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HOMEインタビュー「音楽には力がある」―― ピアニスト桑原志織が得た確信
インタビュー2026.7.8

「音楽には力がある」―― ピアニスト桑原志織が得た確信

©W.Grzędziński/NIFC

 世界最高峰のコンペティションであるショパン国際ピアノコンクールで第4位に輝き、国内外から注目を集めるピアニスト・桑原志織さん。幼いころに出会ったリストの作品が音楽人生の原点となり、勉強中心の中高一貫校から心機一転、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校へと進学し、音楽の道を踏み出しました。
 壮絶な戦禍のイスラエルでの演奏経験は、芸術が人の心となることを確信する大きな転機となったと語る桑原さん。ピアノとの出会いから、30歳になる年に受けたふたつの世界的コンクールでの挑戦、そして「音楽は人生でもっとも大切なパートナー」と語る現在まで、その歩みと音楽への思いをたっぷりうかがいました。

「この曲が弾けるようになるまで、ピアノをやめたくない!」

―― 何歳のころにピアノを始められたのでしょうか。

4歳になったばかりの10月に、自宅の近所にある音楽教室でピアノを習い始めたと両親から聞いています。ピアノより先にクラシックバレエや水泳、絵画教室なども通っていたので、習いごとのひとつとして加わった形でした。

―― ピアノを始めたときからピンとくるものがあったのか、習っていくうちに好きになったのか、どちらのタイプでしたか?

音楽自体は幼いころから好きでしたが、ピンとは来ていなかったと思います。ほかにもたくさん興味のあることがあって、その好きなもののなかのひとつという感覚でした。それが年月を経て、いろんな経験とともに少しずつ特別な存在へと変わっていったという感じでしょうか。

―― 特別な存在へと変わったきっかけがあったのでしょうか。

小学校5年生くらいのころに、いまでも一番好きな作品であるリストのピアノ・ソナタ ロ短調を弾きました。それまでにもリストの作品を弾いたことがあったので、「同じリストなら弾けるだろう」となんとも傲慢な気持ちで譜面を買ってもらったのですが(笑)。譜読みをしたら、もう四六時中ヘビーローテーションで聴いていたいくらい大好きな作品になって、幼心ながらに「この曲が弾けるようになるまで、私、ピアノをやめたくない。ピアノをがんばろう」と思ったのです。これが最初の大きな転機のひとつでした。
もうひとつは、中高一貫校に通っていた中学校2年生の終わりごろに藝高(東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校)を受けようと考えたタイミングで、ターニングポイントでもあります。当時の音楽の先生が藝大ご出身でしたが本当に親身にしていただき、通っていた中高一貫校の付属女子大の講堂にあるフルコンのスタインウェイで練習させてもらったりと、とにかく力になってくださいました。勉強ではなく芸術系で外部校を受験する人はほとんどいないので、関わった先生方もみんな応援してくださって、とてもありがたかったです。

―― 中高一貫校からの転校は相当な覚悟が必要だったのではないでしょうか。ピアニストとして生きていこうと考え始めたのはいつごろでしたか。

「いつ」と明確に意識した記憶はない、というのが正直なところです(笑)。藝高に入学したため、音楽関係ではない両親が手探りでいろいろと調べて導いてくれていましたし、私自身も「突然飛び込んだ知らない世界」だったので、目の前のことに追われながら一生懸命ひたすらにやってきたのが、感覚としては一番近いですね。「これでいける」と思った瞬間はありませんでした。気が付いたら、たくさんの運やご縁に恵まれて、ここまで来られたという感覚です。

―― ピアノの道に進むと決めたとき、ご両親やご家族はどんな反応でいらっしゃいましたか。

すんなりと「はい、いいですよ」とはもちろんいかず、何度も家族会議を重ねました。当時は中学2年生ですから両親から見たらまだまだ子どもですし、私自身のやる気が本当にあるのか両親も確かめたかったのではないでしょうか。話し合いを重ねて、それでも「やる」と言い張ったので、最終的に「できるところまでやらせてみよう」という気持ちだったのかもしれません。ちなみに両親は医者になってほしいと思っていたそうで、幼少期は数学の本を与えられていました(笑)。
父は慎重派でしたが、母はそうでもなかったようです。母自身がピアノを習っていた小学校6年生のときにショパンの《英雄ポロネーズ》を練習したそうで……。当時の母はぜんぜん弾けなかったのに、私が同じ年齢ですんなり弾けるようになってしまったので、母は「あれ、この子は才能があるのかもしれない」と思っていたと聞きました。

戦禍のイスラエルで知った、芸術が人の心を支える力

―― 桑原さんがピアニストを目指し学ばれていくなかで、ご自身の音楽観が大きく変わるようなできごとはございましたか?

