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HOMEインタビュー務川慧悟と行く、ピアノのタイムトラベル
インタビュー2026.1.26

務川慧悟と行く、ピアノのタイムトラベル

 いまをときめくピアニストの務川慧悟さんは、実はフォルテピアノ奏者でもあります。「フォルテピアノ」―― 名前は聞いたことがあるけれど、実際にはどんな楽器なのか、ピアノとの違いはなんなのか……そんな疑問を持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 2026年2月に大阪で行われる「フォルテピアノと現代ピアノの聴き比べ公演」では、実際にフォルテピアノが使用されていた時代に制作された“リアルタイム”の楽器を使用。同時代に生まれた作品を当時の楽器で聴くことができるうえ、現代のピアノと弾き比べることによって音色の違いまで体験できるのだそう。そのぜいたくな企画と“フォルテピアノ”という楽器について、務川さんにお話をうかがいました。

フォルテピアノ×現代ピアノの聴き比べ企画

―― 今回は大阪・いずみホールで「現代ピアノとフォルテピアノ(※)の聴き比べ」という公演をされるそうですね。務川さんはピアノ科を卒業後、フォルテピアノ科にも入りなおされていらっしゃいます。ある程度ピアニストとしての地位を築いたあとに、フォルテピアノへ取り組まれている印象を受けますが、そもそもフォルテピアノに触れるようになったきっかけを教えていただけますか。

※フォルテピアノ:現代のピアノの祖先にあたる鍵盤楽器で、18世紀から19世紀前半にかけて使われていた。弱音と強音を自由に出せることから「弱音も強音も出せるチェンバロ」を意味する「ピアノフォルテ」と呼ばれ、時代に合わせて発展を遂げながら現在の「ピアノ」となった。現代のピアノに比べてハンマーや弦が軽く、繊細で軽やかな音を出すのが特徴。

パリに留学して3~4年目くらいのとき、副科でフォルテピアノの授業を取って、その先生から「フォルテピアノ専門のクラスに入学してみないか」というお誘いを受けました。そのときはいろいろと考えましたが、先生がすばらしい芸術家で、僕もこの先生の授業を本格的に受けたいと思ったのが勉強するようになったきっかけです。
ただ、フォルテピアノの奏者になりたくて勉強したわけではなくて、現代ピアノの演奏に活かすという前提でした。

いずれもクリストファー・クラーク(Christopher Clarke)製作のフォルテピアノ。右がLengerer(レンゲラー)1793年のコピー、左がグラーフ(Graf)1826年のコピー

―― そうだとしても、入学試験を受けて入りなおすというところまではなかなか行きつかないかと思います。

そうですね。やっぱりフォルテピアノの先生―― パトリック・コーエン先生がすばらしい方で、魅力的だったのが大きいですね。この人が教えているなら、そのクラスで勉強したいと思ったのです。

―― ピアノ専攻の副科の選択肢としてはほかの楽器もたくさんありますが、そのなかでフォルテピアノに惹かれたのでしょうか。

フォルテピアノは見たことはあっても音を実際に聴いたことはなくて、それがおもしろそうだなと思って惹かれました。ちなみに、オルガンは日本にいたときに副科で専攻したことがあります。

―― 現代ピアノとの違いはどこにあると感じられますか?

前提としてなによりも知っておかなければいけないことは、ベートーヴェンの作品もショパンの作品も、フォルテピアノで弾いている状態のほうがオリジナルに近いということです。要は僕らが現代ピアノに慣れ過ぎてしまって、ベートーヴェンのメッセージを勝手にねじ曲げている可能性があります。まずこれが大きいですね。
もちろんそのうえで、僕たちピアニストは現代ピアノを弾くことを追及しているのですが、フォルテピアノのほうが本質に近いものがあります。

―― フォルテピアノはそうそうその辺にある楽器ではありませんが、練習はどうされているのでしょうか。

パリの学生時代は学校へ行って練習していました。もちろん手元に楽器があるわけではないので、練習は学校のみです。
日本に帰ってきてからはなかなか難しいですね。今回のような演奏会をするときは、公演で実際に使う楽器をお借りし、前もって弾ける時間を取ってもらうようにしています。譜読みだけはある程度現代ピアノでやって、暗譜までもっていって、最後の最後に本番前の3日間くらいでフォルテピアノにようやく触れる感じです。

―― なかなかぶっつけ本番に近いですね。

そうですね。でもそれこそ古楽器奏者の方は、特にツアーだと「その日初めて見る楽器で本番」という例もたくさんあるそうです。そのあたりが柔軟であることも求められますね。

―― ピアノですら、弦や管楽器などの自分の楽器を使用する奏者に比べてそのパターンは多いのですが、古楽器はさらにそれを突き詰めた感じがします。

フォルテピアノと現代ピアノは鍵盤もペダルも数が違いますし、そもそも楽器の個体によってもさまざまな部分が違うので、さらに難しいです。
これだけ奏法が違うので、どちらかを練習しているとどちらかがわからなくなることもよくあります。まず、手の使い方が違うんですよね。現代ピアノをずーっと弾き込んだあと、いきなり古楽の演奏会というのはなかなか厳しい。その逆もあって、古楽器を1週間くらい弾いていると現代ピアノを弾いた瞬間に重すぎてびっくりしてしまいます。そのあたりの使い分けは難しいですね。なので、今回のような聴き比べ公演はなかなか大変です(笑)。

