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インターネットの海で弾き続ける、まらしぃの15年間

2020年のコロナ禍以降、インターネット上で活動する音楽家が増えているのは皆さんもご存じかと思いますが、それよりずっと前の2008年、動画投稿サイトの黎明期から活動しているのが「まらしぃ」さんです。活動15周年を迎えた現在も投稿ペースを落とすことなくファンを楽しませ続けています。 ピアノとの出会い、演奏動画を投稿したいきさつからこれからの目標まで、さまざまな視点からお話をうかがいました。

ピアノって楽しい! 純粋な気持ちからの……

―― ピアノを始めたきっかけを教えてください。

母がピアノの曲を聴くことがとても好きで、4歳のときに始めました。当時、ピアノを弾く男性が主人公のドラマを放映していて、その影響で男の子にピアノを習わせたいと思ったみたいです。
母はフランス人ピアニストのリチャード・クレイダーマンさんの大ファンでもありまして、クレイダーマンさんの曲を僕に弾かせたかったそうで、街の音楽教室に連れていかれました。
―― もともとお家にピアノがあったのでしょうか?

いえ、習い始めたころは88鍵ないような電子キーボードがあるだけでした。打鍵もかなり軽くて。しばらくして「どうやら筋が良いんじゃないか」という話になってきたときに、僕の初期の動画にもよく出てきた“茶色のアップライトピアノ”を買ってもらった記憶があります。なので、最初から家にピアノがあって、幼少期からアコースティック楽器に触れて、両親もピアノを弾いていて……という環境ではありませんでした。
―― その後、中学2年生のときにいったんピアノから離れたとのことですが……。

中学校に入学するくらいのタイミングだったと思うのですが、街のピアノの先生から「もっと専門的な指導をされる先生に習った方がいい」というお話をされました。そして名古屋の著名な先生のもとに通い始めたのですが、音楽高校や音楽大学を目指す人があちこちから集まるような教室の先生だったので、当然のように大変厳しいご指導でして……ピアノを弾くことが、怒られては耐える作業みたいになってきてしまいました。
そんな僕ですが、先生はかなり目にかけて見てくださいました。月に何回でもいいから来なさい、と言ってくださって、多いときは週3日通っていたくらいです。
―― かなり専門的な指導をされる先生のもとに通われていたのですね。

はい。当時はツェルニー50番や、ショパンのバラード全曲などを弾いていました。
もともとピアノを弾くモチベーションが、両親や友だちなどの周りの人たちが喜んでくれることがうれしい、というところにあったんです。なので、真逆のような環境になってしまって「あれ、なんか思っていたのと違うかも……」と、いったんそこで辞めてしまいました。
辞めてからはその反動というか、もうまったく弾かなかったです。なんだか清々しくて、たくさん遊んでゲームもバイトもした高校3年間でした。茶色のピアノくんもホコリが積もってしまって、ちょっとかわいそうだったかも。

再興、ニコニコ動画との出会い

―― そこから、再度ピアノを弾いてみようと思わせてくれるコンテンツがあったのでしょうか。

当時、今ほどメジャーではなかったオンラインゲームにハマっていまして。入り浸るレベルでやりこんでいました。そこで知り合った方に「東方Project」というシューティングゲームの存在を教えてもらったのですが、このゲームは楽曲が非常に特徴的で、ピアノのサウンドを上手く多用しているものが多いんです。とてもいい曲がたくさんあって、ピアノを弾いてみたい気持ちが湧き上がってきました。
そんなこんなで、久しぶりにピアノを触ってみようかなと思ったのが、大学1年生の夏休みでした。でもそのときは、投稿してみようとはまったく考えていなかったです。
―― そしてその後、ニコニコ動画がサービスを開始します。投稿のきっかけは何だったのでしょうか?

実際の投稿自体にはちょっとした下心がありまして……(笑)。
最初はゲームが強くなりたくて、対戦動画を見るためだけにアカウントを作ったのですが、そのオンラインゲームのコミュニティの中でゲームがすごく上手い方がいて、まぁ率直に言うとその方と仲良くなりたかったんです。どうやらその方は東方Projectというゲームの音楽が好きらしいぞ、って。
―― なるほど。でも3年も弾いていないと思うように指が動かないかと思いますが、どれくらい練習されたのでしょうか?

