
2014年のヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクール、2021年のミュンヘン国際音楽コンクールの優勝、そして今年になってからはドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとしてのトライアル期間が始まるなど、めざましい活躍を続けるヴァイオリニストの岡本誠司さん。ららら♪クラブの人気投票でもいつも上位にランクインする人気ヴァイオリニストでもあります。
ヴァイオリンとの出会いから、音楽に真摯に向き合い続けるひたむきな姿勢と、その音楽観について。そして今年の初夏にリリースされる、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン曲のアルバムやリサイタルへの意気込みなど、たくさんのお話をうかがいました。
怪我の功名!?

―― 3歳からヴァイオリンを始められたとのことですが、始めたきっかけや、幼少期に触れていた音楽について教えてください。
家族に音楽家はいませんでしたが、家にはいつも音楽が流れていました。ヴァイオリンを習い始めたきっかけは近所の友だちです。公園で遊んでいるときに、自慢みたいな感じで「ヴァイオリンを習い始めたの」と楽しそうにしているのを見て「自分もやりたい」と言ったのが最初でした。両親もどうしたらいいのかわからなかったと思いますが、そのお友だちと同じスズキ・メソードの教室で始めました。
―― お家ではどんなふうにお稽古していましたか?
最初は耳で覚える部分がありつつも、楽譜の読み方もきちんと教わりました。
ところが、ある事件がおきまして。家で練習中、ふとした拍子に楽器をこたつの角にぶつけ、駒という大事な部品を割ってしまったのです。近所の楽器屋で直してもらったのですが今度は音が出なくなってしまい、困って先生に相談したところ、日本ヴァイオリン社の中澤宗幸さんを紹介していただきました。
直してもらったあと「ちょっと弾いてみなさいよ」と言われて弾いたところ、奥さまでヴァイオリニストの中澤きみ子先生を紹介され、そこからレッスンを受けることになりました。小学校に上がるタイミングでしたが、人生の大きな転機でしたね。

―― 小学校6年生のときに、全日本学生音楽コンクールで第1位を獲得されていますね。
コツコツまじめに練習するタイプではなかったため、毎日練習しなきゃいけないのが嫌で、辞めようと思ったことも正直あります。でも、ヴァイオリンを弾くことや音楽自体は好きでした。自分が1位になるとは思っていませんでしたが、コンクールで賞をいただけたことは「もっとがんばってみよう」という気持ちを与えてくれました。
当時は特定の作曲家や演奏家に傾倒するというよりは、CDで聴いた巨匠たちや現役の演奏家たちの演奏を真似るのが好きで、ひとつの弾き方だけにとらわれない柔軟さが育ったと思います。中澤先生が招いたウィーンの音楽家たちのマスタークラスで、本場のリズム感や音楽の楽しみ方に触れたことも大きな刺激になりました。
―― 音楽以外の遊びや習いごとはありましたか。
野球やサッカーが好きで、放課後は友だちと外で遊んでいました。ピアノは先生の勧めで小学校入学と同時に始めました。いまでも室内楽などを弾く際、ピアノパートをざっと弾いたりと、作品全体を理解するのにとても役立っています。
「バッハの原点」を探求した学生時代と、ライプツィヒでの優勝
―― 中学生に上がるころ、鈴木秀美先生との出会いがあったそうですね。
ええ。中澤きみ子先生が開催されていた、長野の講習会でのことです。バロック・チェロの鈴木秀美先生がアンサンブルなどの講師としていらしていて、先生が弾くバッハの無伴奏チェロ組曲を聴きました。長野のお蕎麦屋さんの畳の上で間近に聴き、その説得力と、それまで知っていたものとは違う世界に衝撃を受けました。そのご縁で、中学生のころからは鈴木秀美先生のご自宅でプライベートレッスンも受けるようになりました。

―― ヴァイオリンなのに、チェロの先生のレッスンを受けられたのですか?
