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“パイプオルガンに出会ってしまった”衝撃、オルガニスト山口綾規

“パイプオルガンに出会ってしまった”衝撃、オルガニスト山口綾規
12月――クリスマスシーズンの到来。クラシック音楽的には、1年でもっともオルガンコンサートが行われる時期でもあります。 早稲田大学政治経済学部を経て、東京藝術大学大学院で修士課程(オルガン)を修めた異例の経歴を持つオルガニスト、山口綾規さん。無声映画に伴奏を付け演出する「シアターオルガン」を操る、日本では数少ないオルガニストです。1年でもっともオルガンコンサートが行われる12月クリスマスシーズンに、パイプオルガンとの出会いやその楽器の魅力について、お話をうかがいました。

出会いはなんと……寝坊!?

―― オルガンを始めたきっかけを教えてください。

子どものころはピアノを習っていました。その後はハモンドオルガン(※小型の電子オルガン)を弾いたりしていたのですが、19歳の大学生の時にパイプオルガンに出会ってしまいまして。そこから僕のパイプオルガン人生が始まりました。
ちょっとお恥ずかしい話ではあるのですが、ある日、大学の1限の授業に寝坊してしまったのです。「もう、今日は学校に行かなくていいや」と思い、じゃあおもしろいことでもないかなと考えていたら、偶然1冊の音楽雑誌が目に入りました。「今日何か演奏会やってるかな」と見てみたら、お昼にサントリーホールで無料のオルガンコンサートが開催されると書いてあります。無料だし、じゃあ行ってみようかなと、本当にそんな軽い気持ちで出かけたら……
―― パイプオルガンに出会ってしまった、と。

そうなんです。衝撃でした。あの日寝坊しなかったら、パイプオルガンという楽器に触れることもなかったかもしれませんね。
―― プロの音楽家になろうと意識されたのはいつごろだったのでしょうか?

大学生の間も、実はパイプオルガンでなはい音楽のお仕事を少しずつしていました。卒業してからも、3年間はその延長のような形でお仕事を続けていたのですが、でもあの日、サントリーホールでパイプオルガンのコンサートを聴いた日から、どうしても忘れられなくて……。とりあえずといってはなんですが、並行して趣味のような形でパイプオルガンのレッスンを受け始めるところからスタートしました。練習自体は電子オルガンですが、師事している先生が所属している教会で、本物の楽器でレッスンをしていただくこともあります。
最初は普通大学に進学し卒業しましたが、実はピアノを習っていた小中学生のころから音楽を学びたい気持ちがどこかにあったので、その後東京藝術大学に進学し、オルガンを勉強しました。こういったきっかけや環境が重なっていって、次第にプロを意識し始めました。

文字通り“そこにしか存在しない”楽器、パイプオルガン

―― 山口さんにとって、パイプオルガンの魅力はどんなところにありますか?

「たったひとりでこんなことができるのか」というのが最初の驚きでした。パイプオルガンってすごい楽器ですよね。あれだけたくさんの音を、一度にひとりで演奏できる楽器はほかにありません。
キャパシティ2000席のコンサートホールに対して、楽器はたったの1台、そして奏者はひとり。こんな気持ちいいことはなかなかないですよ(笑)。
―― もともとハモンドオルガンを弾かれていたそうですが、パイプオルガンと一番違うのはどういった点だと思われますか?

まずアコースティック楽器と電子楽器なので違いはたくさんありますが、パイプオルガンは「その教会やコンサートホールなどの空間自体が丸ごと楽器である」という点です。パイプオルガンはそれぞれオーダーメイドの作り付け楽器なので、初めての会場ごとに新しく調整をする必要があります。
―― 同じ楽器はふたつとして存在しませんね。

そうですね。設置場所に合わせて作るので、パイプや鍵盤の数も楽器によって違います。
どれくらいその楽器に触れられる時間があるか、練習する時間があるかにも左右されますが、それら個性豊かなパイプオルガンをきれいに鳴らすのって、すごく難しいんです。タッチの速度、楽器の傾向で音の印象がかなり変わってきます。“オルガンらしい音で”演奏するのは本当に難しい。
大学を卒業してから5年くらい経って、ようやく上手い鳴らし方がわかってきたかもしれません。
―― 会場作り付けなので、好きなだけ練習時間が取れるわけでもありません。

あまり細かいことを詰め込みすぎると、練習時間がいくらあっても足りません。なので、会場での練習はなるべくシンプルに、といつも意識しています。その楽器を知るための時間配分はとても重要ですね。

ぜひ会場で、生の倍音を!

