コンサートをより楽しむには、その演奏される曲を理解しておくことが大切。作品が世に出るまでのエピソードや人気の背景を知れば、コンサートがさらに楽しくなることでしょう。そこでスタートした、コンサート・プログラムを簡単に予習する特集企画「Program library」。 2024年7月26日から8月11日にかけて、フランスの首都パリで夏季オリンピックが開催されています。今回でVol.10となる「Program library」ですが、フランスが、そしてパリが全世界から注目を集める今こそ、フランス音楽と作曲家の魅力をご紹介いたしましょう。
「中編」からの続き
エリック・サティ、音楽界の異端児
エリック・サティ(1866‐1925)は、パリ音楽院を「退屈だから」という理由で退学するなど、若いころから異端児ぶりを発揮した。1888年に作曲した3曲からなるピアノ曲《ジムノペディ》は、とりわけ「第1番」が日本でもBGMとして頻繁に使用され、よく知られている。サティの作品は、クラシック音楽の従来の約束ごとである調性、和声、形式から飛び出したものが多く、1890年に作曲した3曲からなるピアノ曲《グノシエンヌ》のように東洋的な響きを目指したものから、1913年に書いたピアノ曲《ひからびた胎児》をはじめユーモア全開の作品まで、彼の作品は自由さに満ちている。
1900年に作曲したシャンソン《ジュ・トゥ・ヴ》も世界的に知られており、日本ではゲーム音楽やアニメのサントラとして採用されることが多い。また、1895年ごろに作曲したピアノ曲《ヴェクサシオン》は、1分程度の作品を840回繰り返すよう指示されていることで知られている。
日本と関係のあるイベール
ジャック・イベール(1890‐1962)は、軽妙洒脱で爽やかな作風が特徴で、フルート協奏曲(1934年)、《アルト・サクソフォーンと11の楽器のための室内協奏曲》(1935年)の2曲は、フルート専攻、サクソフォーン専攻の音大生にとって重要なレパートリーとなっている。実はイベールは日本とも縁のある作曲家であり、1940年の「皇紀2600年記念」の奉祝曲としてフランス政府経由で届いた、日本政府からの依頼に応じて《祝典序曲》を作曲して日本に送っている。本作は1940年に東京の歌舞伎座で山田耕筰の指揮により初演された。軽快な主題と荘重なコラール(合唱風の音楽)が重なり合いながら築き上げるクライマックスはみごとである。
多作家で知られるミヨー
ダリウス・ミヨー(1892‐1974)は、1920年頃から後述のオネゲル、プーランクらとともに活動する機会があり、「フランス6人組」のひとりに位置付けられる。400曲を超す多作家で知られ、1937年に作曲した2台ピアノのための組曲《スカラムーシュ》は、オーケストラ、サクソフォーンとピアノ、クラリネットとピアノなどさまざまな編成に編曲され、ミヨーを代表する作品となっている。特に第3楽章でブラジルのサンバのリズムが採り入れられていることで知られるが、これは作者自身が外交官の秘書としてブラジルに在住経験があることからきたものである。
また、1939年公開の映画『愛の騎馬行列』(日本公開時のタイトルは『第三の接吻』)の音楽を自らアレンジした木管五重奏曲《ルネ王の暖炉》は、古風なメロディと斬新な和声という組み合わせが人気を博し、木管五重奏の重要なレパートリーとして定着している。
1945年に作曲した吹奏楽曲《フランス組曲》は、わが国においても演奏機会の多い作品である。本作で採り上げられているフランスの地方と民謡は、すべて第二次世界大戦中にナチス・ドイツの占領下にあった地域のものであり、フランスの「解放」を強くアピールする作品でもある。
アルチュール・オネゲルの作品
スイス出身のアルチュール・オネゲル(1892‐1955)もまた、「フランス6人組」のひとりとして活躍した。1923年に作曲した交響的運動第1番《パシフィック231》は、「231」、または「パシフィック」と呼ばれる蒸気機関車の車輪の配置方法からくるタイトルをもち、蒸気機関車の運動性を表現したともいわれる作品で、初演直後から大人気を博した。1935年に作曲した劇的オラトリオ《火刑台上のジャンヌ・ダルク》も代表作に位置付けられている。ちなみに、日本初演の際のジャンヌ・ダルク役は草笛光子が演じた。
筆者のイチオシの作品は、1953年に作曲した《クリスマス・カンタータ》である。《エッサイの根より》《きよしこの夜》などのクリスマス・キャロルを引用しつつ、きわめて立体的に構成された作品で、近年ではわが国でも演奏機会が少しずつ増えている。
軽妙洒脱なプーランクの音楽
フランシス・プーランク(1899‐1963)もまた、「フランス6人組」のメンバーであった。明確でわかりやすい作風で知られ、フルート・ソナタ(1957年)、クラリネット・ソナタ(1962年)、オーボエ・ソナタ(1962年)は特に演奏機会が多い。1945年に完成した、語り手とピアノのための《小象ババールの物語》は、絵本『ぞうのババール』に曲をつけたもので、原作の魅力をさらに引き出している。近年では彼の宗教音楽作品の再評価が進んでおり、1950年に作曲した《スターバト・マーテル》は特におススメしたい作品である。
オリヴィエ・メシアンの作品
オリヴィエ・メシアン(1908‐1992)は、作曲家、オルガニスト、ピアニスト、そして音楽教育者として20世紀の音楽界を牽引した。パリ音楽院の教員として、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ヤニス・クセナキス、トリスタン・ミュライユ、ジェラール・グリゼー、さらには矢代秋雄、別宮貞雄など、世界と日本の現代音楽界に影響を与えた作曲家を指導した。ちなみに、NHK『映像の世紀』テーマ曲などで知られる加古隆もメシアンの弟子である。
ナチス・ドイツの強制収容所に収監されていた時に作曲した《世の終わりのための四重奏曲》(1941年)や、2台ピアノ曲《アーメンの幻影》(1943年)など活動の初期からすぐれた作品を残したが、インドの音楽と思想の影響が強い《トゥーランガリラ交響曲》(1949年)で国際的にその名を知られるようになった。
鳥の歌声への強い関心でも知られ、さまざまな鳥の声を採譜して盛り込んだ《鳥のカタログ》(1958年)をはじめ、鳥の声を採り入れた作品も多い。
メシアンは大の親日家としても知られ、1962年、1985年に来日している。1962年の来日の際には、東京だけでなく軽井沢、奈良、宮島など日本各地を回って鳥の声を採譜し、日本旅行の印象と日本の鳥たちの姿を《七つの俳諧》(1962年)というアンサンブル曲にまとめている。
メシアンは大の親日家としても知られ、1962年、1985年に来日している。1962年の来日の際には、東京だけでなく軽井沢、奈良、宮島など日本各地を回って鳥の声を採譜し、日本旅行の印象と日本の鳥たちの姿を《七つの俳諧》(1962年)というアンサンブル曲にまとめている。
フランス音楽の聴きどころ
本稿では、ここまでフランスの作曲家達とその代表作をご紹介してきた。バロックから近現代まで、幅広い時代にわたる作曲家達の作品の聴きどころをひとことで言い現わすことは難しいが、フランスの作曲家達の特徴として、メロディーの美しさに加えて、和音と和声へのこだわりの強さが挙げられるだろう。時代を問わず、ひとりひとりが独自の和音の響きと、魅力的な和音の紡ぎ方(和声)を追求していた。これはやはりラモー以来のフランスの作曲家の伝統と言えるかもしれない。
<文・加藤新平>
<文・加藤新平>