音楽観といえるかわかりませんが、音楽への向き合い方に一番大きな影響を与えたできごとは、2021年にイスラエルのテルアビブで行われた、ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクールのあとの経験です。
コンクール後は、約1か月にわたりイスラエル各地を巡る入賞者ツアーが予定されていました。ところがツアーの途中で情勢が急激に悪化。国外へ向かう便が次々と欠航し、ヨーロッパへ戻ることが容易ではない状況になりました。
このツアーの最後の演奏会が、ガザ地区にかなり近い南の方のアシュドットという街で行われたのですが、朝からリハーサルをしている最中にも戦闘が始まってしまったのです。ミサイルが飛んでくるときは警報が鳴りますが、「それが鳴ったらなにをしていようと演奏会は即キャンセル」といわれていて、本番ができるかわからない状況でした。「こんな状況でそもそもお客さまはいらっしゃるのだろうか」と不安がいっぱいです。そんななか無事に自分の出番が回ってきたのですが、舞台に出たら客席は1000人くらいのお客さまで満席で、みなさんが熱い拍手をしてくださっていて……心にぐっときたことを鮮明に覚えています。

―― 想像を絶する状況です。そのご経験が、音楽に対する考え方を大きく変えたのでしょうか。

当時はコロナ禍真っただなかでしたし、ただでさえ音楽は不要不急といわれていた時期です。戦争を身近に感じながら生きてきた方々が、苦しい状況だからこそ「人間らしくいる」ために、心の尊厳を守る手段が芸術文化でした。だからこそ、不要不急と言われてもやはり人間には絶対に必要なものであると感じました。芸術は目に見える影響を即座に与えられるものではないかもしれませんが、「音楽には力がある」と心から自分が信じられたときに、音楽家として自分なりの覚悟が心の底に芽生えたのです。この先も音楽家として生きていく上での核になる経験で、音楽家としての人生観に一番大きな影響を与えたできごとだったと思います。
そのツアーではラフマニノフのコンチェルトの第3番を演奏しましたが、作品の背景やラフマニノフ自身の人生にも重なるところがありました。この状況下で、お客さまに聴いていただきながら弾けることがとても幸せで、ボロボロと泣きそうになるのを我慢しながら弾いていましたね。

―― 壮絶な体験でしたね……。日本で暮らしていると、命の危険を冒してまで弾くというできごとは経験しませんものね。

ありがたいことにそれまではこのような情勢にはまったく無縁で、「遠い世界のニュースのお話」でした。この経験がいい経験だったかというと難しいですが、経験できたことは私の人生に本当に大きな影響を与えました。
もうひとつ、芸術の力を感じられたできごとがありまして……。上記のイスラエル国内でのツアーが無事に終わってテルアビブに戻ると、比較的安全だといわれていたテルアビブでも空襲警報が鳴るような状況になっていました。イスラエルはすべての建物に防空壕が設置されていますが、漆喰塗りの箱のような地下にある部屋で、外の爆撃音も響いて聞こえてくるような空間です。一緒に避難した周りの方々はイスラエル人だったので、言語はもちろんヘブライ語。爆撃音とともに、まったくわからない言語しか聞こえない状況はとてもとても心細くて不安でした。
そこにはホームステイ先のホストマザーも一緒に避難しましたが、この方がご趣味で絵を描かれる方でした。その防空壕を作品置き場として使用されていたようで、味気ない壁に作品がたくさんかけられていたのです。その真っ白な漆喰の部屋に、鮮やかに彩られた絵や色彩感に、不安でいっぱいだった心がどれだけ救われたか。あの絵たちがなかったら、どうしようもないくらい怖くて怖くて仕方なかっただろうと思います。芸術から力をもらうという経験は本当にあるのだと、身をもって実感したできごとでした。

「今年が最後の大きなチャンス」覚悟の1年を振り返る

―― 2025年に行われた第19回ショパン国際コンクールでは、第4位に入賞されて大きな話題となりましたね。受賞の前後で生活は変わりましたか?

