<3月2日 神奈川県民ホール ほか> ウクライナ南部に位置する都市オデーサは、その風光明媚さから「黒海の真珠」と評されている。1925年制作のセルゲイ・エイゼンシュテイン監督の映画『戦艦ポチョムキン』の有名なシーンで知られる「プリモルスキーの階段」をはじめ、歴史ある建築物が多く、2023年には「オデーサ歴史地区」として世界遺産と危機遺産に登録された。ウクライナ国立オデーサ歌劇場(オデーサ・オペラ・バレエ劇場)も、「オデーサ歴史地区」のランドマークである。
古くから交易都市として栄えており、とりわけイタリアとの交流が活発で、19世紀からイタリア・オペラが盛んに上演されてきた。1910年にオープンしたオデーサ歌劇場はウクライナでもっとも古いオペラハウスであり、ロッシーニの《セビリアの理髪師》やドニゼッティの《ランメルモールのルチア》《愛の妙薬》などのウクライナ初演が行われた場所として知られている。世界各地の歌劇場でタクトを執り、また清水寺や二条城、姫路城など日本各地での野外オペラ公演を成功に導いてきた指揮者の吉田裕史が、2021年よりオデーサ歌劇場の首席客演指揮者を務めている。
2023年9月にオデーサ入りした吉田は、戦時下のウクライナで演奏活動を続ける音楽家たちの姿、ロシアの侵略を受けるウクライナの人々がオペラ公演に涙を流して感動する姿を目の当たりにし、ウクライナの音楽を日本に伝えたいとの思いを強くした。
「オデーサの音色を日本へ」「魂の音楽よ、日本に届け」という願いを込めて、日本公演実現のために吉田がクラウドファンディングサイト「READYFOR」で二度にわたり実施したクラウドファンディングにおいて、総額1,500万円という目標額を大幅に上回る2,118万円の寄付が集まり、この度オデーサ歌劇場オーケストラの日本公演が実現の運びとなった。
本公演のプログラムに吉田が選んだ作品は、ミコラ・リセンコの代表作であるオペラ《タラス・ブリバ》より〈序曲〉、ヘオルヒー・マイボロダの《フツル狂詩曲》、レフコ・コロドゥブの《ウクライナ舞曲集》という、ウクライナの作曲家たちの傑作と、アントニン・ドヴォルザークの《スラヴ舞曲集》、そして交響曲第9番《新世界より》だ。特にリセンコ、マイボロダ、コロドゥブの作品は、日本において実演に接する機会が極めて少なく、クラシック音楽ファン必聴だろう。
神奈川、神戸、そして北見。本公演の開催地の中でもとりわけ目を引く北見は、吉田の生まれ故郷である。彼はいわゆる「里帰り出産」で、現在の北見市常呂町で生まれた。幼少のころから常呂で夏休み、冬休みの時期を過ごし、北海道の自然と人々の逞しさに触れて育った彼の、「北見のみなさんに文化や音楽の魅力を伝えたい」という強い願いが叶って、北見での公演が実現する運びとなった。
本公演に足をお運びになる方には、ぜひ知っておいていただきたいことがある。それは、侵略戦争がオデーサ歌劇場オーケストラにも影を落としているということである。コンサートの紹介記事には似つかわしくない、ネガティヴにも映る内容であるが、あえて言及させていただく。空襲警報が鳴るたびにシェルターへ避難しリハーサルが中止になる日々を、彼らは過ごしている。北見公演の実行委員会からは、映画『ひまわり』テーマ曲の演奏がリクエストされたが、リハーサルの実施に多くの困難を抱える状況下で、日本へ準備不足のまま行くことはできない、という芸術上の信念のもとに、リクエスト曲の演奏を断念せざるを得なかった……というできごともあったと伝えられている。
多くの人の願いと思いを受けて、まとわりつく影を振り払い、困難を乗り越えて戦火の向こう側から日本へやってくるウクライナ国立オデーサ歌劇場オーケストラ。そして、多くの日本人が初めて聴くことになる、ウクライナの作曲家たちの作品。
ロシアによる侵略の開始からまもなく3年。日本のクラシック音楽ファンがいまこそ聴くべき公演である。
<文・加藤新平>
公演名 | ウクライナ国立オデーサ歌劇場オーケストラ日本公演 |
---|---|
日時・会場 |
●3月2日(日) 14:00開演(13:00開場) 神奈川県民ホール ●3月7日(金) 19:00開演(18:15開場) 神戸朝日ホール ●3月9日(日) 14:00開演(13:00開場) 北見芸術文化ホール |
出演 |
[指揮]吉田裕史 [管弦楽]オデーサ歌劇場オーケストラ |
プログラム |
ミコラ・リセンコ:歌劇《タラス・ブリバ》より〈序曲〉
ヘオルヒー・マイボロダ:フツル狂詩曲
アントニン・ドヴォルザーク:《スラヴ舞曲》より第1番 Op.46、第2番 Op.72、第7番 Op.46、第8番 Op.46、交響曲第9番 ホ短調 Op.95 《新世界より》 レフコ・コロドゥブ:ウクライナ舞曲集 |
チケット | 全席指定:パトロネージュ席50,000円 S席12,000円 A席8,000円 B席5,000円 C席3,000円 (学生席) |
お問い合わせ | ウクライナ国立オデーサ歌劇場オーケストラ日本公演実行委員 E-mail:rising.sun.opera.foundation@gmail.com |