―― 現代ピアノでもアップライトとグランドでは感覚がまったく違いますよね。

そうなんですよ、仕組みが違いますからね。もっともっと仕組みが違うフォルテピアノも10年ほどやって、やっと慣れてきたかなと思っています。

パリにて

1820年製のオリジナル―― 至高の楽器でじっくり聴き比べを

―― 今回のプログラムはどのように選ばれたのですか?

「聴き比べ」の公演なので、2日間である程度同じ曲を入れるということをまず最初に決めて、そのなかでどの作品を柱にしようかなと考えていきました。今回使用する楽器は1820年代のものですが、この時代に適した作品というだけでもうすでにかなり絞られてきますが、具体的にはベートーヴェンの中期から後期くらいの時代です。そのなかで、有名な曲でご存じの方も多く、かつ僕も最近取り組んでいる《熱情》を両日に入れました。
初日は、そのベートーヴェンと近い時代のシューベルト。さらに実はショパンも10代のころはベートーヴェンの後期とかぶっているので、若いころの作品である《ロンド・ア・ラ・マズール》を両日の共通する曲として決めて、それ以外の部分を埋めていきます。ショパンも1820年代のウィーン製の楽器を使っていたそうで、古楽器で演奏するものは1820年前後の作品でまとめました。
現代ピアノの方はもっとさかのぼってバッハから始め、ブラームスまで時代を進めました。

―― 《熱情》は演奏会としてもピアノのレパートリーとしても超有名な定番曲ですが、現代ピアノと古楽器だとずいぶん印象が変わりますね。

そうですね、現代ピアノと同じ感覚の指の圧で弾いたら大変なことになってしまいます(笑)。だから逆に言うと、ベートーヴェンの時代はまだ彼の音楽に楽器の方が追い付いていなかったのですよね。ベートーヴェンは、楽器を壊してしまうくらい熱量の高い音楽を書いていた。
もちろん楽器を壊すような弾き方はしませんが、それくらいの勢いとその時代の事情が伝わればいいなと思います。

―― フォルテピアノで弾かれる作曲家のヴォルジーシェクは、現代ピアノだけを弾いているとなかなか耳にする機会がない作曲家ですね。

今回、なにを弾こうか調べているなかで僕も初めて知った作曲家でした。

―― てっきり勉強している間にさらっていた作品なのかと思っていました。どのようなきっかけで見つけたのですか?

今回弾くヴォルジーシェクの《12のラプソディー》を、ベートーヴェンがレパートリーとして好んで弾いていたそうなんです。
もうひとつ、《6つの即興曲》という作品も演奏します。「即興曲」というジャンルはいまとなってはシューベルトが有名ですが、実は即興曲を最初に書いたのはヴォルジーシェクなんです。そこにヒントを得てシューベルトの即興曲につなげました。

―― プログラムを拝見した際、ずいぶんとバリエーションに富んだ選曲という印象を受けましたが、実はすべてつながっているのですね。

作曲年代はどれもかなり近くて、すべて20年以内くらいにおさまっています。そのなかで、いろんな性格の作品を入れてみました。
最初に核となる《熱情》を入れて、パズルのようにほかの作品を組みながら考えましたが、実は《熱情》は日本でもう10年くらい弾いていないんです。最近ベートーヴェンの姿を見直していて、演奏会でも取り上げる機会が増えてきているので、このタイミングにと思って入れています。
初日の最後に弾くピアノ・ソナタ第30番はまさに作曲が1820年で、この楽器にぴったり合った作品だと思います。

―― ピアノ・ソナタ第30番は《熱情》が決まったからこそ、そこに落ち着いたのでしょうか? それとも、やはりいずみホールの楽器からインスパイアされたのですか?

リサイタルの最後の曲って難しいですよね。ショパンやリストなどの、要するに派手で映える作品を最後に置きたくなってしまいます。ただ今回は聴き比べがコンセプトなので、そのなかで最後を締められるだけの盛り上がる名作はなんだろう? と考えたときに、第30番がピンと浮かんできました。

―― これまでにいずみホールのフォルテピアノをお弾きになったことはありますか?

