
金管楽器の世界に広がった衝撃―― 日本管打楽器コンクールトランペット部門において、全部門での史上最年少で第1位、および文部科学大臣賞、東京都知事賞を受賞。併せて特別大賞(内閣総理大臣賞)を受賞した、2009年生まれのトランペット奏者が児玉隼人さんです。その後も多くのコンクールで第1位を総なめにし、直近では「テレビで見た」ことのある方も多いのではないでしょうか。
楽器を手にした時点で「トランペット奏者になりたい」と思ったという生粋のプレイヤーは、いまも日々多くのことを学び、吸収しながらさらなる高みを目指しています。世界に誇るトランペッターが誕生する瞬間を、まさに“いま”見届けている瞬間です。
楽器を始めたその日から、トランペット奏者になることが目標だった
―― 楽器を始めたきっかけを教えてください。
もともと両親が楽器をやっていたこともあり、幼いころから音楽に囲まれて育ちました。5歳のクリスマスにサンタさんからもらったのがコルネットで、初めてのマイ楽器でした。本当は「ドラえもんの四次元ポケット」が欲しかったんですけどね(笑)。
―― コルネットを始める前に、なにか音楽はやっていましたか?
とくに習いごととして音楽をやっていたわけではないのですが、父が所属していたオーケストラの演奏ビデオをよく見ていました。あとは「題名のない音楽会」などのテレビ番組も家でよく流れていたので、自然とクラシック音楽に親しむ機会は多かったと思います。
それから、もともとトランペットは家にあったので、物心つく前……たぶん1歳か2歳くらいのころから、バジングの真似をして「ブーっ」と音を出して遊んでいたそうです。
※バジング:金管楽器の練習方法のひとつで、マウスピースだけで唇を振動させて音を出す練習法
―― 楽器を始めてわずか半年で、世界的トランペット奏者のアンドレ・アンリに演奏を聴いてもらったそうですね。
地元・北海道の釧路で、フランス人トランペット奏者のアンドレ・アンリの演奏会が開かれたときに、父のつながりで、楽屋にて少しだけ演奏を聴いてもらえることになりました。このできごとが、さらに自分の演奏家としての目標につながりました。
―― そのときのアンリさんの演奏はいかがでしたか?
とにかく圧倒されました。初めて生でプロのトランペット奏者の演奏を聴いたのですが、「なんでこんなことができるの!?」って、驚きの連続だったことをいまでも覚えています。
―― 目指すべき音は、YouTubeのなかにいる名プレイヤーたちだったとか。
実は、リアルでレッスンを受けたのは小学3年生のときが初めで、3か月~半年に1回くらいのペースでした。なので6歳でコルネットを始めてから、自分にとって一番の見本は、YouTubeにアップされていた名プレイヤーたちの演奏でした。
演奏を何度も聴いて、真似する。見よう見まねで練習していました。なかでも印象に残っているのは、フランスのトランペット奏者・モーリス・アンドレの、野外でハイドンの協奏曲を演奏している映像ですね。彼のトランペットの演奏はまさに歌のような演奏で、あんな演奏ができる人はほかにいないと思います。
幼少期から世界トップレベルの音をずっと聴き続けてきたこともあり、それが自分の中のスタンダードになりました。「自分が吹いている楽器はこういう音が出せる」と思いこみながらずっと練習していたので、ある意味で勘違いからどんどん上手くなれたのかもしれません。
―― いつごろからプロとして活動することを現実的に意識し始めましたか?
楽器を手にする前は、みんなと同じように仮面ライダーやアイドルになりたいと思っていた時期ありましたが、楽器を始めた時点でプロになることは常に目標としてありました。保育園の卒園式などで、将来の夢を言ったりするじゃないですか? そのときにはすでに「トランペット奏者になりたい」と言っていたようです。
現在は「世界で活躍して、世界を飛び回るようなプレイヤー」になるために、さらなる練習を積んでいます。
―― 2023年に北海道から東京へ、そして2025年からはドイツに拠点を移されていますね。
この春の2025年4月から、ドイツ・カールスルーエ音楽大学のプレ・カレッジに入学しました。高校生のうちはプレ・カレッジということもあり、オーケストラ・アカデミーや大学の単位も取れないので、ソリストとしての活動もできる限りはやりたいと思い、定期的に日本に帰ってきています。
ドイツでは個人レッスンが中心で、ラインホルト・フリードリヒ先生に師事しています。今後は希望すればほかの先生のレッスンを受けられるようなので、とにかくいろいろなことを吸収したいと思っています。
―― ドイツでの生活は慣れましたか?
個人レッスンや練習漬けになるのかなと考えていたのですが、意外とそうではなく、まったく想像もしない生活になりました。
ドイツでは先生の自宅でお世話になっているので、先生とずっと一緒に行動させてもらっています。スイスでのセミナーに同行したり、スペインのマドリードへ行ったり、歴史的に重要な場所に連れて行ってもらったりと、楽器のレッスンだけでは学ぶことのできない経験させてもらい、とても充実しています。
―― 楽器以外での趣味はありますか?