そうなんです。バッハを弾いたり、ベートーヴェンのソナタでは先生がバスパートを弾いてくださったりと、いま思えばとてもぜいたくな時間でした。ヴァイオリンを弾くこと自体はヴァイオリンの先生から学びましたが、秀美先生からは「和声がこう成り立っているからこう演奏すべき」といった解釈や、歴史的知識に基づく演奏法(Historical Informed Performance)、「音楽とはどうあるべきか」という芸術の根幹を徹底的に教えていただきました。さらにピアノの先生からも楽典やソルフェージュを熱心に学んでいたので、とくに中学高校の6年間は、音楽のコアな部分を多角的にたたき込まれた時期でしたね。
―― そして東京藝大の附属高校(藝高)から藝大へと進まれました。
高校からは澤和樹先生にレッスンを受け始めました。澤先生は「好きなことを好きなようにやればいいよ」と大きな器で受け止めてくださる方でした。実は当時、「ピリオド楽器での演奏こそが至高」だと思い込むほど傾倒していて、コンクールにバッハをノン・ヴィブラートで、しかも裸のガット弦を張って出場してみごとに沈没したんですが(笑)、先生は笑顔で見守ってくださって。頭ごなしに止められず、自分でさまざまなことに気づく機会をいただけて本当によかったと思っています。
―― 大学生活はいかがでしたか?

藝高や藝大では、現在エベーヌ弦楽四重奏団で活躍中のチェリストである岡本侑也くんや、東京交響楽団のコンマス・小林壱成くんなど、才能あふれる同世代と切磋琢磨できたのが良い刺激でした。実は学校の実技演奏の試験の成績で1番を取ったことはなく、当時はコンプレックスでしたが、逆にがんばる原動力になりました。日本音楽コンクールでは本選に進めず悔しい思いをしましたが、そうした経験すべてがいまの自分の糧になっています。
―― そして20歳のとき、ライプツィヒのヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクールでみごと優勝を果たされました。
中学生のころから「バッハってどう弾いたらいいんだろう」とずっと考えてきて、20歳の自分なりに深く考えた演奏が高く評価されたのは本当にうれしかったです。ヨーロッパの大人向けの大きな国際コンクールは、これがほぼ初めてでした。当時、ヴァイオリン部門の審査委員長を務められていたのが小中学生のころにお世話になっていたジェラール・プーレ先生で、鈴木秀美先生やほかの方々からもこのコンクールを勧められたこともあり、バッハの名を冠したコンクールで自分の演奏がどう評価されるのかを知りたかったんです。
―― このコンクールの特色と、ご自身のアプローチについて教えてください。
モダン楽器とバロック楽器が区別されず、ひとまとめに審査されるのが大きな特色です。ピッチも弓も自由。流派や手法だけで判断されるのではなく、「バッハの作品を通してなにを表現できるか」「どう解釈しているか」という本質にフォーカスされています。参加者も原典主義の人からオールド・スタイルの人までバラエティにあふれていました。
私はバロック仕様の楽器を弾く経験も積んでいましたが、自分の表現の準備としてはまだ足りないと感じ、完全に「モダン仕様」で挑みました。楽器も弓もモダンで、スチール弦に肩当てもつけて。ですが、解釈の中身としては、バッハの「原典」をモダン楽器でいかに表現するかを徹底的に考え抜きました。あの当時の自分ができることをすべてやりつくした、という感じです。

コンクールでの葛藤とベルリンでの大改革
―― その後も仙台、ヴィエニャフスキ、エリザベート、ミュンヘンと快進撃が続きますね。
自分のなかでは「快進撃」という気持ちはまったくなく、途中で落ちたコンクールや悔しい思いをした数の方が多い気がします。ただ、プレッシャーのかかる環境で、膨大なレパートリーをどうプレゼンテーションするかという場に身を置くことは、技術・メンタル両面での大きなトレーニングになりました。「自分はどういう音楽をしたいのか」「自分とは何者か」という問いに向き合う重要なプロセスでした。
―― コンクールに挑み続けるなかで、表現への向き合い方も深まっていったのですね。
そうですね。20代に入ってからは、様式感やバランスだけでなく「自分の内面からにじみ出るもの」として表現しなければ、説得力に欠けると強く感じるようになりました。
ただ、25歳で受けたエリザベート王妃国際音楽コンクールはファイナルまで進んだものの、舞台上で自分を包み隠さず「裸になる」ことができず、守りに入って壁を作ってしまったという悔しさが残っています。再現芸術とはいえ、演奏者が透明になってしまったら魅力は半減します。楽譜に真摯に向き合い、作曲者からのメッセージを吸収した上で、心の壁を作ることなく舞台で表現するのが究極の理想だと思っています。
―― 楽譜に真摯に向き合うとは、具体的にどのような作業ですか?