自宅で練習していることにはあまり変わりがないので、ものすごく大きく変わったかといわれると、相変わらず地道に暮らしています(笑)。でも演奏会のオファーをいただくことが増えまして、ありがたいお話ですね。わたしは東京出身なので、東京以外で演奏する機会がほとんどなかったのですが、受賞してからは各地で演奏してたくさんの方に聴いていただけて、演奏家としては「幸せ」のひとことに尽きるなと思います。

―― その少し前、2025年5月に行われた第21回エリザベート王妃国際音楽コンクールとは、準備期間などを考えるとほぼ同時進行だったかと思うのですが、どのようにコンディションや心の安定を保っていたのでしょうか。

エリザベートはエリザベートで用意周到に準備をしていたので、実は意外と同時進行ではありませんでした。とはいえど2025年前半はかなり切羽詰まって練習していました。30歳になる年で、「これが最後の大きなチャンス」という気持ちがあったので、「今年はとにかくがんばらなきゃ!」という気持ちで走り抜けたように思います。余計なことを考える暇もなく、やるべきことだけに向き合った1年間でした。

―― 同じ年に世界的なコンクールふたつに出られましたが、違いや差などはどこで感じましたか。

ほとんどすべてのコンクールに言えると思いますが、参加者同士が親密になれる機会はあまりありません。入賞してから、入賞者ツアーでご一緒して初めて会話が生まれるくらいの感覚です。ショパンコンクールもある意味最後まで個人プレイで、それぞれが自分と戦ってベストを尽くすコンクールでした。
ですが、エリザベート王妃国際音楽コンクールはちょっと違って、最後に1週間コンテスタントみんなで過ごす時間があります。それが非常に特別なできごとだったなとあらためて思いました。インターネットもスマートフォンも無い環境だったので、みんなたくさんおしゃべりするんです。ファイナリストのみなさん全員がいい方で、とても仲良くなれました。世界でもトップを争う同世代の方たちと、音楽ではない話もしながら一緒に過ごして仲を深められたことが、本当に特別な時間でした。

―― エリザベートの「最後の1週間」は有名ですが、ショパンコンクールも「ショパンだけ」を弾く、ある意味特殊なコンクールですね。

「その作曲家の作品だけを弾くコンクール」は、実はほとんどありません。でもショパンは、ショパンの作品だけでコンクールが成り立ってしまう。やはりピアニストにとって、ショパンは特別な作曲家であると実感しました。ポーランドに入ると周りから聞こえてくる音楽もすべてショパンですし、コンテスタントだけではなく、街の人もショパンだけに向き合っています。ショパンという作曲家の偉大さをあらためて感じるとともに、このような存在がピアノという楽器の世界にいることを幸せに思いました。わたし自身もこのコンクールを受ける機会に恵まれなかったら、ショパンという作曲家にここまで神経を注いで向き合う時間を持てたかわからないので、そこがショパンコンクールの特別さでした。

―― お話ししていても、桑原さんの優しくて誠実な部分が演奏にも出ているなと感じます。コンクール期間中に自分でも一番よく弾けたと手ごたえのあった作品はどれでしたか?

自分としてもお客さまからの評価としても、一次予選がよかったかなと思います。ワルツやノクターンはコンクール直前まで悩みに悩んで練習したので、ある意味奇跡の1回のようないい演奏ができて、がんばって弾いた甲斐がありました。一次予選の最後に弾いたバラード第4番は長く取り組んでいる作品ですが、音楽に没頭して演奏することができて、とても充足感のあるステージでした。
ショパンの作品をポーランドで弾くって、なんというか、特別な温かさに包まれるような感覚があります。こういった心境と、お客さまからいただいたエネルギーなどが相まって、一次予選のスタートダッシュがうまくいったからこそ、いい波に乗れて進んでいけたのはあったと思いますね。

―― ファイナルでは出番が最後の最後でしたが、どんなお気持ちで結果発表を待たれていましたか。

ゲネプロもありましたし、ぎりぎりまで練習もしたかったし、ちょっと遅めのお昼ご飯を食べてから、夕食を取る時間がないまま本番に挑みました。その後もなんだかんだで「ショパン・トーク」に出演したりフォトセッションがあったりと、そのまま朝の3時に……もうお腹は空いたし、眠たいし(笑)。
それに加えて、表彰式のアナウンスがほとんどポーランド語で行われていたため、かろうじて「自分の名前っぽいもの」だけは聞き取れましたが、なにがどう進行しているのか、なんの賞をいただけたのかまったく分からないというのが、結果発表のときの率直な状態でした(笑)。「なにかしらの賞はいただけたのだろう」と思っていたら、その後お声をいただいたり取材を受けたりで、初めて第4位を受賞したという状況を理解しました。

―― まさかのそんな状況だったとは。では本当に「なにがなんだか」状態でことが進んでいったのでしょうか。

はい、そうなんです。名前を呼ばれても状況がよく分からないまま、するするっと結果発表が流れていきました。さすがにエリック・ルーが優勝したことはわかりましたが(笑)。

―― ファイナルでは花柄のお衣装も華やかで印象に残っています。あちらはご自身で選ばれたものでしょうか?