2週間くらい練習しましたが、本当にぜんぜん動きませんでした(笑)。「前ならできたんだけどなぁ」というのが、ちょっと悔しいというか向上心につながって、練習に励んだのを覚えています。
これで「僕ちょっとピアノ弾けますよ」が伝わったら仲良くなれるかなと、当時は本当にそんな心境でした(笑)。
―― 「このまま音楽活動でいける」と確信を持てたポイントがあったのでしょうか?

そもそも初投稿のきっかけも下心でしたし(笑)、内輪でワイワイ楽しく遊んでいただけだったのですが、とあるタイミングで「ピアノのCDアルバムを出してみませんか?」というお話をいただきました。本当にうれしかったです。
そのアルバム自体、びっくりしつつも「記念に1枚リリースできてよかったね!」といった感じで終わるかと思いきや、次のアルバムの話になり、ライブの話にもなり、なんかおもしろいことになってきたぞ……と、そのあたりからピアノでがんばってみようかなと考え始めます。
その後、トヨタ自動車「アクア」のCMで《千本桜》を演奏するお話をいただいたりと、大きなお仕事が入るようになって、この道でがんばろうと思うようになりました。体感としてはあっという間で、目の前のお話とひとつひとつ向き合いながら取り組んでいたら、次のお話が来たという感じです。

曲順以外はすべて暗譜!

―― 動画内では譜面を使用されていませんが、どのようなアレンジスタイルなのでしょうか?

ふだん自分で投稿する動画は、基本的に譜面は書いていません。そもそも、その曲が弾けるようになるくらいには聴きこんでいる点が大きいです。メロディーとコード進行と、ドラムとベースのリズムパートを意識して聴いています。
たとえば歌が入っている曲だったら、その歌が途切れたタイミングでギターのフレーズが入ってくるとか、特徴的だなというポイントをおさえます。そのような「ここをおさえればOK」のようなポイントを大まかに自分の中で決めておいて、あとは自由枠というか、原曲らしさをピアノでどう出していくかを考えていきます。
なんというか、自分としては鼻歌を歌っている感覚に近いです。
ただ例外というか、CDなどに収録されて世に出るもの、依頼のお仕事でメロディーやコードが間違っていると問題があるケースなんかは、メモを書いたりメロディーラインだけ採譜したりもします。でもこれはかなりイレギュラーなケースですね。
―― 1時間を超えるメドレーなども発表されていますが、すべて頭に入っているのでしょうか?

曲に関してはそうですね。ただ曲順は覚えていられないので、そこだけこっそりメモを置いてカンニングしています(笑)。

あこがれのリチャード・クレイダーマン

―― 影響を受けた音楽家はいますか?

先にもお話した、リチャード・クレイダーマンさんです。本当にめちゃくちゃ影響を受けていて、今も変わらず大好きです。クレイダーマンさんのメロディーの歌わせ方はずば抜けてすばらしく、いつか僕もああいう演奏がしたいとずっと思っています。
子どものころは毎年名古屋にも来てくださっていたので、コンサートにも行っていましたし、母がクレイダーマンさんの楽曲の譜面を買ってきて「これを弾きなさい」と、手渡されもしました(笑)。
―― まらしぃさんの子ども時代というと、《渚のアデリーヌ》の大ヒットなどでクレイダーマンさんが一番お忙しかった時期ですね。

そうなんです。あちこちで演奏されて、公開レッスンなどもされていました。
実は僕、クレイダーマンさんとはいろんなご縁がありまして、9歳か10歳くらいのころにご本人の前で演奏させていただいた機会があったんです。年月は過ぎて、2016年にクレイダーマンさんが来日されたタイミングで雑誌の対談企画があったんですが、「実はあのとき弾いていた少年です」と言ったら、なんと僕の本名まで覚えていてくださって! 本当にうれしかったです。
子どものころにご本人の前で弾いたあと、クレイダーマンさんが実際にライブで使っていた譜面を送っていただいたりしたんですが、そのことも覚えていらっしゃいました。
―― それはすごい! よほど印象に残ったのでしょうね。今後もご一緒するご予定はあるのでしょうか?

機会があればぜひ! またご一緒するのは夢ですね。
お忙しい方なので、お住まいのフランスに僕がおじゃまするのもありかもしれませんね。

目指すところは“長く活動し続ける”こと

―― 今後挑戦したいことや目標などはありますか?

