パワーあふれる豊かで高らかな歌声と舞台映えするルックスで、国内外から高い評価を得ているテノール歌手の笛田博昭さん。『ららら♪クラシックコンサートVol.4「華麗なるオペラ特集」』(2019年2月14日)では、歌劇『オテロ』から二重奏「すでに夜もふけた」、歌劇『道化師』から「衣装をつけろ」、『トゥーランドット』から「誰も寝てはならぬ」を披露。さらにNHK Eテレ『ららら♪クラシック』(2019年7月19日放送)では、「オー・ソレ・ミオ」他2曲を歌い、テノールの魅力を語ってくれました。
僕もパヴァロッティみたいになりたい
“華麗なる総合芸術”とも評されるオペラ界において、主役やヒロインの恋人役など、物語の重要な役どころを担うオペラの花形・テノール歌手。その日本のホープとして世界を舞台に活躍している笛田さんが、オペラ歌手を目指したのは、高校2年生のときだった。 「音楽の授業で三大テノールの映像を観て、パヴァロッティの『誰も寝てはならぬ』に衝撃を受けて、僕もこうなりたいと思ってしまったんです」 それまでオペラを観たことも聴いたこともなく、クラシック音楽も実家が経営していたロッヂで有線から流れてくるのを耳にするくらい。スキーに野球にバスケットボールにとスポーツ三昧で、音楽とは無縁だった笛田さんが、なぜ、そんなにもオペラ歌手に惹かれてしまったのか。 「導かれたとしか言いようがありませんね(笑)。子どものころから立派な声だと言われていたし、身体も大きかったし、きっとどこかで自分にもそういう声が出せるのではないかという気持ちが生じたのかもしれません」 その予感通り、潜んでいた天賦の才はすぐに開花。まともにレッスンを受けたことがないにもかかわらず、翌年、地元新聞主宰のコンクールに応募して、高校生の部で優勝。それを機会に音楽大学入学を決意した笛田さんは、一からオペラを学ぶことに。 「楽しかったですね。何より中島基晴先生という素晴らしい師匠と出会えたことが大きかった。先生にはオペラ歌手にとって一番大切な発声の基本を、徹底的に教えてもらいました」 オペラ歌手には、何千人という観客がいる大きなホールでも、マイクを使わずに隅々まで声を響かせることが求められる。そのために必要な発声のスキルや表現力は簡単に身に付くものではなく、「死ぬまで勉強です」と笛田さんは語る。 「音楽に対して、歌に対して、真摯に向き合っていると、常に、越えなければいけない課題が明確に見えてきます。上を目指せば目指すほど、どんどん先は広がっていくんです。僕は、芸術家、音楽家にはその探求心が何より必要だと思っています」 その思いを強くしたオペラ歌手との出会いが2つある。1人は大学2年生の時に観たオペラに出演していたイタリアのテノール歌手、ジュゼッペ・ジャコミーニ。 「とにかく声の響きに包まれたんです。聞いていると、その響きが体に振動して、全身がザワザワしてたまりませんでした。自分もこんなふうになれるようにがんばろうと思いました」 もう一人は、“完璧”が代名詞の世界的ソプラノ歌手、マリエッラ・デヴィーアだ。2017年、藤原歌劇団・日生劇場共同制作公演『ノルマ』で、笛田さんは相手役を務め、高い評価を得たのだが……。 「70歳で現役のマリエッラはとにかくすごかった。日々の積み重ね、努力の賜物です。彼女に奮起され、僕ももっとがんばらなければと思いました」藤原歌劇団共同制作公演「ノルマ」のポッリオーネ(2017年、右はマリエッラ・デヴィーア)/公益財団法人日本オペラ振興会
お客様のためではなく、‟芸術” のために歌う
そんな笛田さんに、オペラやコンサートで大切にしていることを聞いてみると、「僕は観客のために歌ってはいない」という意外な一言が。しかし、その後の話を聞いて、深くうなずけた。 「足を運んでくださるお客様はもちろんありがたいですし、大変、感謝しています。でも、だからお客様のために歌うというのは違うと僕は思っています。お客様のために歌うとなると、こうすれば喜んでもらえるなとか、言葉は悪いですがお客様に媚びることにつながります。芸術はそれではいけないと思うので、僕は自分の芸を追求することだけを考えなければいけないと思っています。その分僕はとことん言葉と音楽にこだわり、自然体で発することができるよう向き合っていきます。 そんな笛田さんだからこそ、観客に対してはこんな考えを持っている。 「僕が発したものをお客様がどういうふうに受け止め、感じるかは、お客様一人一人の自由です。私はこの人の歌はあまり好きではないわと思っても、私には何も伝わらないわと思っても、それでいいと思っています。100人いて100人が素晴らしいと思う歌い手なんていませんからね。みんなが各々、自由に感じてくだされば。僕も、『僕って素晴らしいでしょ』なんてことを強要はしません」 クラシック音楽の中でも特に「敷居が高い」と思われがちのオペラ。確かに王侯貴族たちに愛好され、莫大な費用をかけて作品が作られたオペラには、品格など、一般人が敷居の高さを感じてしまう要素がいくつもある。ただ、笛田さんは、「聴く側は、知識がなくていいし、素のままでホールに足を運んで、純粋に楽しんでもらえばいいと思う」とアドバイスする。 「洋楽を聞いて感動したとき、言葉の意味がわかって感動しているわけではありませんよね。