3次予選までは単身でがんばっていましたが、ファイナルからは母がサポートに来てくれまして、そのときに持ってきてもらったドレスです。それまでの予選で着ていたパンツとジャケットのセットアップもお気に入りですが、実はその衣装ひとつしか持って行っていませんでした。
ファイナルで着たあの花柄のドレスは、ポーランドの方からの受けがとても良く、たくさんほめていただきました。アジアンテイストっぽくてお着物みたいと言っていただいたり、ポーランドの国のお花であるパンジーの柄に見えた方もいらっしゃったようで、自分の想像以上にたくさん反応をいただけたお気に入りのドレスです。「このお花、ショパンコンクールのために選んだの?」と、思いがけずうれしいお言葉もいただきました。

―― とても印象に残るドレスですが、そんなうれしいできごともあったのですね。また、受賞されたことで一気に環境も変わったかと思いますが、変わらずにいたいと思っていることはありますか。

「初心を忘れるべからず」を肝に銘じています。作品と作曲家に向き合って、その作品をベストの状態でお客さまへお届けするのが本質なので、きちんと練習することに尽きますね。「忙しいから」「時間がないから」と思ってしまうことはありますが、そこは両親からもしょっちゅう釘を刺されています。

何度弾いても「好きだ」と思える、ベートーヴェンという存在

―― 年が明けた2027年1月からはプラハ交響楽団との共演が控えていますね。こちらのお話が来たときはどんなお気持ちでしたか。

本当に光栄です。実は過去にプラハで演奏したこともありまして、そのときの記憶がとても鮮やかに残っているので、「またプラハに行きたいな、プラハの方々と演奏できたらな」と思っていました。今回プラハのオーケストラと共演できるということで、ひとつの目標が叶いました。その当時の自分が思い起こされる気がして、とてもうれしかったです。

―― ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》を演奏されますね。ピアニストにとって定番のコンチェルトですが、これまでのキャリアでは弾いてこられましたか?

レパートリーではありますが最後に弾いたのはずいぶん前で、藝大を卒業した春の新人演奏会でした。久しぶりに取り組めることがうれしくて、譜面を引っ張り出してチェックしています。あれから10年近く経って、自分自身の解釈や方向性も変わっている部分もありますし、フレッシュに作り上げていきたいです。

―― 桑原さんにとってベートーヴェンはどんな作曲家ですか。

好きな作曲家を聞かれると、ベートーヴェンとラフマニノフと答えるくらいに大好きな作曲家。幼少期からなじみのある作曲家ですが、なんというか、同じ曲を何回弾いても毎回「好きだな」とあらためて深く思える作曲家のひとりで、わたしにとってずっと興味の尽きない存在です。
ベートーヴェンの作品は美しいですが、人間そのもののむき出しの状態を表現しているようなところがあって、私自身もベートーヴェンの作品を弾くときは「素の状態」でないときちんと弾けない感覚があります。取り繕ったよそ行きの状態では上手く弾けないといいますか……。そのままのわたしでベートーヴェンに向き合うことが特別な時間で、直球勝負で取り組む感覚が好きなんです。

音楽は人生でもっとも大切なパートナー

―― これまでに一番印象に残っているコンサートはありますか?

2020年のコロナ禍に聴きに行ったベルリン・フィルの公演です。自粛期間のあとにコンサートが復活した期間があったのですが、その当時は留学していたので運良く自粛明けの公演に行くことができました。10席に1席くらいの間隔で販売されていて、本当に少ない人しか入ることができなかった公演です。プログラムはベートーヴェンの交響曲第6番《田園》でしたが、自粛自粛で制限された世界だったので、ベートーヴェンの描いた作品のなかに広がる、自由で豊かな田園の光景に心から魅了されて、忘れがたい演奏会として心に残っています。

―― 目指している音楽家像をお聞かせいただけますか。

さまざまな作品に取り組んで、それを多くのお客さまに末永く聴いていただけたら幸せです。息長く活動できる音楽家を目指すは大前提で、そのために演奏技術や演奏自体をブラッシュアップするのはもちろん、演奏家としてホールでお客さまに還元していきたいです。
これまでは本当にがむしゃらに取り組んできましたが、今後は視野も広く保って、内側の豊かさのようなものも自分自身で育てる努力をしたい。いままで本当にたくさんの方に応援してもらって、ご支援いただいてここまで来られたので、今度は私が社会に恩返しをしていけるような活動をしたいと思っています。

