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ピアニストになりたいピアニスト、務川慧悟の本音

 ららら♪クラブが実施した人気投票企画「あなたが2021年に注目する日本人ソリスト」で堂々の第4位にランクインしたのは、ピアニストの務川慧悟。  おととしのロン=ティボー=クレスパン国際コンクール第2位受賞の話題もさることながら、国内外で目覚ましい活躍を見せている務川だが、不思議なことに彼のTwitterの自己紹介は「ピアニストになりたい。」という一文から始まっている。自らを「論理的に考えるタイプ」だと自覚しクールな振る舞いの内側に秘めていたのは、聴衆に音楽を届けるピアニストであることに対する人一倍熱い思いだった。

バッハ好きのピアノ少年

――はじめに、務川さんはどんな幼少期を過ごしていらっしゃったのでしょうか。
1歳過ぎの頃。自宅にて
僕の地元は田舎だったので、幼稚園から中学校までずっと同じメンバーでした。音楽の授業が終わった後に「務川ピアノ弾いてよ」って友達に言われてよく弾いていましたね。みんなが喜んでくれるのが嬉しくて。コンサートの原体験はそうやって、音楽室で友達にピアノを聴いてもらっていたあの頃だと思います。今でもそうなのですが、人前で演奏することは「怖さ」より「好き」という感覚の方が強いです。 ――バッハがお好きだそうですが、当時から? はい、昔からバッハが大好きでした。

――バッハが好きな小学生も相当珍しいと思います(笑)。 そうなんですよ。だからピアノの先生も珍しがって、バッハを練習する機会をたくさん与えてくださいました。それを売りにするというか(笑)。 ――バッハのどんなところが務川さんにフィットしたと思いますか? 分析をして論理をもって組み立てていくと、作品として形になるのが良かったのだと思います。対してショパンは全然分からないなぁと思っていました。ただショパンは今では好きな作曲家の3本の指に入りますね。 ――その過程には何があったのですか? 高校生の頃、ショパン作品の有名なものからマイナーなものまでひたすら譜読みをしていました。ショパンのピアノ曲ならほとんど全部知っているという状態でしたね。作品の中に漂う青春時代特有の感情というか、ショパンに対して共感することが多くなりました。そういう感情はさすがに小学生の頃は分からなかったのだと思います。あとは、当時師事していた横山幸雄先生が1日でショパンを弾く、というコンサートをされていてそれを聴きに行ったり、先生のレッスンからインスピレーションを受けたりしていました。 ――ショパンへの理解というのは、年々深まるものでしょうか? ショパンの曲ってある種の表面的な美しさ、例えばメロディそれだけでもすでに美しいのですが、作家ジョル・ジュサンドとの関係も深いので、文学や哲学への造詣がそれはそれは深い人でもありました。今はそういったショパン作品の根底にあるものに興味があるので、その辺のことへの理解も今後深めて行きたいなぁと思っています。

