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Program library Vol.9 「神童」「天才」モーツァルト(中編)

Program library Vol.9 「神童」「天才」モーツァルト(中編)
オーストリアの1ユーロ硬貨にはモーツァルトの肖像が刻まれている
コンサートをより楽しむには、その演奏される曲を理解しておくことが大切。作品が世に出るまでのエピソードや人気の背景を知れば、コンサートがさらに楽しくなることでしょう。そこでスタートした、コンサート・プログラムを簡単に予習する特集企画「Program library」。  クラシック音楽の作曲家……と聞いて、真っ先に思い浮ぶ名前は誰でしょうか。ヨーロッパから遠く離れた日本においても、やはりこの人の名が挙がることが多いのでは? 彼の名は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。  前編ではモーツァルトの生涯と彼の交響曲を確認しましたが、中編では彼のピアノ曲、室内楽曲、協奏曲、管弦楽曲をご紹介いたしましょう。
前編」からの続き

モーツァルトのピアノ曲

 モーツァルトのピアノ曲の中でも、とりわけ演奏頻度の高い作品がピアノ・ソナタ第11番 イ長調K.331(300i)であろう。この作品は「ピアノ・ソナタ」であるものの、いわゆる「ソナタ形式」で書かれた楽章がひとつもない。にもかかわらず「ピアノ・ソナタ」として成立させてしまうあたり、これはまさにモーツァルトの革新性を示すものである。本作の第3楽章はかの有名な〈トルコ行進曲〉。当時ヨーロッパではオスマン帝国(現在のトルコ)への関心が高まっており、トルコ式の軍楽隊の音楽がブームになっていた。モーツァルトも時流に乗ってピアノ・ソナタにトルコ行進曲を取り入れたのである。
 ピアノ・ソナタ第16番ハ長調 K.545は、1788年に作曲された。シンプルな書法と親しみやすいメロディで多くの人に愛される作品であり、「ソナタ・アルバム」「ソナチネ・アルバム」にも高確率で収録されている。「ららら♪クラブ」読者のみなさまの中にも、この曲を弾いたことのある方は多いのではないだろうか。
 《2台のピアノのためのソナタ》 ニ長調 K.448(375a)は、1781年にウィーンで作曲した作品。モーツァルトが弟子のヨゼファ・バルバラ・アウエルハンマーと共演するために書いた作品であり、あの漫画「のだめカンタービレ」の作中、主人公の“のだめ”と千秋先輩が初共演した曲として登場し、日本における知名度が急上昇した。
 《フランスの歌曲「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲》 K.265(300e)という作品をご存じだろうか。またの名を《きらきら星変奏曲》である。1782年ごろにウィーンで完成した作品で、「きらきら星」のメロディを華麗に、そしてかわいらしく、時には深刻に……と、さまざまな表情に変化させる、モーツァルトの作曲技術の粋を集めた名曲だ。

モーツァルトの室内楽曲

 「前編」でもご紹介した通り、モーツァルトは自身の作曲した弦楽四重奏曲のうち、第14番から第19番までの6曲をハイドンに献呈した。その中でも、弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458は、第1楽章冒頭の旋律が狩猟の際に吹かれる角笛に似ていることから《狩》の愛称で知られる。
 モーツァルトの室内楽曲の中でもトップクラスの人気を誇る作品が、クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581だ。1789年にクラリネット奏者の友人アントン・シュタードラーのために書かれたもので、もともとは現在のクラリネットより少し低い音が出る「バセットクラリネット」のための作品である。爽やかで穏やかな第1楽章と、変奏曲の技法を用いた第4楽章が特に印象的で、当時はまだ新しかったクラリネットという楽器の機動性と、人の声にも似た歌心に満ちた響きを存分に活用している。この作品に触発されて、のちにブラームスもクラリネット五重奏曲を作曲している。