ひとりでなにかをする時間があるときは、音楽や楽器のことが中心になり、練習したりコンサートを聴きにいったりが多くなります。
日本でもドイツでも、友だちと遊ぶときはサッカーをすることが多いです。ドイツ歴はまだ2か月なのでそんなに回数は多くないのですが、ドイツは日本以上にサッカーが好きな人が多いので、テレビでサッカー観戦もしています。ちなみに日本では横浜F・マリノスを応援しています!
―― 留学して、すごく印象的なできごとがあったとうかがいました。
つい最近のことなのですが、先生とスイスにうかがった際に、教会で演奏させていただきました。先生と僕とオルガニストの方、合わせて3人で演奏したのですが、びっくりするくらい自分の音が変わっていくのを経験したんです。演奏の最初と終わりではキャラクターや音色も別人のようでした。現地の空気を吸って、それが自分のなかで吸収されて、自然と音が変わっていくのが本当におもしろくて。自分で感動しながら、楽しんで演奏していました。
こんな経験をしたのは初めてで、とても印象的なできごとでした。
自分から出てくる音楽を、楽器にのせて表現する
―― 楽器はどのメーカーを使われていますか?
現在、演奏している楽器はすべてYAMAHAを使っています。B♭管、E♭管、そしてピッコロトランペットからフリューゲルホルン、コルネットもYAMAHAです。マウスピースは、アメリカのモンスターオイル社から出ているLube Masterを使っています。
※参考【使用楽器一覧】
B♭Tp. :YAMAHA/YTR-9335CHS
E♭Tp. :YAMAHA/YTR-9636
C Tp. :YAMAHA/YTR-9445CHS
Pc Tp. :YAMAHA/YTR-9825
MP :Monster Oil/Lube Master One,Three
―― ロータリートランペットはお持ちですか?
ロータリートランペットはYAMAHAではなくドイツで買ったものを持っているのですが、まだちゃんと使ったことはなくて。ただ、あまり自分に合わなくて、別のものにしようかなと考えています。今後ドイツでオーケストラを学ぶとなると、必ずロータリートランペットで演奏するので、友だちが持っている楽器を貸してもらい吹いてみて、自分にあったベストな楽器を探したいなと思っています。
―― 楽器を吹く上で大切にしていることがあれば教えてください。
楽器から音が出ているのではなく、“自分の身体から楽器を通して音を出している”という感覚を忘れないようにしています。楽器のコンディションを気にするのは悪いことではないのですが、楽器本体を気にしすぎて、楽器に自分が寄っていくのは良いことではないかなと思っています。自分から出てくる音楽を、そのまま楽器にのせて演奏するのが一番自然なことではないでしょうか。
そのために実践できることとして、これはトランペットに限らないのですが、やっぱり歌うことは重要かなと思います。口に出して、指揮をしながら歌う。それが一番効果的ですね。
―― 同世代の10代の中高生に向けてのアドバイスはありますか。
世界のトッププレイヤーたちでも、それぞれの吹き方や考えていることが全部一緒というわけではないので、僕の考えていることがすべて正解で必ずベストとか、絶対これが良いとは言えないのですが、僕は唇や身体のケアを大切にしています。
例えば、唇のコンディションがまだ準備できていない状態(振動していないような状態)で、いきなり高い音を何度も吹き続けると、その日は大丈夫でも、だんだん状態が悪くなって壊れていくことがあります。学校の吹奏楽部などで自分のペースだけで演奏するのは難しいですが、可能な限り自分のペースを維持することが重要だと思います。
自分にあったウォームアップを見つけて、毎日取り組んで、ゆっくり自分のペースを保ちながら練習して、バテたら吹かなくてもいいくらいの気持ちで、程よくサボることも重要だと考えています。
―― 児玉さんが行っているウォームアップがあればぜひ教えてください。
ペダルトーンとバジング、ベンディングなどをウォームアップに取り入れています。あとは、ロングトーンやリップスラー、スケールもやっていますが、ルーティンを持ちすぎて「それができないとベストなパフォーマンスが維持されない」状態になってしまうのも困るので、ルーティンは最小限にしています。でも最低限、ペダルトーンとベンディングは必ずやっています。
―― 音楽家としての将来の目標はありますか。
実は、ソリストよりはオーケストラプレイヤーになりたいと考えています。オーケストラの作品って本当にすばらしいものが多くて、そこに触れずに音楽人生を終えるのはもったいない。できるだけ20代の若いうちに海外のオーケストラに入るのが、いまの一番の目標です。もちろんオフシーズンなど日本に帰ってきて、ソリストとしての活動もできればと思います。
―― オーケストラの曲で好きな作品や作曲家がいれば教えてください。
演奏してみたいのはマーラーです。もちろん、ベートーヴェンやチャイコフスキーも全部演奏したいですね。最近好きな作曲家はドヴォルザークで、美しいメロディがいっぱいあってお気に入りです。あとはリヒャルト・シュトラウスも……といった具合に、オーケストラに入ったら演奏したい作曲家は山のようにいます。
7月からツアーがいよいよスタート
―― このツアーのコンセプトを教えてください。
いつもツアーやコンサートではコンセプトを決めて準備するのですが、今回は具体的なコンセプトは決めていません。
演奏する楽曲は、みなさんが知っている《ラプソディー・イン・ブルー》や《カルメン・ファンタジー》のような有名作品から、トランペットのレパートリーとして重要な曲、そしてトランペットのために書かれた曲でも、トランペット奏者にさえあまり知られていない曲などさまざまです。そんな曲たちをならべたら、本当に“お腹いっぱい”のプログラムになりました。
お客さまもトランペットを吹かれる方だけではないですし、どんな方でも聴きやすいプログラムになっていると思います。初めて演奏する楽曲も多いので、自分もとても楽しみです。
―― 共演者の山中惇史さんとは初共演ですか?
