2021年8月31日(火)、サントリーホールの大ホールで、「ららら♪クラシック コンサート Vol. 11 ソリストたちのカルテット~千住! 石田! 飛澤! 長谷川! 大御所ズ☆室内楽~」が開催されました。会場では新型コロナウィルス感染拡大防止対策を講じながら、また、ライブ配信も行われました。 第11回目となる今回は、昨年演奏活動45周年を迎えたという千住真理子さん(ヴァイオリン)を筆頭に、石田泰尚さん(ヴァイオリン)、飛澤浩人さん(ヴィオラ)、長谷川陽子さん(チェロ)が集まり、彼らに1日限定で弦楽四重奏団を組んでもらおうという企画です。プログラムにはソロ曲も組み合わせ、「ららら♪クラシック コンサート」ならではの貴重で贅沢なステージでした。演奏動画はまとめてこちらからご覧いただけます。静まり返るサントリーホール。そこへ颯爽と現れた大御所ズの4人。コンサートは、モーツァルト作曲《ディヴェルティメント》K. 136の第1楽章から幕を開けました。第1ヴァイオリンを務めるのは千住さん。快活なテーマを煌びやかな音色と共にホールに響かせます。第2ヴァイオリンは石田さん。千住さんを支えながらも、細かなパッセージでそっと優しくアシストする場面も多くみられました。ヴィオラの飛澤さんとチェロの長谷川さんは伴奏に徹することの多い本作ですが、ハーモニーの変化の付け方はさすが。演奏後に司会の高橋克典さんが登場し、「とても豪華な出演者の皆様。なかなかこの4名の方が集まってくださることはないと思います」とやや興奮気味に紹介しました。今回の聴きどころを千住さんに伺うと、「果たしてこの4人の演奏がまとまるのかどうか・・・(笑)」と会場の笑いを誘いながら、「今日は色々な曲を(楽章)抜粋で演奏しますので、弦楽四重奏の一番いいところを聴くことができるのではないかと思います」と話しました。 続いて、かつてEテレ「ららら♪クラシック」の中で、高橋さんのチェロの先生を務めたと言う長谷川さん。久しぶりの再会で当時のエピソードも飛び交います。長谷川さんが披露したのはバッハの《無伴奏チェロ組曲》第1番〈プレリュード〉。 温かな音色がサントリーホールいっぱいに響き渡りました。一本の旋律が様々な表情を見せながら進んでいく本作を丁寧に、そして表現力豊かに奏でていました。長谷川さんの優しい笑顔そのもののような演奏に、客席は温かい拍手で応えていました。 ソロの後は再び弦楽四重奏曲、ベートーヴェンの《大フーガ》より。 モーツァルトとはうってかわって4人それぞれのパートが独立し、拮抗した曲です。「フーガ」という技法を用い、旋律の追いかけっこをしながら緊張感を保ったまま進んでいきます。個々でしっかりと自立しながらも相手の音を受け入れながら演奏するという、非常に高度なテクニックが要求される作品ですが、緊張と緩和のバランスが良くとれた演奏でした。奏者たちが弓を下ろし拍手が起こると、思わず高橋さんも「室内楽とは思えないほどのパワー!」と大絶賛。 続いては石田さんのソロで、ピアニストの佐藤卓史さんと登場。今年生誕100周年を迎えるピアソラの《アヴェ・マリア》と《リベルタンゴ》を披露しました。石田さんは「クラシックを学んだタンゴ王のピアソラの曲には様々な要素が含まれているので、演奏するのが楽しい」。一方の佐藤さんは「本番で石田さんがどんな風に仕掛けてくるのかを今一番考えています」。高橋さんも「おふたりの生の白熱したセッションが楽しめる、我々はその目撃者になれるのですね」とワクワク気味。その言葉通り、石田さんの演奏にぴったりと寄り添いながら音楽で対話をする様子に会場が一気に引き込まれました。
《アヴェ・マリア》
《リベルタンゴ》
石田さんが「全く性格の違う2曲」というだけあって、1曲目の《アヴェ・マリア》は静かで慈しみ深い作品。2曲目の《リベルタンゴ》はがらりと変わって激しくリズムを刻み込む様子が印象的です。
前半の最後は、シューマンの《ピアノ五重奏曲 Op. 44》から第1楽章。弦楽四重奏にピアノが加わったこれまでの総仕上げのような編成の「ピアノ五重奏」。弦楽四重奏の響きをピアノが後押しするような形で音色が一気にボリュームアップした演奏を堪能できました。
後半は、チャイコフスキーの《アンダンテ・カンタービレ》で、愛らしくしっとりと始まりました。
「カンタービレ」、すなわち“歌うように”を意味する本作らしく、千住さんが歌うテーマに他の3名がハーモニーを添えたり、飛澤さんと長谷川さんが対旋律を奏でたかと思うと千住さんから石田さんへ旋律のバトンを渡したり、時にはユニゾン(同じ旋律を演奏する)を奏でたり・・・と大御所ズの様々なやりとりがみられるとても繊細な演奏でした。