音楽を聴いて感動するのって、理屈ではないんです。僕は、芸術、特にイタリアオペラは、肌や目、耳という感覚で感じるものであって、頭を使って意味を考えるものではないと思っています。ですから、観客のみなさんは、知識を持つ必要も、構える必要もないと思います。もっと言えば、目には見えないかけがえのない存在……神様なのかな。僕の歌がそこに向けられればいいなと、日々鍛練を重ねているつもりです。」 さらにもう少し、理解を深めたい人にはこんなアドバイスをくれた。 「例えば『椿姫』など、よく上演されますが、演出は変わってもストーリーは同じなので、何度も見に行ったら意味がわかってきます。そんなふうに段階を踏んで理解していけばいいと思います。そうやって皆さんが何回もホールに通ってくれるようになったらうれしいですしね」 笛田博昭&ヴィンチェンツォ・スカレーラ リサイタル(2019年)
夢は日本に本物の『歌劇場』を作ること
少しでもオペラの観客を増やしたい。その思いの奥深くには、笛田さんのこんな夢がある。 「日本には、ヨーロッパのような本格的な馬蹄形の『歌劇場』がありません。大きいホールはあるのに、オペラを観るための本物の場所がない。マイクを使わずに全身を楽器として響かせる歌い方をお客様に感じていただくことが、馬蹄形の劇場にこだわる理由です。しかし、残念ながら日本には、本来ならば声を響かせるために最も適する伝統的な劇場が存在しません。僕がもっともっとお客様をたくさん呼べるようになれば、協力してくださる方を集めて本格的な『歌劇場』を作ることができるかもしれません。そうなれたらいいなと、そんな夢を持っているんです。そして、その『歌劇場』でオペラが上演されるとなったら、チケットが飛ぶように売れる。そんなふうになったらさらにいいですね。お客様がたくさん来るようになれば、チケット代を下げることもできますからね」 みんなが身近にオペラを楽しめる環境を作ること。それが笛田さんの願いだ。 「その意味でも『ららら♪クラシックコンサート』や『ららら♪クラシック』の出演のお話をいただいたときはすごくうれしかったです。特にテレビは、オペラ歌手が出てオペラについて話すことがほとんどないですからね。みんな楽しみ方を知らないから敷居が高く感じる面もあると思うので、そういう番組やコンサートが増えて、もっともっと、オペラの面白さを伝えられたらいいですね」 (取材・文/河上いつ子) 藤原歌劇団公演「カルメン」のドン・ホセ(2017年)/公益財団法人日本オペラ振興会
■笛田 博昭 HIROAKI FUEDA (tenor, Vocal)
名古屋芸術大学卒業、同大学大学院修了。2009年渡伊。2011年文化庁新進芸術家海外研修員として再渡伊。第37回イタリア声楽コンコルソ・イタリア大使杯受賞。第9回マダム・バタフライ世界コンクール及び第50回日伊声楽コンコルソ第1位。 2012年フェッラーラ国際コンクール第1位。藤原歌劇団には『ラ・ボエーム』ロドルフォでデビュー以降、『ラ・ジョコンダ』エンツォ、『仮面舞踏会』リッカルド、『蝶々夫人』ピンカートン、『トスカ』カヴァラドッシ、『カプレーティ家とモンテッキ家』テバルド、『カルメン』ドン・ホセ、『ノルマ』ポッリオーネ、『道化師』カニオと出演を重ねている。
20年2月には『リゴレット』のマントヴァ公爵で出演予定。 その他フェッラーラ市立劇場『イル・トロヴァトーレ』、日中国交正常化35周年記念・第9回上海国際芸術祭公演『蝶々夫人』や『椿姫』『トスカ』『マクベス』『ドン・カルロ』『運命の力』など各地で多数のオペラに出演。 また、NHK-FM『名曲リサイタル』、NHKニューイヤーオペラコンサート、K-BALLET COMPANYや東京フィルハーモニー交響楽団の『第九』など各種コンサートに出演。
今最も注目されているテノールの一人で、今後の活躍に期待が高まっている。第20回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。湯沢町特別観光大使。藤原歌劇団団員。
■コンサート情報
12月3日(火) 第4回オペラ歌手紅白歌合戦@サントリーホール(東京)
12月18日(水) 新日フィル第九@みなとみらい(横浜)
12月19日(木) 同上@サントリーホール(東京)
12月21日(土) 同上@すみだトリフォニーホール(東京)
12月22日(土) 同上@オーチャードホール(東京)
12月31日(火) フェニーチェ堺 令和元年ジルベスター@フェニーチェ堺(大阪)
2020年
1月3日(金) NHKニューイヤーオペラコンサート@NHKホール(東京)
2月1日(土) 藤原歌劇団「リゴレット」@東京文化会館(上野)
2月8日(土) 藤原歌劇団「リゴレット」@愛知県芸術劇場(愛知)
3月20日(金) ミュージカルガラ・コンサート@カルッツかわさき
6月17日(水) 三大テノールの宴@ザ・シンフォニーホール(大阪)
7月24日(金)~ 8月2日(日) ラ・ボエーム@兵庫県立芸術文化センター(兵庫)
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