パリでの音楽修行

――その後、務川さんは東京藝大在学中に第81回日本音楽コンクールに優勝して渡仏、パリ国立高等音楽院のピアノ科に審査員満場一致の首席で入学されました。さらに2019年に行われたロン=ティボー=クレスパン国際コンクールでの2位受賞は、日本でも大きな話題となりました。 コンクール後は、フランス各地の音楽祭からたくさんのオファーをいただき、フランスでの活動の幅がかなり広がりました。 ――ピアノ科を修了後、現在は古楽科(フォルテピアノ科)に在籍されているそうですね。 はい。ピアノの前身であるフォルテピアノという楽器を学んでいます。僕が通っている教室には、同じフォルテピアノでも時代ごとに4種類ほどあるのですが、勉強する曲ごとに楽器を選んで弾いています。もともと興味のある分野であったことに加え、パトリック・コーエン先生というとてもユニークな先生がいらっしゃってその方に惹かれたところが大きいです。レッスン中に、先生が喋りだすと30分くらい話が止まらなくって。先生は雑談かと思いきや、ものすごく哲学的なことや感覚的なことどたくさんのことを話してくださいます。
古楽のレッスン部屋。これらの中から、作品の時代に応じて楽器を選んで弾くのだそう。
――コーエン先生とのレッスンを通じて務川さんの中での変化というものはありましたか? すごくありますね。一番大きく影響を受けたのは、心でもって演奏するということです。先生と出会うまでは自分で音楽を分析して、それをいかに舞台上でも表現できるようにコントロールするかという傾向が強かったのですが、先生からは作曲者がそこで言わんとすることを読み取る大切さを学びました。極端に言ってしまうと作曲者の心が手に取るように分かれば説明はいらない、という訳です。 ――ご自身が培ってこられたアプローチと異なる方法で音楽を理解しようとすることは、大変ではなかったですか。 ちょうどその頃、コーエン先生の他にも何人かの人に同じようなことを言われてしまったんです。それで自分自身をコントロールすることから脱却し、演奏に感覚的な要素を取り入れることを意識するようになりました。 ――フォルテピアノを学びながら、ピアニストとしてどうあるべきかという姿勢もアップデートしてこられたのですね。務川さんは古楽器で弾く作品、例えばバッハやベートーヴェンも演奏されますが、ラヴェルなど近現代の作品も積極的に取り組まれていて、幅広い時代の音楽を演奏されているかと思います。ご自身では時代というものをどんな風に捉えていらっしゃいますか? バッハとラヴェルを弾くのとでは、感覚や演奏技術が全く異なります。例えば1週間バッハを弾き続けると、その後ラヴェルがちょっと下手になってたりとか(笑)。 ピアニストとしては、いろんな時代の作品をきちんと弾き分けることができるというのが理想だなと思っています。 ――例えば今後、務川さんのフォルテピアノが聴ける日が来ることもあるのでしょうか? ごく限られた空間で、というのはあるかも知れないですが大々的にはやらないと思います。というのも、ピアノとフォルテピアノは全く別の楽器だと思っています。人前で弾くようになるためには、フォルテピアノ特有の技術の習得も必要で、それを極めてしまうとピアノの奏法に変な影響が出てくることもあるからです。
2020年、コロナ禍に入る直前のパリでのサロンコンサートの際に。この直後から人前で弾けない日々が始まった…
――なるほど。そのスタンスは務川さんがピアニストであることの裏返しのようにも思えます。軽々とは出来ない、ということなのですね。 そうですね。古楽の作品を現代のピアノで演奏する時に、オリジナルの作品を理解したうえでいかに現代のエッセンスを入れながら演奏できるかを考え実現できるピアニストになりたいです。

論理と感情の狭間で

――現在、Twitternoteなどご自身でも情報を発信されています。特にTwitterの紹介文は「ピアニストになりたい。」から始まっていて、こんなに活躍されているのに、そこにはどんな意味が込められているのでしょうか。 Twitterは大学1年生の時に始めて、その頃から「ピアニストになりたい。」と書いていました。お客様の前で演奏して、人生をかけてピアノと向き合っていく人を「ピアニスト」だと定義すると、当時はまだ演奏活動も今よりは少なくて、もっと人前で弾きたいんだ、という意味で使っていたと思います。でも現在は、もちろん人前で演奏することを通じて生活しているので文字通り、ではあるのですがまた少し違った意味があります。 仮に今の自分のことをピアニストと呼べるか?と問うたとして、僕が小さい頃聴いていたような巨匠ピアニストたち、――ケンプ、ルービンシュタイン 、リヒテル――彼らの演奏には自分なんて到底及ばないなと思ってしまうんです。それで今は、そういう自分にとってスターだったピアニストたちを意識して、あえて消さずに残しています。 ――その時々の務川さんの中でのピアニスト像がよく分かるお話です。と同時に偉大な先人たちに対する畏敬の念をも感じます。noteにも継続して投稿していらっしゃいますが、文章を書くことについてお話聞かせてください。 僕の演奏スタイルって、ピアノの構造や手の動きが楽譜に書いてある音とどんな関係になるか、ひとつひとつに理由をつけながら、それを積み上げていきます。つまり、全てに理由がある。理屈っぽいですよね(笑)。高校時代は演奏にも出ていたと思います。あえて文章にしているのは、理屈では捉えられない感覚を大切にしたい、という思いからです。どうしても論理的になりやすいからこそ、演奏する時にも例えば、この曲のフレーズを言葉に置き換えるとどうなるだろう、自分はどんな風に感じているだろう、と考えるようにしていて、自分が感じた感覚を言語化することを意識しています。
noteに記された"飲み物から考察する「時間」"という回では渡仏後にワインに魅せられたことにも触れている務川さん
――演奏する時に論理と感覚の絶妙なバランスが存在するのですね。確かに、noteには「ツルツルとガサガサについて」とか「時間についての考察」など、感覚的な気づきも多いように思います。ご自身の中でベストポジションは見つかりましたか? 論理と感覚を融合した状態はなかなか難しいですね。練習ばかりしていても、説明っぽい演奏になりますし、それを捨てて感情のほうに行こうとすると、そればかりになってしまって、そういう性格なんですよね。 ――文章を書くとどうしても思考が散漫になりやすいと思うのですが、務川さんの場合、書くことは思考を整理するためというよりは、ご自身の感覚的な部分を刺激するためなのだということがよく分かりました。