モーツァルトの協奏曲

 鍵盤楽器の優れた演奏家としてデビューしたモーツァルトは、コンサートで披露するために数多くのピアノ協奏曲(作曲当時はピアノではなくチェンバロのために書かれているが、本稿ではこの表記で統一する)を作曲した。
 ピアノ協奏曲第1番から第4番は他者の作品をピアノ協奏曲にアレンジしたものであり、モーツァルト自身が初めて作曲したのはピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K.175である。1773年にザルツブルクで完成した本作の、トランペットやティンパニを加えた華やかなサウンドと、技巧を凝らしたピアノ独奏パートは、17歳のモーツァルトがすでに作曲家として超一流の技術を身につけていたことを示している。
 ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271は、長年《ジュノーム》の愛称で親しまれてきたが、1777年にフランスのピアニストであるヴィクトワール・ジュナミのために書かれたものであることが、近年の研究で明らかになっている。協奏曲といえば、オーケストラが演奏し始めてから数分後に独奏楽器が演奏し始めることが当時のスタンダードだったが、本作で独奏ピアノが登場するのは開始からわずか「3秒」。こうした、冒頭からピアノが活躍する書法は、のちのベートーヴェンやシューマンのピアノ協奏曲にも影響を与えたと考えられる。
 ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466は、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でももっと人気が高い。オーケストラの陰鬱なイントロに続いて、ピアノがつぶやくように演奏し始める第1楽章序盤から聴くものをひきつけてやまない。第2楽章は、映画「アマデウス」のエンディングに採用されたことでも知られている。
 1788年に作曲したピアノ協奏曲第26番 変ホ長調 K.537は、1790年に神聖ローマ皇帝レオポルト2世の戴冠式に合わせて、フランクフルトでモーツァルト自身が演奏したことで《戴冠式》の愛称で知られる。ピアノ・パートの華やかさはモーツァルトのピアノ協奏曲の中でもトップクラス。モーツァルト自身が名付けたわけでははないにせよ《戴冠式》の名にふさわしい作品といえよう。
 モーツァルトにとって最後のピアノ協奏曲となった、ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595は、1791年に完成した。第9番《ジュノーム》と同様、第1楽章の冒頭からピアノが活躍する。第3楽章の軽快な旋律はモーツァルト自身相当気に入ったようで、自作の歌曲《春への憧れ》 K.596に転用した。
 鍵盤楽器だけでなくヴァイオリンの名手でもあったモーツァルトだが、ヴァイオリン・ソナタを多数書いた一方で、ヴァイオリン協奏曲はあまり多くない。彼が最後に作曲したヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219は、1775年にザルツブルクで書かれた。第3楽章の途中から「トルコ行進曲」風の音楽が書かれていることから、《トルコ風》の愛称で知られている。
 モーツァルトはピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲のほかに、ファゴット協奏曲、2曲のフルート協奏曲、オーボエ協奏曲などを手がけている。このほか、4曲のホルン協奏曲を書いている。本稿ではその中から、ホルン協奏曲第3番 変ホ長調 K.447に焦点を当てる。1787年に書かれた本作は、ホルンの旋律の美しさで人気を博しているのみならず、ホルンを学ぶ高校生や大学生にとっても欠かせないレパートリーになっている。
 オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314は、漫画「のだめカンタービレ」で“のだめ”に恋する黒木くんが演奏する曲目として登場したことで、さらに知名度と人気が上がった作品。だが、この作品は長年楽譜が行方不明となっており、1920年にモーツァルトの息子の遺品からパート譜が見つかったことで、再構成と演奏が可能になったという経緯がある。イタリア・オペラの歌心を器楽曲に取り入れるという、モーツァルトの手腕が遺憾なく発揮された名曲である。
 先述のとおり、モーツァルトが活躍していた時代に、当時最新鋭の楽器としてクラリネットが登場してきた。1791年に作曲したクラリネット協奏曲 イ長調 K.622は、クラリネット五重奏曲と同様に友人のアントン・シュタードラーのために(そして、当初はバセットクラリネットのために)作曲された。このころのモーツァルトは少しずつ体調の悪化を意識し始めていたが、本作は明るく軽快で、作曲者の体調面の悩みは微塵も感じさせない。クラリネットという楽器の音域の広さ、そして音色の多彩さを活かしきっており、まるで「新しい楽器のプロモーション」のために書かれたかのような傑作である。

モーツァルトのそのほかの管弦楽曲

 1779年にザルツブルクで作曲した《セレナーデ第9番》 ニ長調 K.320は《ポストホルン》の愛称で知られる。旅先で耳にした、郵便馬車の出発・到着を告げるポストホルンの旋律を採り入れており、幼少期から旅行の多かったモーツァルトならではの作品となっている。
 モーツァルトといえば、ちょっとお下品なものも含めて冗談好きであったことで知られている。《音楽の冗談》 ヘ長調 K.522は、1787年に完成した小編成の管弦楽曲である。第1楽章は不自然なメロディや転調、第2楽章は行進曲風のメヌエットや無意味に音を並べたような中間部が特徴。第3楽章は「オレが主役だ」と出しゃばりなくせに音を外しまくる第1ヴァイオリン・パートが悪目立ち。そしてへたな転調や不完全燃焼なフレーズ、あげくのはてに最後は変ロ長調、変ホ長調、イ長調、ト長調、ヘ長調が同時に鳴り響くカオス(専門用語では「多調」という)……という第4楽章。まさにどれをとっても抱腹絶倒。素人作曲家と下手な楽団を揶揄(やゆ)したブラックユーモア満載だ。音を外したように聴こえる箇所が多いが、実は細かく「外れたように聴こえる音」を書いているあたり、天才が書いていることを隠しきれていないのもご愛敬。
 《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》 K.525は、《音楽の冗談》と同時期の1787年夏ごろに完成した弦楽合奏曲である。おそらく、わが国においてもっともよく知られているモーツァルトの作品だろう。《音楽の冗談》ではわざと「へたくそな素人作曲家」になりきっていたモーツァルトだったが、この作品では第1楽章冒頭のあの有名な旋律をはじめ、均整の取れた作風を堅持している。
 「後編」では、モーツァルトのオペラ、宗教音楽をご紹介する。

<文・加藤新平>

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