icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc

番組ファンから~ピアニスト 仲道郁代さん

©kiyotaka saito
日本を代表するピアニスト・仲道郁代さんは、昨年7月14日放送の「とことん音楽!わたしのショパン~華麗なヴァールに隠された真実~」と、今年4月6日放送の「とことん音楽!わたしのシューマン~仲道郁代の心にすみついた作曲家~」に出演。伝記本や解説書には決して書かれていないショパンとシューマンの魅力を独自の視点でひもとき、紹介していただきました。

クラシック初体験はお母さんのおなかの中で聴いた『ピアノ協奏曲』

「これまで、曲の背景や知識を紹介するクラシック音楽番組はあったと思いますが、この番組ではそこから一歩踏み込んで、その曲に作曲家はどんな思いを込めたのか、さらに演奏家はそれをどのように解釈し、どんな思いで演奏しているのかということを、お話できたことが嬉しかったですね」 ショパンやシューマンだけでなく、ベートーヴェンをライフワークとして、これまで度々ソナタや協奏曲の全曲演奏会を行い、研究を続けてきた仲道さん。そんな仲道さんのクラシック体験は、グリーグで始まったという。 「私が母のおなかの中にいる頃、母は毎日、グリーグの『ピアノ協奏曲』のレコードを聴いていたそうです。そして、私が生まれてからは、授乳の時は儀式のようにモーツァルトの『アイネクライネナハトムジーク』をかけていたと聞きました。これがクラシックとの出会いだったようです」

最初の2音で泣けたホロヴィッツの『トロイメライ』

その後、4歳からピアノを習い始めた仲道さん。小学校5年生の時、衝撃的なコンサートを体験したという。ウィルヘルム・ケンプのベートーヴェンのピアノリサイタルだった。 「それまでたくさんのクラシックコンサートに連れていかれましたが、いつも退屈していました。でも、その時は、最初から最後まで音が胸に飛び込んできたんです。舞台にいるケンプは後光がさしているように神々しく思いました。音はとても神聖で、日常生活とは全く異なる何かスペシャルな感覚を体験したんです」 そしてこの“音体験”が、人生の宝物ともなると仲道さんは言う。 「私はケンプという人がどういう人かも、ベートーヴェンのソナタが何たるかも、当時は知りませんでした。でも何か、啓示のような、神聖なものにこの身が包まれるような感覚を受けて、アッと思ったんです。こういうことは、小さい子供にも起こるんですね。人生のどこかの時点でそういう圧倒的な音体験をする瞬間を持つことができるというのは幸せなことです。クラシックの演奏会はそういうスペシャルな瞬間をもたらすことができる可能性がとても大きいと思うんです。皆さんもぜひいろいろ聴いて、人生の宝物になるような体験をしてほしいですね」 仲道さんにはもう一つ、コンサートでの忘れられない音体験がある。それは中学2年の時、当時住んでいたアメリカで、ウラディミール・ホロヴィッツのピアノのリサイタルに行った時のことだった。

仲道さんが大切に持っていた、当時のパンフレットとチケットの半券。

「『カルメン幻想曲』や『星条旗よ永遠なれ』で超絶技巧を披露して、圧巻のパフォーマンスでした。興奮に満ちたコンサートだったのですが、アンコールでは一転したんです。彼が弾いたのは『トロイメライ』でした。その最初の2音が奏でられた瞬間、涙がワッと溢れたんです。なんて美しいんだろうと思いました。コンサートで泣けたのは初めてでした。たった2つの音で心を動かすことができる。クラシック音楽はなんと素晴らしいものなんだと思いました」 なぜ、たった2音でも心を動かすことができるのか、ピアニストとして30周年を迎えた今、仲道さんはその理由をこう分析する。 「クラシック音楽は、200年、300年もの時代を越え、国を越え、人種を越えて、人の心を突き動かしたり、震えさせたりしてきました。それができたのは、作曲家が、生や死といった人生の喜びや悲しみ、社会と自分との関係など、人が生きるうえで抗えない様々な事柄に向き合って、感情や考えを音楽として凝縮してきたからだと思うんです。どんなに世の中が進化しても、時代が変わっても、人が生まれて死ぬことは変わりません。だからこそ、これだけの時代を越えて、今なお、私たちの心に寄り添ってくれる、深いところで心を動かしてくれるのではないかと思います」

心のアンテナをオープンにしてコンサートのすべてを味わってほしい

仲道さんは、デビュー40周年、そしてベートーヴェン没後200年となる2027年に向けて、今年から、「Road to 2027」と題し、ベートーヴェンのソナタやポスト/プレ作曲家の作品による春のシリーズと、ショパンはじめ研ぎ澄まされたピアノの響きを追求した秋のシリーズを10年にわたって開催する。「私にとってピアノを弾くということは、人生をかけて芸術に向き合うこと」と語る仲道さんに、最後に観客がクラシックコンサートを楽しむための秘訣を教えていただいた。

©「kiyotaka saito」

「クラシック音楽は、同じ音を聴きながら、人それぞれで頭に思い浮かぶことや感じ方が違います。たとえ横に座って一緒に聴いているのが自分の子どもや旦那さまであったとしても、皆、違う。そこが、ホール中のお客様が一つになって盛り上がることができるロックやポップスのコンサートとは違うところです。クラシック音楽は感じ方も解釈も多様なので、自分なりにどう受け取ったかが大事。心のアンテナをオープンにして、その時間、その場所で音を楽しんでいる自分、そこに身を任せている自分、さらには目の前で音楽を奏でている演奏者、曲を作った作曲家、隣で聴いている人などなど、感覚のアンテナを大きく広げて味わおうと思っていただくと良いのではないかと思います。作曲家に対して、演奏家に対して、そしてその場で共に音楽を聴く他の人に対して、共感のドアを開けることができるのです。それがクラシック音楽を聴くということだと私は思っています」(文・編集部) ■仲道郁代(なかみち・いくよ) 第51回日本音楽コンクール第1位、ジュネーブ国際音楽コンクール最高位、エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞。これまでに国内外のオーケストラと共演を重ねている他、全国フォーラム「音楽がヒラク未来」芸術監督など、音楽と社会を結ぶ活動も行っている。メディアへの出演も多く、音楽の素晴らしさを広く深く伝える姿勢は、多くの共感を集めている。CD録音では「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集」(レコード・アカデミー賞)他、古楽器での録音など高い評価を得ている。最新盤は「シューマン:ファンタジー」。2018年からは「Road to 2027」と題し、春のベートーヴェンを核にしたシリーズと秋のピアニズムを追求したシリーズを10年にわたり開催する。春のシリーズ第2回は2019年5月26日にサントリーホールで開催が決定。(一財)地域創造理事、桐朋学園大学教授、大阪音楽大学特任教授。 http://ikuyo-nakamichi.com/  

SHARE

旧Twitter Facebook