昨年、いずみホールで初めて現代ピアノのリサイタルを行いました。そのときにピアノ庫にこのフォルテピアノが置いてあるのを見つけて、ちょっと弾かせてもらったんです。こんな良い楽器がここに存在していたのかと、とても感動しました。それを機に今回の企画までつながっています。

―― なるほど、では念願かなっての企画なのですね。今回の公演でフォルテピアノの生の音色に初めて触れる方も多いと思いますが、務川さんが思われる楽しみ方や聴き方を教えてください。

それぞれがそれぞれに感じてくださったらいいのですが、やっぱり生で聴くのと音源で聴くのではまったく違いますよね。倍音なんかは録音ではなかなか伝わりませんし。
現代ピアノは弦の振動を止める機構であるダンパーがしっかりしているので、わりとすぐに音が消えますが、フォルテピアノはそうではなく音がけっこう残ります。響きのない場所で弾いても残響があるような感じになっていて、そこも現代ピアノを聴き慣れていると不思議に感じるかもしれません。あとは文字通り手作りされた楽器なので、音の温かみに関しては現代ピアノでは出せない味がありますね。それを感じていただけたらいいなと思います。
またフォルテピアノは音域ごとに素材が違ったりして、それにともなって音色も豊かに変化します。これはのちのちピアノが発達していくなかで、1個体のピアノで音を統一していくという技術が可能になっていくのですが、当時はまだその技術がなかったということを表しています。でも音域ごとに音色の違いが出て、これがすごく良いんです。

―― 興味深いお話をありがとうございました。最後に、公演を聴きに来てくださるファンへメッセージと、意気込みをお願いします。

古楽器単体のリサイタル自体は、頻繁ではないにせよ日本では聴くことができます。
この聴き比べを僕がやる意味というのは、ふだん現代ピアノをメインで弾いている人間が弾くからこそ、古楽器を聴いたことがない方、興味があるけれどなかなか機会がない方に新しい世界を見てもらえる可能性があることです。必ず新鮮な発見があり、いろいろな観点から勉強になると思います。ぜひ聴きにいらしてくださいね。

<文・取材 浅井彩>


今後の公演情報

公演名 務川慧悟 2日連続演奏会
フォルテピアノとモダンピアノ
日時 ●フォルテピアノの日【古楽器:シュトライヒャー(1820年代)オリジナル】
2026年2月21日(土) 15:00開演(開場)

● モダンピアノの日【現代ピアノ:スタインウェイ】
2026年2月22日(日) 15:00開演(開場)
会場 住友生命いずみホール
出演 [ピアノ]務川慧悟
プログラム 【フォルテピアノの日】
ヴォルジーシェク:12のラプソディー Op.1より 第1番、6つの即興曲 Op.7より 第6番
シューベルト:即興曲 第3番 変ト長調 D.899
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57『熱情』、ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109
カルクブレンナー:24の前奏曲 Op.88より 第15番 ト長調
ショパン:ポロネーズ 第11番 ト短調 遺作、ロンド・ア・ラ・マズール ヘ長調 Op.5、コントルダンス

【2/22(日) モダンピアノの日】
バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971
ショパン:ロンド・ア・ラ・マズール へ長調 Op.5、即興曲 第3番 変ト長調 Op.51、バラード 第4番 ヘ短調 Op.52
シューベルト:即興曲 変ト長調 D.899 No.3
ブラームス:3つの間奏曲 Op.117より 第1番 変ホ長調、6つの小品 Op.118より 第6番 間奏曲 変ホ短調
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57『熱情』
チケット 全席指定:6,500円 2日間通し券12,000円
詳細 詳細はこちらから
お問い合わせ キョードーインフォメーション
TEL:0570-200-888

務川慧悟(Keigo Mukawa)

2021年世界三大コンクールのひとつである、エリザベート王妃国際音楽コンクールにて第3位受賞。2019年にはフランスで最も権威のある、ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールにて第2位受賞。
長い歴史と伝統のあるふたつの国際コンクールの上位入賞で大きな注目を集め、現在、日本、ヨーロッパを拠点にソロ、室内楽と幅広く演奏活動を行っている。バロックから現代曲までレパートリーは幅広く、各時代、作曲家それぞれの様式美が追究された演奏、多彩な音色には定評がある。また現代ピアノのみならず、古楽器であるフォルテピアノでの奏法の研究にも取り組んでいる。
フランス留学後研究を深めている作曲家のひとりである、モーリス・ラヴェルの作品を取り上げた「ラヴェルのピアノ作品全曲演奏」をテーマにした全6回のリサイタルを2017年シャネル・ピグマリオン・デイズにおいて開催。2022年はラヴェル全集をリリース。リリース記念の浜離宮朝日ホールでの4日間にわたるリサイタルはすべて完売でコンサートを終える。リサイタルは毎年行っており、2023年は浜離宮朝日ホールで5日間の連続演奏会を行い22年に引き続き好評を得ている。
東京藝術大学を経て、2014年パリ国立高等音楽院に審査員満場一致の首席で合格し渡仏。ピアノ科第3課程を修了、室内楽科第1課程修了。現在は国内外での演奏活動の傍ら、フォルテピアノ科に在籍し研鑽を積んでいる。2022年、NOVA Recordより「ラヴェル:ピアノ作品全集」をリリース。
また、自身の編曲によるラヴェル『マ・メール・ロワ』ピアノソロ版の譜面をMuse Pressより出版している。
2024年、第33回出光音楽賞受賞。

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