NHK Eテレの「ららら♪クラシック」で紹介された名曲の数々を生演奏でお届する「ららら♪クラシックコンサート」。その第1回「ヴァイオリン名曲特集」(2018年2月3日)に出演し、エルガーの『愛のあいさつ』とモンティの『チャールダーシュ』を演奏してくれた宮本笑里さん。今年4月に開催された「ららら♪クラシックコンサート 八王子公演」に続き、8月25日の川越公演においても『チャールダーシュ』の演奏が決まっている。そんな宮本さんに思い入れの強いという同曲への想いからクラシック音楽の魅力まで縦横に語っていただいた。
お酒を飲みながら弾くロビー・ラカトシュの演奏に受けた衝撃
「『チャールダーシュ』は、もとは、ハンガリーのロマの民族舞曲でした。好きでずっと弾いていたのですが、楽譜通りに弾くのはもの足りないと感じ始めて、でも、自分を解放するにはどうしたらいいのかわからなくて、デビュー5周年のときに、ハンガリーのジプシー・ヴァイオリンの本家と言われているロビー・ラカトシュさんにTV番組の収録のため会いに行ったんです。そうしたら、お酒を飲みながら、赤い顔をして簡単そうに弾いているのに、超絶技巧が半端なくて、その姿に目も耳も異様な衝撃を受けました。さらに、一緒に演奏させていただいてからは、考え方も弾き方も表現の仕方も変わって、今は、そのときの自分の気持ちで即興的に弾けるようになって、年を重ねるごとに弾くことが楽しくなっています。8月の川越公演ではチェロの新倉瞳さんと初めてご一緒させていただくので、また、これまでとは違う、どんな『チャールダーシュ』になるのか、自分自身、とても楽しみにしています」 NHK大河ドラマ『天地人』のエンディングの紀行テーマをはじめ、数多くのテレビ番組やCMテーマソングでも活躍している宮本笑里さん。父親が世界的に有名な元オーボエ奏者の宮本文昭氏であるだけに、幼少の頃からクラシックの英才教育を受けてきたのかと思いきや、ヴァイオリンを始めたのはなんと、7歳から。コンクールで優勝するだけの腕前になるためには、2~3歳から始めなければ無理と言われるヴァイオリン界において、驚くほど遅いスタートだ。しかも、始めたきっかけを聞いてみると、拍子抜けするようなエピソードで……。 「小学生になって、通学途中に習い事の話になったとき、みんな、4~5つくらい教室に通っていたのに、私は一つも習い事をしていなかったんです。話題作りのために何かお稽古事がしたいと思って、近所の音楽教室スズキメソッドへ見学に行ったら、一番優しそうな先生がヴァイオリンだったんです」ヴァイオリンを続けると決めた日から父とは師匠と弟子の関係に
小学生時代は、両親から何も言われることなく、好きにヴァイオリンに接していたという笑里さん。転機が訪れたのは中学に入学したときだった。 「中途半端なままヴァイオリンを続けていたら絶対にあとになって後悔するから、本気でやるか、やめるか決めろと父に二者択一を迫られたんです。続けると決めてからは、父と娘ではなく、師匠と弟子の関係になりました。父は全力で取り組んでくれたので、とても恵まれた環境だったと思います。ただ、当時は、私は一人で練習したいのに、音を奏でた瞬間、部屋に飛び込んできて『テンポが違う!』と地団駄踏みながら怒って、メトロノームを耳のそばまで押し付けてくるなんていうことがしょっ中で。本当に涙が止まらないようなレッスンが続いて、やると言ったことを後悔したこともありました(笑)。でも、それもありがたいことだとは薄々気づいてはいたんですけれど」 それでも続けられた背景には、ヴァイオリンに救われたこんな経験があった。 「中学の時、英語も話せない状態でインターナショナルスクールに突然入って、授業にもついていけないし、お友達もできないしという状態だったとき、私がヴァイオリンを習っていることを知った先生が朝礼で弾いてみないかと言ってくれたんです。ヴィターリの『シャコンヌ』を弾いたんですが、そうしたら、それからみんなが私に話しかけてくれるようになって、ヴァイオリンや音楽って大きな力があるんだなって実感したんです」 さらに演奏家である父親の姿も大きかった。プロとして世界的な活躍をしているにもかかわらず、自宅で同じ個所を当たり前のように100回は練習するようすを幼少の頃から目にし、さらにコンサート会場でスポットライトを浴びてステージに立つ父親に憧れを抱いた。 そんな思いをパワーに人一倍努力を積み重ねた笑里さんは、14歳でドイツ学生音楽コンクールデュッセルドルフ第1位入賞を果たす。 そしてデビューから12年、「これまでの様々な経験がヴァイオリンの音に生きている」と微笑む。 「いろいろなことを経験することによって音色ってこんなにも変わるんだって、すごく実感しています。というのも、10年くらい前から、300年前に作られたヴァイオリンをお借りしているんですが、最初は、全力を出してくれずに私のことを試しているような感じだったのが、ちょっとずつ歩み寄ってきて、最近やっと、本来の音を出してくれているのかなって感じることがあるんです。ヴァイオリンには300年の経験があるけれど、私はまだ35年、ぜんぜん足りてませんからね(笑)。今後も、いろいろなことを経験すればするほど音も豊かになっていくのではないかと思っています」
『classique』。自身初の全曲クラシックのヴァイオリン名曲集。演奏会では必ずと言っていいほど演奏するサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』、敬愛するフリッツ・クライスラーの諸作品などを収録した他、初期のアルバムで収録したエルガー『愛のあいさつ』なども再録している。