カルテット特集では、8月31日に開催される「ららら♪クラシックコンサートVol.11 ソリストたちのカルテット~千住! 石田! 飛澤! 長谷川! 大御所ズ☆室内楽~」にむけて、弦楽四重奏曲の歴史を紐解きながらその魅力を紹介しています。
前回は“弦楽四重奏曲の父”ハイドンを中心にご紹介しました。ハイドンが確立した“弦楽四重奏曲”の型は、モーツァルト、そしてベートーヴェンという2人の古典派の大作曲家たちに受け継がれ、それらは芸術としてさらに高められていきます。今回は、モーツァルト、そしてベートーヴェンの前期〜中期の作品をご紹介します。
ハイドンに捧げられた“ハイドン・セット”
モーツァルトの肖像画
モーツァルトは、23曲の弦楽四重奏曲を残しています。この中で、生前に出版された作品は、“ハイドン・セット”と呼ばれる6曲と、《第20番「ホフマイスター」》の、計7曲だけです。
“ハイドン・セット”とは、ハイドン作曲の弦楽四重奏曲“ロシア・セット”(第37番~第42番)に触発され作曲し、ハイドンに捧げた6曲の弦楽四重奏曲。モーツァルトはこの“ハイドン・セット”の6曲に3年近くをかけて作曲しました。ちなみに、当時の弦楽四重奏曲は6曲で1つのまとまりとして作曲されることがスタンダードでした。
このモーツァルトの傑作“ハイドン・セット”は、そのどれもが高い完成度であり、またどの楽曲もこのセットの中でのしっかりとしたアイデンティティを持っています。
《第14番 ト長調》は、《交響曲第41番「ジュピター」》でも見られる、ソナタ形式とフーガの技術を融合したような最終楽章が非常に圧巻。
《第15番 ニ短調》は、6曲中唯一の短調作品。ヘ長調の第2楽章も含め、全編にわたって哀愁を感じさせる作品です。最終楽章はシチリアーノを主題とした変奏曲となっています。
《第16番 変ホ長調》でひときわ輝きを放っているのは第2楽章のアンダンテ。半音階を多用しており、ロマン派の音楽の先取りのように感じられます。
《第17番 変ロ長調「狩」》は、8分の6拍子の狩りの角笛を思わせるような旋律で幕を開けます。愛称もあり、最も親しみやすい曲だと言えるでしょう。
《第18番 イ長調》は、6曲中最も長く、また精密で構築的な作品。両端のソナタ楽章は第1主題が楽章を掌握し、モーツァルトの構成力の妙を体感できます。また、白眉の出来ともいえる第3楽章の雄大な性格(自由)変奏曲は、夢想的な印象とすら受けます。
《第19番 ハ長調「不協和音」》は、冒頭のアダージョで、聴きなれない和音を形成するため、「不協和音」という愛称で呼ばれています。確かに調が定まらないのは不安定なように思えますが、不思議と心地よく聴こえます。
https://youtu.be/97Rry5cs2Gc
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調「不協和音」/ Castalian Quartet
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲への挑戦
モーツァルトが残した“ハイドン・セット”。ベートーヴェンはそれらのうち、第14番と第18番を筆写して勉強し、30歳のときに最初の弦楽四重奏曲集、「作品18」を完成させました。この「作品18」は6曲からなりますが、作曲にかけた2年間という歳月を見ても、楽譜の改訂を入念にしていたことを考えても、ベートーヴェンがこの作品に並々ならぬ熱意を込めていたことがわかります。 早くも《第1番 ヘ長調》から、主要主題の執拗なまでの主題労作がなされ、後の《交響曲 第5番「運命」》の萌芽が見て取れます。6曲中唯一の短調の作品である《第4番 ハ短調》は、ベートーヴェンと言えばこの調(《交響曲 第5番》や《ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」》などで使用)、ということで、《運命》のような激しい曲調を思い浮かべるかもしれませんが、この作品は、流麗で哀愁漂う作品です。 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第4番 ハ短調 作品18の4 / Cooperstown Quartet この「作品18」は、ベートーヴェンらしい革新性は備えつつも、まだまだハイドン、モーツァルトの影響が色濃い作品。真にベートーヴェンの弦楽四重奏の革新性が花開くのは、次の“ラズモフスキー・セット”からでしょう。個性の爆発、ラズモフスキー・セット
ベートーヴェンの弦楽四重奏作品は、大きく前期、中期、後期と分けられています。 前期:作品18(第1番~第6番) 中期:ラズモフスキー・セット (第7番~第9番)、第10番「ハープ」、第11番「セリオーソ」 後期:第12番~第16番、大フーガベートーヴェンの肖像画
前作から5年のブランクののち作曲された、中期の弦楽四重奏曲の幕開けとなる、ラズモフスキー・セットは、ラズモフスキー伯爵に捧げられた作品集です。伯爵が擁する非常に優秀な“シュパンツィヒ弦楽四重奏団”の演奏を念頭に書かれており、そのことで、ベートーヴェンは高度な演奏技術を前提に、己の音の世界を自由に盛り込むことができました。しかしその音楽は革新的で、当時の聴き手を少なからず困惑させました。
《第7番 ヘ長調「ラズモフスキー第1番」》は、俗的な主題を持つ巨大な第1楽章から印象的ですが、その第2楽章のスケルツォがかなり風変りで、当時の聴き手に評判が悪かったと伝わっています。確かに、その出だしなどは、少しふざけているようにも感じられます。
《第8番 ホ短調「ラズモフスキー第2番」》も不思議な作品。ホ長調の第2楽章以外はすべてホ短調の作品ですが、どこか明るいのです。特にその第4楽章は、ベートーヴェンのどの作品より能天気で明るく聞こえます。それもそのはずで、この楽章は、ハ長調からはじまりホ短調に変化する主題をもっており、その冒頭だけを聴くとハ長調だと勘違いしてしまいます。しかも、ロデオに乗っているような跳ねるリズムの曲想で、ものすごく楽しそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=JNMQEh85hSs
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第8番 ホ短調「ラズモフスキー第2番」/ Castalian Quartet
《第9番 ハ長調「ラズモフスキー第3番」》は、陰鬱な序奏のあと、それを払拭するような開放的な音楽が現れます。終楽章はフーガを主題としたソナタ形式の楽章。非常に爽快でかっこよく、病みつきになります。
(文・一色萌生)
次回はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲をご紹介します!