楽家の姿を教えてください。
どういう形であれ、舞台の上で弾いていたいです。人との出会いやお客さんとの相性もふくめてコンサートは「生もの」なので、そのひとつひとつの舞台を楽しみたい。これからもいい音楽、いい作品を届けていきたいです。
ちょっと矛盾しているかもしれませんが、例えばお客さんが「このピアニストよかったな」と感じるよりは、「あの作品よかったな」「あの音楽よかったな」「また聴いてみたい」と思ってもらえる方がうれしいです。演奏家が音楽より前に出るのではなく、音楽ありきの演奏家というか……そういう音楽家を目指していきたいです。
―― たくさんの興味深いお話をありがとうございました。幼少期の音楽との出会いから、運命を変えた1本の電話、ドイツへの留学、そしてエリザベート王妃国際音楽コンクールでの経験まで、久末さんの歩みには音楽への誠実な姿勢が一貫して感じられました。「音楽ありきの演奏家でいたい」という言葉の通り、これからどんな音楽を届けてくださるのか、今後のご活躍がますます楽しみです。
<文・取材 浅井彩>
今後の公演情報
| 公演名 | 久末 航 ピアノ・リサイタル |
|---|---|
| 日時 | 6月5日(金) 18:45開演(18:00開場) |
| 会場 | 愛知県芸術劇場 コンサートホール |
| 出演 | [ピアノ]久末航 |
| プログラム |
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ デュザパン:ピアノのためのエチュードより第2番 フランク:前奏曲、コラールとフーガ ロ短調 バルトーク:《3つのブルレスク》 Op.8cより第1曲〈けんか〉、第2曲〈ほろ酔い〉、第3曲〈モルト・ヴィーヴォ、カプリチオーソ〉 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番《熱情》へ短調 Op.57 |
| チケット | 全席指定:S席5,000円 A席4,000円 B席3,000円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
CBCテレビ事業部 TEL:052-241-8118 |
| 公演名 | 久末航 ピアノ・リサイタル2026 |
|---|---|
| 日時 | 6月10日(水) 19:00開演(18:20開場) |
| 会場 | 福岡シンフォニーホール |
| 出演 | [ピアノ]久末航 |
| プログラム |
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ デュザパン:ピアノのためのエチュードより第2番 フランク:前奏曲、コラールとフーガ ロ短調 バルトーク:《3つのブルレスク》 Op.8cより第1曲〈けんか〉、第2曲〈ほろ酔い〉、第3曲〈モルト・ヴィーヴォ、カプリチオーソ〉 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番《熱情》へ短調 Op.57 |
| チケット | 全席指定:S席5,500円 A席4,500円 学生3,500円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
エムアンドエム TEL:092-751-8257 |
| 公演名 | 久末 航 凱旋リサイタル |
|---|---|
| 日時 | 6月14日(日) 14:00開演(13:00開場) |
| 会場 | ザ・シンフォニーホール |
| 出演 | [ピアノ]久末航 |
| プログラム |
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ デュザパン:ピアノのためのエチュードより第2番 フランク:前奏曲、コラールとフーガ ロ短調 バルトーク:《3つのブルレスク》 Op.8cより第1曲〈けんか〉、第2曲〈ほろ酔い〉、第3曲〈モルト・ヴィーヴォ、カプリチオーソ〉 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番《熱情》へ短調 Op.57 |
| チケット | 全席指定:5,000円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
ザ・シンフォニー チケットセンター TEL:06-6453-2333 |
久末航(Wataru Hisasue)
2025年、世界三大コンクールのひとつ、エリザベート王妃国際音楽コンクールで日本人史上最高位の第2位受賞。国際的に大きな話題を集めた。
帰国後、サントリーホールでの凱旋リサイタルを成功させる。2017年にはミュンヘン国際音楽コンクールで第3位および委嘱作品特別賞を受賞。そのほか、リヨン国際ピアノコンクール第1位および聴衆賞、2009年度青山音楽賞新人賞、2019年度青山音楽賞バロックザール賞、2024年度青山音楽賞青山賞受賞。24年に行われた第16回ゲザ・アンダ国際ピアノコンクールでは、審査員によって授与される2つの特別賞(ベートーヴェン賞及びリスト・バルトーク賞) 受賞。
これまで、AUDI 音楽フェスティバル、ヴュルツブルグ音楽祭ほか、数々の音楽祭に出演。バイエルン放送交響楽団、ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団、アントワープ交響楽団、ベルギー国立管弦楽団、東京都交響楽団などと共演。26年以降も、国内外でリサイタル、コンチェルト、室内楽を予定している。
21年、CD「ザ・リサイタル」をリリース、「レコード芸術」誌で特選盤に選ばれる。2025年10月、ドイツのレーベル GENUIN classicsからデュザパン作品集をリリース。
2013年度平和堂財団芸術奨励賞音楽部門受賞、同財団海外留学助成者。2018/19年度公益財団法人ロームミュージックファンデーション奨学生。令和7年度滋賀県文化賞・大津市文化特別賞受賞。2026年、2025年関西元気文化圏賞・ニューパワー賞、第35回出光音楽賞、第36回日本製鉄音楽賞《フレッシュアーティスト賞》受賞。
辰巳晴生・美行、村上久仁子、故・田隅靖子各氏の指導を受け、フライブルク音楽大学、パリ国立高等音楽院、べルリン芸術大学にて研鑽を積み、それぞれ最優秀の成績をもって修了。G.ミショリ、E.シュトロッセ、P.ドヴァイヨン、K.ヘルヴィヒ各氏に師事。べルリン在住。
久末航 公式サイト
久末航 公式X(旧Twitter)
久末航 公式Instagram
久末航 公式Facebook
久末航 公式YouTubeチャンネル
