忘れられないコンサート

――ららら♪クラシックでは、「コンサートを楽しもう」というコンセプトがあります。務川さんにとって思い出深いコンサートはありますか? 留学後にフランス音楽に触れる機会が必然的に多くなったのですが、中でも初めて聴きに行ったパリ管弦楽団のラヴェルの《ラ・ヴァルス》が衝撃的な上手さで心に残っています。しかも、当日券だったので破格の安さで、この値段でこんなにハイクオリティな演奏が聴けるのか、と(笑)。ラヴェルはパリに行って好きになりました。 いい演奏に触れた直後の反応って、2つあると思うんです。 もう1つ印象深いコンサートがありまして、2年ほど前にパリで、内田光子さんのリサイタルに行った時のことです。オールシューベルトのプログラムだったのですが、それはそれはすばらしくて、もう打ちのめされたというか、孤独を突きつけられたような気分になりました。パリ管の演奏は誰かにその感動を話したくなるような衝動に駆られ、内田さんの演奏は聴いたあとの気持ちをそのまま静かに家に持ち帰りたくなりました。無性に1人でいたかったですね(笑)。 ――具体的には内田さんの演奏のどんなところに打ちのめされたのでしょうか。 1人の人間の考え方に影響を与える演奏をしているところ、ですかね。自分でもたくさんでなくてもいいから、そんな風な演奏が出来たらいいなと思います。 ――コンサートの魅力ってどんなところだと思われますか? 一期一会というところでしょうか。 昨年のステイホーム期間、3ヶ月間ほど人前で演奏することがない体験をしました。その時にやはり舞台上に放り出されて「もう後がない」という状況にならないと生まれない表現ってあるなということを痛感しました。だから僕も、聴きたい演奏会があったら、少し遠くても聴きに行きます。その場でしか感じられない音楽に出会えるのが一番の魅力だと思います。
2020年9月、渋谷・オーチャードホールで行われたロン・ティボー・ガラコンサートより。

これからも舞台の上に立ち続ける

――2021年の目標を教えてください。 5月にベルギーのブリュッセルで行われるエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場する予定です。僕はブリュッセルという街が好きでコンクール中はホストファミリーの家に滞在できるので、それも楽しみにしています。ロン=ティボーももちろん権威あるコンクールなのですが、よりインターナショナルなものにも挑戦したいという思いがあります。そして、出るからには単に経験として出るのではなく、「勝つこと」を意識して臨むつもりです。 ――しっかりと次なる目標を見定めていらっしゃる務川さん、淡々とお話される中にも確固たる意思を感じます。そんなクールな務川さんですが、感激したり興奮したりするとどんな風になるのでしょうか? テンションが5%上がりますね。 ――たった5%!でも、その5%は務川さんの場合、普通の数値以上の意味を持つのだと思います。繊細な務川さんといえば、体調管理には特に気を遣っていらっしゃるのだとか。 僕、身体が弱いんですよ。留学していた時は、熱がある状態で迎えた本番もありました。 ――ご自身の体調が完全ではないとき、それでもベストを尽くすために心がけていることはありますか。 体調不良で練習が上手く出来なかった時も、僕は本番で「なんとかする力」に長けているほうだと思います。ひとつには、和声分析や作曲法の知識といったソルフェージュ能力が応用できるからです。もうひとつは、普段の練習の時にダラダラやらないようにしています。たとえ疲れていても、常に人の前で演奏することを念頭に置いて弾きます。結局そういう積み重ねをしていくことで、体調不良の中でもその時のベストが出せるのだと思います。 ――ぜひ、エリザベートコンクールは万全の状態で臨めるよう、応援しています。話題は2020年6月、最初の緊急事態宣言が明けたあとすぐに、務川さんが反田恭平さんと一緒に2台ピアノによるオンラインコンサートをされ、配信という形態が今ほど浸透していなかった当時、その様子はメディアでも大きく取り上げられました。務川さんの中で、ソロとこうしたアンサンブルはどのような位置付けになるのでしょうか? ソロもアンサンブルもどちらが優先とかではなく、同じくらい大切にしています。 ――今後やってみたい編成はありますか? 歌が好きなので、歌曲にも理解のあるピアニストになりたいです。でも結局作品が良ければ、どんな編成でもやっちゃうと思います。仮に、自分が伴奏と呼ばれるポジションだったとしても、退屈だと感じないんですよ。そこに良い作品があるかどうか、というのが大事だと思います。 今は2台ピアノの演奏が多いですが、これまでヴァイオリンとのアンサンブルも相当たくさんやってきました。僕、こう見えて人と一緒に演奏することも好きなんです(笑)。一対一での音楽を通じた対話、というのが自分にも合っているなと感じます。あと室内楽って必ずと言っていいほど本番で予測不能なことが起きるので、それがすごく楽しいんですよね。
2019年9月。イタリアの田舎町の、素敵な劇場にて!
――予測不能な事態をも楽しめるなんて、「なんとかする力」が総動員されそうです(笑)。とはいえ予測不能な状況それ自体を楽しむこと、そして先ほどの自分の体調に左右されず常にベストが出せるように鍛錬すること、というのは相当な精神力が要求されると思います。ステージ上で「怖さ」は全くないのでしょうか? もちろん全くない訳ではないのですが、その恐怖を無くしてしまったら、いい演奏はできないと思っています。一番いい表現ができた、というのは練習ではまず起こらなくて、そういう瞬間はステージ上にいる時に訪れます。 ――務川さんならではの、ピアニストとしての覚悟が込もった一言だなぁと思います。そしてまさに一期一会、一度も同じ本番はない、これこそコンサートの醍醐味ですね。 これって、自分へのプレッシャーになってるなぁ(笑)。でも、やっぱりお客様の前で演奏するのが好きなんですよ。 (取材・文 北山奏子) 務川慧悟オフィシャルホームページ