―― ららら♪クラブはクラシック音楽初心者に向けて、クラシック音楽の魅力を広めてコンサートへ足を運ぶきっかけのお手伝いをしています。山口さんが考えるクラシックコンサートの楽しさや魅力は何だと思いますか?

今はいろんな手段でクラシック音楽を聴くことができますよね。CDやDVDはもちろん、YouTubeを始めとした動画配信サイトやサブスクリプションもどんどん増えています。でもやっぱり、生の音楽を聴いてほしいと思います。
パイプオルガンは倍音を組み合わせる楽器なので、生で聴いた時の音圧はすごいですよ。これはCDや配信では絶対に感じられない部分です。スピーカーが拾った音と、生身の身体で受け止めた音の差は圧倒的です。
また、「お出かけして、コンサートを聴く」というイベント自体、楽しみがあるじゃないですか。自分がふだん住んでいる場所からちょっと離れて、特別な場所に足を運ぶって、とてもいいですよね。たった2~3時間のできごとですが、コンサートで楽しい気分になって、その後おいしい食事を食べてみたり、お酒を飲んでみたり。そういう非日常感は大切だと思います。
―― これまでに印象に残っているコンサートはありますか?

1990年代前半、サントリーホールにジョン・ウィリアムズとボストン・ポップス・オーケストラが来た公演が、非常に印象に残っています。サントリーホールのど真ん中の席で聴いたんです!
その時にはすでにプロのオルガニストとして演奏する側になっていたのですが、自分が立ったことのあるサントリーホールの舞台に、ジョン・ウィリアムズも立っているというのがとても不思議で、すごくうれしい気持ちになりました。その後何度もサントリーホールでは演奏していますが、世界を代表する巨匠と同じ舞台に立てる喜びは、何度味わっても感動します。

クリスマスには、ぜひオルガンの音色を

©木之下 晃
住友生命いずみホールのパイプオルガン
―― ここからは2023年12月23日(土)に、大阪の住友生命いずみホールで行われるクリスマス・オルガンコンサートについておうかがいします。誰もが知るバッハのオルガンの名曲からディズニー音楽、そしてアルゼンチンを舞台にしたミュージカル《エビータ》まで、幅広い趣向の作品が並びますね。

今回共演するソプラノのマリア・サヴァスターノさんが地球の裏側のアルゼンチンからいらっしゃるということで、《エビータ》は絶対やろう、とまず決まりました。名曲であることはもちろんですが、日本でよく知られているアルゼンチンの作品なので、ぜひ本場の方に歌っていただきたいというのが一番の理由です。
マリア・サヴァスターノさんは、2005年の世界オペラ歌唱コンクール「新しい声」第1位受賞後、パリ・オペラ座を中心に、ガルニエ劇場、マドリッド王立劇場などのオペラハウスで活躍している、すばらしいソプラノ歌手です。
―― マリア・サヴァスターノさんとはお会いしたことはございますか?

実はまだで、共演も今回が初めてです。実はちょうどこのインタビューの前夜に、ごあいさつのメールをいただきました。
―― マネージャーからではなく、ご本人と直接のやり取りですか?

はい、ご本人です。直接あいさつをされたいとのことでメールをいただいたのですが、なんと、文面がローマ字の日本語だったんですよ! 日本が大好きで日本語を勉強しているそうです。メールも絵文字がいっぱい入っていたりして。これまでお会いしたことがないので緊張していたのですが、それが一気に無くなりました。
和服をお召しになったお写真も拝見したので、本当に日本を好きでいてくださるんだなとうれしくなりました。せっかくなので、おいしいものをたくさん食べて、日本のいいところをいっぱい楽しんで帰国していただきたいですね。
―― 山口さんにとって、住友生命いずみホールで行われるクリスマス・オルガンコンサートへの出演は今回で4回目になりますね。このホールの楽器の魅力はどんなところだと感じますか?