いろいろ考えてみたのですが、実はこれまであまり目標を掲げてこなかったんです。動画の投稿もおもしろそうだからやってみたのが始まりでしたし、その延長上でアルバムやライブがあって、さらにCMやイベントのお話もいただいて……。
それらを、楽しく、でもひとつずつがんばって続けてきたことが今の活動につながっている状態です。
―― それでも、15年続けることは簡単なことではありません。

そうなんです。なので、僕の目標というか目指すところは“長く活動し続ける”ことかなと考えています。
以前、生放送で「今から子どもが生まれるので病院に行ってきます!」というコメントが来たと思ったら、その後しばらくして「無事に生まれました! 応援ありがとう」と続いたことがあったんです。その子が元気に育ってくれて、将来僕の配信や動画を見たときに「あのとき生まれた子どもです」みたいにコメントしてくれるまで活動していたいなと思います(笑)。
―― 「アニメ・ゲーム音楽のピアノアレンジ演奏」という、動画を投稿し始めたころと同じ内容で今も活動され続けていることがすごいなと感じています。活動の規模が大きくなっていくとどうしても初期のような内容が減ってしまうので、古くからのファンは本当にうれしいと思いますよ。

あはは(笑)。いい意味でも悪い意味でもかわり映えがないのかもしれませんが、活動の発端が「ピアノで有名になってやる!」ではなく、自分の好きなことで楽しく遊ぶという部分なので続いているのだと思います。それがここまで大きなものになって、まだ活動させてもらえるって、とても恵まれているなと。
これからもずっとピアノを弾いていたいです。定年の年齢くらいになるところで「そろそろもういいかな、楽しい人生だったな」と振り返りができるといいですよね。

全国ツアー marasy piano live tour『生音』

―― 現在、「生音」ライブツアーの真っ最中です。そちらのお話もおうかがいできますか。

ふだんの僕のコンサートは、ピアノの前にマイクを立ててスピーカーからも音を出しています。大きな会場で演奏させていただく機会も多いので、後ろの方や上の方の方にも座ったまま楽しんでもらいたいなと思っていて、マイクを通した音も入れています。また演出としても、たとえば僕の伴奏に合わせて初音ミクちゃんに歌ってもらうとか、スクリーンにピアノをリアルタイムで映しながら、それにあわせてエフェクトで光を入れたりと、視覚的にも楽しんでもらえるようなものが多いんです。
けど今回は初心に戻ってピアノ一本で勝負したいなと思って、音響を通さず、タイトル通り「生の音」で演奏しています。
コンサートホールって、ピアノが生の音で一番美しく響くように設計されているじゃないですか。ごまかしも効かない。今回はその「生の音」をコンセプトに弾いています。
―― なるほど。プログラムはどういったものを予定されていますか?

自分のオリジナル作品をメインに、ボーカロイドの曲や投稿のきっかけにもなった「東方Project」の曲、それにアニメの曲ですね。動画で投稿した中から、生の音で聴いてもらいたいなと思ったものをピックアップしているコーナーもあって、なかなかバラエティに富んでいると思います。
―― どの公演も同じセットリストで回られているのでしょうか?

公演によって結構変わりますね。例えば「この曲が始まったらライティングが青になります」などのポイントはあるのですが、今回は時間内いっぱいで弾くぞ! と、詰め込んでいます。その会場ごとの音を楽しんでくださっている方もいるみたいです。ピアノもスタインウェイだったりヤマハだったり、楽器メーカーごとの音の違いもいいですよね。同じスタインウェイでも実際どんな音がするのかは弾いてみないとわかりませんし、それぞれ性格も違うのでいつもドキドキしています。
全公演曲目をそろそえて、クオリティをどんどん上げていくのも醍醐味のひとつだと思いますが、今回はかなり自由に弾いているので毎回楽しいです。
―― 約2時間の公演時間すべて弾く、それだけ手持ちの曲があるのがすごいです!

あっはっは!(笑) 長くやってみるもんですね。
―― ちなみに、今回のツアーに限らずこれまでの公演で印象に残っているものはありますか?