今後の公演について

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第370回定期

日時 2021年7月10日(土) 開演14:00
会場 カルッツかわさき
出演 [指揮]川瀬賢太郎 [ピアノ]津田裕也、務川慧悟 [ナレーター]調整中
曲目 サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」 プロコフィエフ:交響的物語「ピーターと狼」 ショーソン:交響曲変ロ長調 Op.20
詳細 こちら
お問い合わせ 神奈川フィル・チケットサービス 045-226-5107 (火曜・水曜10:00~13:00)

務川慧悟(ピアノ)
東京藝術大学1年在学中の2012年、第81回日本音楽コンクール第1位受賞を機に本格的な演奏活動を始める。 2014年パリ国立高等音楽院に審査員満場一致の首席で合格し渡仏。パリ国立高等音楽院、第2課程ピアノ科、室内楽科を修了し、第3課程ピアノ科(Diplôme d’Artiste Interprète)、同音楽院フォルテピアノ科に在籍。 2019年ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールにて第2位入賞。 2015年エピナル国際ピアノコンクール(フランス)第2位。2016年イル・ドゥ・フランス国際ピアノコンクール(フランス)第2位。コープ・ミュージック・アワード国際コンクール(イタリア)ピアノ部門第1位、各部門優勝者によるファイナルにて第2位、聴衆賞を受賞。2018年秋に開催された第10回浜松国際ピアノコンクールにおいて第5位を受賞。 2017年シャネル・ピグマリオン・デイズのアーティストに選出され「ラヴェルピアノ作品全曲演奏」をテーマに6回のリサイタルを開催。 これまでに、日本各地、フランス、スイス、上海、ラトビア、イタリアにて演奏会を開催のほか、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、練馬交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、藝大フィルハーモニア、セントラル愛知交響楽団、愛知室内オーケストラ、中部フィルハーモニー交響楽団、NHK名古屋青少年交響楽団、トリフォニーホール・ジュニア・オーケストラ、フランスにてロレーヌ国立管弦楽団と共演。室内楽においては、チェロの木越洋氏、長谷川陽子氏、ヴァイオリンの篠崎史紀氏、大谷康子氏、石田泰尚氏、等と共演。テレビ、ラジオでは、NHK-FM“リサイタル・ノヴァ”“ベストオブクラシック” NHK-Eテレ“さらさらサラダ”“ららら クラシック”等に出演。 日本、ヨーロッパを拠点に幅広く演奏活動を行うと共に、「ピアノの本」において留学記、ヤマハHPにてコラムを連載するなど、多方面で活動している。 2012.13.14年度ヤマハ音楽振興会音楽支援奨学生。2015.16年度公益財団法人ロームミュージックファンデーション奨学生。2017年度公益財団法人江副記念財団奨学生。 フランク・ブラレイ、上田晴子、ジャン・シュレム、パトリック・コーエン、横山幸雄、青柳晋の各氏に師事。 オフィシャルホームページ

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