先ほどのお話にもありましたが、パイプオルガンはコンサートホールという空間そのものも楽器です。住友生命いずみホールは、ホールの空間と楽器の相性が良くて、どんなに小さな音でも、こう、溶けて広がっていく感じが非常に心地いい。演奏しながら常にそれを味わっています。上の方から降ってくるような音が聴こえるのがいいんです。
―― せっかくなので、クリスマスにまつわるお話もお聞かせいただけますか?

オルガニストは、クリスマスは働くものだと思っています(笑)。
でも、僕たちにとってうれしいのは、やはりクリスマスはふだんと比べてもオルガンを聴いていただける機会がとにかく多いことですね。毎週のようにオルガンコンサートがあるので、この季節は楽しい時間です。
―― ありがとうございました。最後に、コンサートに足を運ぶファン、そしてららら♪クラブの読者へメッセージをお願いします。

パイプオルガンはなかなか身近に存在しない楽器なので、生で聴く機会が少ない楽器でもあります。先ほどもお話ししましたが、このクリスマスシーズンが1年で一番オルガンコンサートが行われる時期で、生で聴ける絶好のチャンスです。
ぜひ、そこにしかないすてきな楽器と豊かな響きを味わってください。その場でしか体感できない音を身体全体で味わうべく、足を運んでいただければと思います。

(取材・文・構成 浅井彩)

今後の公演情報

公演名 クリスマス・オルガンコンサート
日時 12月23日(土) 12:00開演(11:15開場)/16:00開演(15:15開場)
会場 住友生命いずみホール
出演 [パイプオルガン]山口綾規
[ソプラノ]マリア・サヴァスターノ
プログラム J.S.バッハ:主よ人の望みよ喜びよ BWV147
ヘンデル:歌劇《リナルド》より〈私を泣かせてください〉
J.S.バッハ=グノー:アヴェ・マリア
シューベルト:アヴェ・マリア
プッチーニ:歌劇《ジャンニ・スキッキ》より〈私のお父さん〉
アダン:オー・ホーリー・ナイト
J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
チャイコフスキー:《くるみ割り人形》メドレー
クーツ:サンタが街にやってくる
ウェバー:ミュージカル《エビータ》より〈アルゼンチンよ泣かないで〉
ラミレス:賢者たち(アルゼンチンのクリスマスソング)
ロータ:映画「ゴッドファーザー」より《愛のテーマ》
ホーナー:映画「タイタニック」より《My heart will go on》
C.ロペス&R.ロペス:映画「アナと雪の女王」より《Let it go!》
ヴィエルヌ:ウェストミンスターの鐘
使用楽器 【フランス・ケーニヒ社製】
ストップ(ノブ):46/手鍵盤:4段
コンビネーション操作ボタンほか
エクスプレッションペダル
足鍵盤:1段/高さ:10m/幅:3.6m
パイプ数:3623本
チケット 全席指定:5,000円
お問い合わせ キョードーインフォメーション
TEL:0570-200-888(日祝休・11:00~18:00)

山口綾規(Ryoki Yamaguchi)

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。東京芸術大学音楽学部別科オルガン専修を経て、同大学大学院修士課程音楽研究科を修了。これまでにパイプオルガンを大槻由美子、ブライアン・アシュレー、廣野嗣雄の各氏に師事。
国内外で積極的に演奏活動を続ける傍ら、オルガンのみならず鍵盤楽器全般の教育にも力を注いでおり、幅広い音楽ジャンルに渡る豊富な知識と演奏力、そして説明のわかりやすさには定評がある。指導者を対象にしたセミナーや出版物も多い。
NHK連続テレビ小説『エール』、『ちむどんどん』では音楽指導に携わった。2023年10月には日本人として初めてのシアターオルガン(アメリカの無声映画の演出に使われたパイプオルガン)のCD『Konnnichiwa from San Diego!』をリリース。

英国王立音楽検定(ABRSM)ピアノ、理論ともにグレード8(Distinction)を取得。
日本オルガニスト協会会員。昭和音楽大学非常勤講師。
全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。
一般社団法人 Japan Music Excellence Association理事。

山口綾規公式サイト

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