まずは音楽全体の構造を把握し、和声を読み解き、そのなかで「ふつうならこう進むのに、こうなっている」という違和感や、ほかの部分とは違う“スペシャル”な部分を見つけ出します。その劇的な変化をどう表現するか、いくつものオプションを試行錯誤するんです。私は直感型ではないので、あえて突拍子もないアイデアも練習室で試して、引き出しを増やします。そうやって準備しておけば、リハーサルや本番で共演者から違うインスピレーションを受けたときでも、会話のように自然に反応し生きた音楽を生み出すことができるのです。
―― ヨーロッパで学ぶなかで、日本人であること、アジア人であることを意識される場面はありますか?
リズム感やアクセントの感覚では、抑揚メインの日本語で育った我々にはハンデがあり、意識して補う必要があります。ただ逆に、外からの目線でドイツ語やフランス語などを客観的に分析し、音に結びつけられるのは強みです。また、他者に「共感」するマインドや繊細なアンテナは日本人として自然に備わっており、豊かなニュアンスを持つ「日本語」という言語を持てていることは、音楽を解釈する上で誇りに思っています。
―― ドイツへ渡り、アンティエ・ヴァイトハース先生に師事されてからは「フォームをイチから作り直した」そうですが、葛藤はなかったですか?
20歳前後から「こう表現したい」という思いがあっても音にする技術が足りず、ずっともどかしさを抱えていました。ヴァイトハース先生にそれを見抜かれ、弓の持ち方から根本的な大改革を行いました。
でも、3歳から20年間染み付いた癖を直すのは本当に大変で……。練習室ではできても本番では元の癖に戻ってしまい、毎回へこみました。先生からは「プレッシャーのかかる舞台で、それを自分のものとして表現するのはあなたの仕事。勇気をもっていろんな場所でトライしなさい」と背中を押されました。苦しかった時期で、20代後半にもなって先生のレッスンで何度か泣きましたよ(笑)。
コロナ禍での深掘りとデビューアルバム
―― 壁を突破できたと感じた瞬間はありましたか?
2021年のミュンヘン国際音楽コンクールのころには、かなり殻を破れたように思います。その2年前に挑戦したエリザベート王妃国際音楽コンクールのときに比べて、自分の思っていることを自由に表現できるようになり始めていました。ヴァイトハース先生の忍耐強い「訓導」の成果です。
―― ミュンヘンはコロナ禍の直後でしたね。コンサートが止まっていた期間はどのように過ごされていましたか?
コンクール自体が開催されるか分からない状況で、ストレスもありました。コロナ禍ではドイツと日本を行き来し、2週間の隔離生活を7回も経験しました(笑)。
ただ時間がたっぷりあったので、「いままで弾いたことのないコンチェルトを全部譜読みしよう」と取り組んだり、ブラームスの作品番号1から122までをすべて追体験してみようと、全曲を通してみたりしました。同じ時期にまったく違うキャラクターの曲が書かれていたりと、人間の心の揺れ動きまで感じられておもしろかったです。この時期に作品の土壌を深く耕し、「自分が何者か」を徹底的に深掘りできたことはいまの活動にまちがいなく生きています。

―― デビューアルバムのタイトル『frei aber einsam(自由、しかし孤独に)』は、ご自身のモットーでもあるそうですね。ロマン派を代表するヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの座右の銘としても有名です。
はい。 「自由であることは孤独であること」でもあり、その自由への渇望や孤独との向き合いから芸術や人生が動いていく。これはドイツに渡ってから強く実感した、私のモットーです。アルバムでは、ヨアヒムのためにシューマンとブラームスらが合作した《F.A.E.ソナタ》を核に置き、まったく違う人生を歩んだふたりの作曲家と、その間にいたクララ・シューマンにスポットを当てました。
室内オケの最高峰、ドイツ・カンマーフィルでの新たな挑戦
―― 2026年1月に、ブレーメン・ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとしての試用期間が始まったとのこと。この名門オーケストラとのご縁は?