はい、山中さんとは初共演となります。作曲家としても活躍されているので、曲についての理解や解釈も深く、ちょっと緊張しています(笑)。
明るくお話もしやすい方で、共演を楽しみにしています。山中さんはフランスにお住まいなので、一度パリで合わせをしたあと、再度日本でまた何度か合わせて、神奈川県相模原での初日公演を迎える予定です。
―― たくさんのお話をありがとうございました。最後に、児玉さんにとってのトランペットや“好き”ポイントを教えてください。
僕が吹いているトランペットは、みなさんにとって華やかな力強い印象の楽器だと思います。とくにCMなどで流れてくるトランペットの音色は、このイメージが強いのかなと。オーケストラや吹奏楽のなかでも、みんなを引っ張っていくようなメロディーを吹くことも多いように感じます。でもトランペットは、その正反対のとても柔らかい音も出せて、繊細な一面も持ち合わせている楽器です。多くの作曲家が美しいメロディーをトランペットのために書いています。そうやって、ひとつの楽器の中でもいろいろな一面を見つけて楽しんでいただきたいです。
僕も最初はオーケストラ全体を聴くというよりは、オーケストラのなかのトランペットの音を聴くことが多かったのですが、そこでトランペットのオーケストラでの役割などを知ることができて、その新たな発見がとても楽しかったです。そうやって“自分の好き”を発見して増やしていくことで、みなさんもクラシックやオーケストラの沼にはまってほしいと思っています。そして“好き”が増えていくと、さらに興味が湧いていくし、また新しい発見があって、違った見え方も出てくると思う。そうやってクラシックや楽器を好きになってほしいですね。
<文・取材 鈴木智之>
今後の公演情報

公演名 | 児玉隼人 トランペットリサイタルツアー2025 |
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日時・会場 |
●7月22日(火) 18:30開演(開場) 相模女子大学グリーンホール ●7月26日(土) 13:30開演(開場) 電力ホール ●7月30日(水) 19:00開演(開場) さんびる文化センター プラバホール ●8月1日(金) 18:45開演(開場) 電気文化会館 ●8月8日(金) 18:30開演(開場) 札幌コンサートホールKitara 小ホール ●8月10日(日) 14:00開演(開場) 住友生命いずみホール ●8月17日(日) 14:00開演(開場) 浜離宮朝日ホール |
出演 |
[トランペット]児玉隼人 [ピアノ]山中惇史 |
プログラム |
ガーシュウィン(ドクシツェル編曲):ラプソディー・イン・ブルー ワックスマン:カルメン・ファンタジー R.シュトラウス:トランペット・ソナタ シャルリエ:ソロ・ド・コンクール第2番 シャルリエ:36の超絶技巧練習曲第2番 シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70 ほか |
詳細 | 詳細はこちらから |
お問い合わせ |
イープラス E-mail:kodamahayato-info@eplus.co.jp |
児玉隼人(Hayato Kodama)
2009年、北海道釧路市生まれ。5歳からコルネットを吹き始め、9歳から本格的にトランペットを始める。
2024年、第39回日本管打楽器コンクールトランペット部門において、全部門での史上最年少で第1位、および文部科学大臣賞、東京都知事賞を受賞。併せて特別大賞(内閣総理大臣賞)を受賞。2025年、第6回ウィーン国際音楽コンクールにて金賞を受賞。その他にも、日本ジュニア管打楽器コンクール、日本クラシック音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなど、数々のコンクールで優勝している。
これまでに、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、山形交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団、広島交響楽団、東京佼成ウインドオーケストラなどと共演。「クラシック音楽館」「クラシックTV」「題名のない音楽会」「EIGHT-JAM」「芸能人格付けチェック」「日曜日の初耳学」「スッキリ」など、多くのテレビ番組に出演している。
これまでにトランペットを松田次史、辻本憲一の両氏に師事。そのほかにも、イエルーン・ベルワルツ、セルゲイ・ナカリャコフ、ガヴォール・タルケヴィー、クリストファー・マーティンの各氏など、著名な奏者のレッスンやマスタークラスを多数受講。2024, 2025年度ヤマハ音楽支援制度奨学生。第7回服部真二音楽賞《Rising Star》を受賞。2025年2月に1stアルバム「Reverberate」をリリースし、今夏には自身初となる全国ツアー7公演を予定している。
現在、カールスルーエ音楽大学のプレカレッジにて、ラインホルト・フリードリヒ氏に師事。
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