10年以上前の、一番最初に出演したライブですね。会場は渋谷のライブハウスでしたが、練習もして、できることはすべてやって、本番をすごく楽しみにしていました。そして、では1曲目を弾きます、となった瞬間「これ、結構な大ごとだぞ。こんな僕のためにお金も時間も使ってみんな来てくれていて、僕はそれに応えなきゃいけないんだ」ということに気づいてしまったんです。
できる限りの準備はしたけれど若干なめてかかっていたというか……弾き始める前の一瞬のできごとだったんですが、そこからめちゃくちゃ緊張してしまって「やばい! やばい!」しか覚えていないです。
この公演に来てくださった方には本当に申し訳ないのですが、「僕のためにお金も時間も使ってご足労いただく」ということに対して向き合うきっかけになりました。

やっぱりピアノが楽しい

―― まらしぃさんにとってのライブ活動とはどんなものなのでしょうか?

インターネットで活動している身なので、コメントをもらえたり、動画の再生数や生配信などを通して、画面や次元を隔てて僕のピアノを聴いてくださっている感覚が好きなんです。ですが、リアルのライブをおこなうと「あ、本当にみんないるんだな」と実感します。これ、本当に表現が難しいのですが……。
特にコロナ禍以降はこういった機会が貴重だなと強く感じていて、ライブでの交流がふだんの活動のモチベーションにもつながっています。
―― ではまらしぃさんにとってのピアノとは?

なんというか、腐れ縁というか(笑)。1回辞めてしまったけれど、やっぱりピアノが好きなんですよね。ほどよい距離感で、今後もいい感じに付き合っていきたいなぁと思っています。昔からお互いのこともいろいろと知っている相棒みたいな、そんな立ち位置ですね。
―― たくさんのお話をありがとうございました。最後に、ららら♪クラブの読者へメッセージをお願いします。

クラシック音楽とは違うポジションではありますが、ピアノって楽しいなと思いながら活動しているので、それを一緒に感じてもらえたらうれしいです。ふだんはインターネット上の動画だったり生放送で和気あいあいと活動しているので、ぜひ一度遊びに来てくださいね!
一緒に楽しい時間を過ごせたらいいなと、いつも思いながらピアノを弾いています。

(取材・文 浅井彩)

今後の公演情報

公演名 marasy piano live tour『生音』
○海外2公演含む追加公演決定○
日時・会場 ●2月4日(日)
 上海东方艺术中心音乐厅

●2月24日(土)
 福華國際文教會館(台湾)

●3月16日(土) 17:00開演(16:00開場)
 三郷市文化会館(埼玉)

●3月21日(木) 19:00開演(18:00開場)
 神戸朝日ホール(兵庫)

●3月23日(土) 17:00開演(16:00開場)
 FFGホール(福岡)

●3月29日(金) 19:00開演(18:00開場)
 愛媛県県民文化会館 サブホール

●4月5日(金) 19:00開演(18:00開場)
 ヤマハホール(東京)
出演 [ピアノ]まらしぃ
チケット 全席指定:前売り6,000円 当日6,500円
※国内公演のみ
※3歳以下入場不可。4歳以上要チケット

●1月13日(土)13:00~1月21日(日)23:59
 先行チケット イープラス(プレオーダー/抽選)
●1月27日(土)~
 一般発売(イープラス、ぴあ、ローソンチケット)
詳細 こちらから

まらしぃ(marasy)

1990年3月10日愛知県名古屋市生まれ、在住。ピアニスト、作曲家。
2008年から名古屋自宅よりピアノ演奏動画、ライブストリーミングを発信、動画サイト総再生数6億回、YouTubeチャンネル登録者数147万人。ピアノ1台で多くの人の心を虜にするピアニスト。
TOYOTA「アクア」CMでも話題になった「千本桜」演奏動画は2,000万再生を超える。アニメ、ゲーム、ボーカロイド、J-pop、そしてオリジナル…従来のジャンルに囚われない選曲、まらしぃ自身楽しんでピアノを弾くスタイルに日本のみならず世界のピアノファンが共感、支持する新世代ピアニスト。
2013年TOYOTAアクアでのCM演奏をきっかけにノーリツ給湯器、ソフトバンクでんき、富士通エフサス、ファミリーマート…数々の企業CMに楽曲提供、演奏、出演、業界ではいち早く注目されている存在。2018年YAMAHAが主催するピアノの魅力や演奏の楽しさを伝える活動「Love Piano」のキャンペーンアーティストに起用、そのイメージソングを提供している。2019年6月にはピアニスト単独では初となる幕張国際展示場公演を開催、完売させている。そして12月にはクラシック楽曲をまらしぃなりにアレンジ演奏した「ちょっとつよいクラシック」をリリースしている。

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