彼らのベートーヴェン・ツィクルスをCDで聴き、圧倒的なエネルギーに衝撃を受けたのが始まりです。2014年の来日公演で当時のコンマスだったダニエル・ゼペック氏にご挨拶し、彼のご縁でヴァイトハース先生を紹介していただきました。その後2018年に、ヴァイトハース門下で当時新コンマスだったザラ・クリスチャンに誘われ、ヨーロッパツアーにエキストラとして1週間参加したのが始まりです。
―― そこからどうやってコンサートマスターへ?
ドイツのオーケストラは公募のオーディション制です。2025年5月にオーディションがあると聞いたとき、迷いもありました。ソロ活動は絶対に続けたい。でも30代からの音楽人生を考えたとき、「たとえばベートーヴェンの交響曲や弦楽四重奏曲を全曲経験せずに、彼のソナタや協奏曲を本当に理解したと言えるだろうか」と。すべてを経験したいと思ったんです。
カンマーフィルは圧倒的な熱量と自由なアンサンブルを持ち、自主運営でコンマス3人がローテーションを組むフリーランス契約のような形なので、1年のうち3分の2は自分の活動に充てられます。ソロ活動を広げながらオーケストラ経験をブーストさせることができる、最高の環境です。
―― 指揮者を置かない「弾き振り」や、リーダーシップも求められますね。
オーディションでも「弾き振り」の審査がありました。指揮者が絶対的なリーダーという形ではなく、後ろの奏者からもどんどん意見が飛んできます。非常に民主的な議論や試行錯誤の中で、全員の意志がひとつにまとまったとき、もっとも魅力を発揮するオーケストラです。ここで音楽を作れることは本当にやりがいがあります。
無伴奏全曲演奏という「登るべき山」への挑戦と新譜アルバム
―― 初夏には、いよいよバッハの新譜アルバムがリリースされますね。
はい。20歳でバッハのコンクールで優勝して以来、 「いまの自分が演奏するバッハ」をみなさまにお届けしたいとずっと思っていました。2020年末から5年がかりで取り組んできた『岡本誠司リサイタルシリーズ』の最終回となる第5弾のテーマが、まさにこの「バッハ」です。
―― 7月5日(日)には奈良で、そして7月13日(月)、14日(火)には東京で、バッハの無伴奏ソナタ・パルティータ全曲演奏会が予定されています。
ジャパン・ナショナル・オーケストラのシリーズの一環でもある奈良公演では、1日で6曲を番号順に弾ききるという巨大な挑戦に臨みます。一方、東京公演では2日間に分けて、月曜日はソナタをメインに、火曜日はパルティータをメインに構成しました。並び順はもちろん、1日で弾くか2日に分けるかによって、私から見える景色も、お客さまが受ける印象もまったく違う「別の顔」が見えるはずです。ぜひ聴き比べていただきたいですね。
―― 1日で全曲を弾ききるというのは、すさまじい体力と精神力が必要ですね。
まだやったことがないので、私にとっても大きな挑戦です。今回、アルバムのライナーノートに書いたのですが、ヴァイオリニストにとってバッハの無伴奏とは「すべての周りにそびえ立つ、登るべき山」です。山登りには常に危険がはらんでいて、一度登り始めたら途中で終わることはできません。でも、そこに山があるからこそ、勇気を持って取り組まなければならない。7月のリサイタルは、まさにその険しい山頂に向けての登頂の機会となります。
―― 読者にはクラシック初心者の方も多いのですが、おすすめのコンサートの楽しみ方はありますか?