―― たくさんの興味深いお話をありがとうございました。最後に、桑原さんにとってのピアノ、そして音楽はどんな存在でしょうか。

人生でもっとも大切なパートナーとでも言うべきでしょうか。ピアノは「物」ではありますが、こちらの気持ちや感情が反映されますし、ある意味、人付き合いをしているような気持ちで接しています。ずっと支えてくれるパートナーのような感覚です。私自身、幼いころから音楽を聴くことも弾くことも大好きで、その世界にお仕事として自分が携われていることを本当に幸せに思っています。音楽からたくさんの力をもらってきたので、これからも感謝の気持ちを持って、一緒に歩んでいきたいです。こうしてあらためて考えると、やっぱり「パートナー」という言葉がしっくりくる存在ですね。

<文・取材 浅井彩>

今後の公演情報

公演名 桑原志織 ピアノ・リサイタル
日時・会場 12月10日(木) 19:00開演(18:30開場)
会場 札幌コンサートホールKitara 大ホール
出演 [ピアノ]桑原志織
プログラム 【オール・ショパン・プログラム】
ワルツ第2番 変イ長調 Op.34-1
バラード第3番 変イ長調 Op.47
バラード第4番 ヘ短調 Op.52
ポロネーズ第7番 変イ長調 Op.61《幻想ポロネーズ》
舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
ソナタ第3番 ロ短調 Op.58
チケット 全席指定:S席5,000円 A席4,000円
詳細 詳細はこちらから
お問い合わせ テレビ北海道
TEL:011-351-7277
公演名 トマーシュ・ネトピル指揮 プラハ交響楽団 ニューイヤー名曲コンサート
日時・会場 ●2027年1月11日(月・祝) 14:00開演(13:20開場)
 横浜みなとみらいホール 大ホール
●1月13日(水) 19:00開演(18:00開場)
 東京芸術劇場 コンサートホール
出演 [指揮]トマーシュ・ネトピル
[チェロ]北村陽【1月11日出演】
[ピアノ]桑原志織【1月11日、13日出演】
[管弦楽]プラハ交響楽団
プログラム 【2027年1月11日(月・祝)公演】
ベートーヴェン:劇音楽《エグモント》より〈序曲〉 Op.84
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104 B.191
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 《皇帝》

【2027年1月13日(水)公演】
ベートーヴェン:劇音楽《エグモント》より〈序曲〉 Op.84
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73 《皇帝》
チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 Op.64
チケット 全席指定:S席16,000円 A席13,000円 B席10,000円 C席7,000円
詳細 詳細はこちらから
お問い合わせ ジャパン・アーツぴあ
TEL:0570-00-1212

桑原志織(Shiori Kuwahara)

桑原志織は、第19回ショパン国際ピアノコンクールにおいて『グラモフォン』誌に上記のように高く評価され、第4位入賞を果たし、国際的な注目を集めた。詩情豊かで物語性に富んだ音楽づくりと、強靭な推進力、そして繊細な音色を兼ね備えた演奏で、聴衆を深く惹きつけている。
東京都出身。東京藝術大学に入学し、1年次に第83回日本音楽コンクールピアノ部門第2位および岩谷賞(聴衆賞)を受賞。同大学を首席で卒業し、安宅賞、アカンサス音楽賞、大賀典雄賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞した。
その後ベルリン芸術大学大学院に留学し、国家演奏家資格課程を最優秀で修了。あわせてスタインウェイ・ベルリン賞を受賞した。さらにコモ湖国際ピアノアカデミー(イタリア)でも研鑽を積む。
主要な国際コンクールでも着実に評価を重ね、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第2位(2021)、エリザベート王妃国際音楽コンクール(2025)ファイナリスト入賞のほか、ブゾーニ、ヴィオッティ、マリア・カナルス各国際コンクールでも第2位入賞を果たしている。
これまでにヨーロッパ、アメリカ、アジア各国に招かれ、A.ラザレフ、V.マルディロシアン、A.ボレイコ、小林研一郎、大野和士、高関健らの指揮のもと、イスラエル・フィル、ブリュッセル・フィル、ワルシャワ・フィル、日本フィル、新日本フィル、東京交響楽団ほか多数のオーケストラと共演。
2025年にはデビューCD『桑原志織ピアノ・リサイタル―ブラームス/シューベルト/リスト』をリリース。また、『題名のない音楽会』、NHKスペシャルなどメディアにも多数出演している。
2026/27シーズンには、日本各地でのリサイタルに加え、プラハ交響楽団との日本ツアーを行う。またドイツおよびポーランドの音楽祭にも招かれている。

桑原志織 公式サイト
桑原志織 公式X(旧Twitter)
桑原志織 公式Instagram
桑原志織 公式YouTubeチャンネル

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