弦楽四重奏曲の後は前半同様、ソロ・パート。ここでは千住さんと飛澤さんが演奏します。貴重なヴィオラのソロを聴く機会ということで、演奏前に飛澤さんによるプチ・ヴィオラ講座が始まることに。
「ヴィオラはヴァイオリンよりもサイズがやや大きく、音程もヴァイオリンの5度下で鳴るように弦が張ってあるのです。オーケストラの中では、音楽の層を厚くする役目を担うことが多いですね」。実演も交えながら「ヴァイオリンやチェロと比べるとソロ楽器としてはやや控えめなのですが、だからこその味わいもあると思っています」と話しました。
まず千住さんが演奏したのは、パガニーニ作曲《24のカプリース》 より終曲。
1つのテーマが様々に変奏されると同時に、非常に高度な技術が要求される作品です。ステージ上でスポットライトを浴びながら華麗に演奏するその姿は、神々しくもあり、会場がそのテクニックに釘付けとなりました。続いて、飛澤さんのヴュータン作曲《無伴奏ヴィオラのためのカプリッチョ》は、ヴィオラの特性を十二分に生かした作品です。
メランコリックな旋律が秋を感じさせ、当日の気候とも相まって癒しの時間が流れました。
コンサートも残すところあと2曲。その前に千住さんと石田さんが登場し、これまでの共演経験についてのお話。以前千住さんをソリストに迎えて、石田さんがオーケストラのコンサートマスターという機会があったそうです。
千住さんは石田さんについて「日本男児、という感じで寡黙で滅多に笑わないけれどもお優しい方。音楽への集中力も素晴らしく、本当に素敵な方です」と。ただ、最初にお会いした時の第一印象は「怖い」だったのだとか(笑)。石田さんは「まさか千住さんと一緒にカルテットができるなんて思ってもみなかったのですが、実現して本当に嬉しいです」と回答。高橋さんが「爽やかなコメントをありがとうございます」と相づちを打つとはにかむ石田さん。その姿に会場もほっこりした空気が流れます。そして演奏はショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲 第8番から第2楽章。
戦闘的なメロディが特徴で、かつ近代的な響きを持つこの作品。前半に演奏したモーツァルトからおよそ200年後に作られましたが、改めて弦楽四重奏曲のレパートリーの広さを示す演奏となりました。
そしてフィナーレはピアノの佐藤さんも加わり、井上陽水の五重奏版《少年時代》(編曲:松岡あさひ)。この曲では第1ヴァイオリンを石田さんが担当、第2ヴァイオリンを千住さん担当に入れ替わりました。
石田さんが「♪夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう〜」でお馴染みの旋律を美しく歌い上げると、続くAメロは千住さんにバトンが渡されます。飛澤さんのオブリガードと長谷川さんのチェロも音楽を支えます。ここに佐藤さんが弦楽四重奏の響きを増幅させるかのように溶け込み、まさに夏の終わりに感じ入るステージとなりました。「ブラボー」の掛け声こそ出せないものの、会場はその気持ちを表すかのような割れんばかりの拍手で包まれました。アンコール曲はフレディ・マーキュリー(クイーン)の《ボーン・トゥ・ラブ・ユー》(松岡あさひ編)。《少年時代》の余韻が徐々にフェードアウトし始めた頃、最後はビート感が心地よいクイーンの名曲で会場は再び熱狂しました。
コンサート冒頭で「果たしてこの4人が合わせることができるのか見ものです」と語った千住さんですが、蓋をあければこれまで積み重ねてきた音楽を全て凝縮した極上のアンサンブルが繰り広げられました。さらに、相手の音を聴きながら、主張もすればスッとサポートにもまわれる4人の柔軟で洗練された演奏は、あらゆる時代の音楽をさらに魅力的に響かせるのでした。
「ららら♪クラシックコンサート」だからこそ実現できた千住、石田、飛澤、長谷川による一夜限りの弦楽四重奏団。この演奏はしっかりと聴衆の目と耳に焼き付けられたことでしょう。
次回の「ららら♪クラシックコンサート」は第12回目。「祝祭音楽の展覧会 読響×パイプオルガン–王道曲による至高の饗宴–」と題して限りなく豪華な演奏を、指揮者の川瀬賢太郎さん、読売日本交響楽団の皆さま、そしてオルガニストの冨田一樹さんという素晴らしいキャストでお届けします!ぜひ、ご期待ください。