まずはなにも調べず、前情報なしで会場に来て、ただ音のシャワーに身を委ねるという聴き方が一番ピュアで楽しいと思います。ショート動画を次々スクロールしたり倍速で観たりと、常に別の作業ができる現代において、2時間「倍速もスキップもできない」空間に身を置き、作曲家のアイデアを追体験し時間を共有する。これは現代において一周回って「最高に贅沢な時間」だと思います。
食べ物でも定食屋からたまに高級フレンチを試すように、少しずつマニアックなプログラムへと知的好奇心を広げていくと、人生を何回繰り返しても楽しみきれないほど奥深い世界が広がっていきますよ。
―― たくさんの興味深いお話をありがとうございました。音楽と真正面から向き合い続けながら、自分自身を更新し続けてきた岡本誠司さん。バッハという大きな“山”への挑戦は、その歩みの集大成であると同時に、新たな出発点でもあるのかもしれません。
<文・取材 尾崎羽奈>

リリース情報
| アルバム名 | 岡本誠司|Sei Solo –J .S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001-1006- |
|---|---|
| 発売日 | 2026年7月5日(月) |
| 演奏 | [ヴァイオリン]岡本誠司 |
| 情報 |
品番:NR-02601 価格:4,400円(税込) |
| 収録曲 |
〈CD1〉 ソナタ第1番 ト短調 BWV1001 パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002 ソナタ第2番 イ短調 BWV1003 〈CD2〉 パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005 パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006 |
| 録音 |
2023年10月30日− 11月4日 ワキタコルディアホール 使用楽器:M.ゴフリラー(1702年製) – NPO法人イエロー・エンジェルより貸与 |
| 詳細 | こちらから |
今後の公演情報
| 公演名 | CD『Sei Solo』 -J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータBWV1001-1006-リリース記念 反田恭平プロデュース JNO Presents リサイタルシリーズ 『ヴァイオリン岡本誠司の世界 2026』 |
|---|---|
| 日時 | 7月5日(日) 13:00開演(12:30開場) |
| 会場 | なら100年会館 |
| 出演 | [ヴァイオリン]岡本誠司 |
| プログラム | J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ (全6曲) |
| チケット | 全席指定:7,000円 U30 3,000円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
ジャパン・ナショナル・オーケストラ E-mail:info@jno.co.jp |
| 公演名 | CD『Sei Solo』 -J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータBWV1001-1006-リリース記念 岡本誠司リサイタルシリーズ Vol.5 “バッハ、無伴奏”(全2夜) |
|---|---|
| 日時 | 7月13日(月)、14日(火) 19:00開演(18:15開場) |
| 会場 | 浜離宮朝日ホール |
| 出演 | [ヴァイオリン]岡本誠司 |
| プログラム |
【7月13日(月)】第1夜 <ソナタ> J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより ソナタ第1番 ト短調 BWV1001、ソナタ第2番 イ短調 BWV1003 、ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005 ほか 【7月14日(火)】第2夜<パルティータ> J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006、パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002、パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 ほか |
| チケット | 全席指定:7,000円 U30 3,000円 |
| 詳細 | 詳細はこちらから |
| お問い合わせ |
NEXUS E-mail:info@nexus.jpn.com |
岡本誠司(Seiji Okamoto)
第19回J.S.バッハ国際コンクールのヴァイオリン部門にてアジア人で初めて優勝。ヴィエニャフスキ国際コンクール第2位、2019年エリザベート王妃国際音楽コンクールでのファイナリスト、2021年にはARDミュンヘン国際音楽コンクールヴァイオリン部門第1位入賞など受賞歴多数の実力派。
東京藝術大学を卒業、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学、クロンベルク・アカデミーを修了。
現在はドイツを拠点に、コンチェルト・ソリストや室内楽など精力的な演奏活動を行いつつ、ライプツィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学の非常勤講師、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学のアシスタントとして後進の指導にも当たっている。反田恭平プロデュースJapan National Orchestraではコンサートマスターを務めるほか、現在、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとして約1年間の試用期間中。
これまでに、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、ヨーロッパ室内管弦楽団、ウィーン室内管弦楽団、サンクトペテルブルグ交響楽団、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団など、国内外のオーケストラとの共演多数。近年では、東京フィルの定期演奏会でチョン・ミョンフン指揮のもと共演し、揺るぎない技巧と豊かな音楽性で聴衆に鮮烈な印象を残した。
2022年文化庁長官より表彰。第31回出光音楽賞を受賞。
ヴァイオリンはNPO法人イエロー・エンジェルよりM.ゴフリラー(1702年製)の貸与を、日本ヴァイオリンソサエティよりF.ガリアーノ(1777年製)の貸与を受けている。
CD「frei aber einsam 〜自由だが孤独に〜」をNOVA Recordよりリリース。
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