数々の国際コンクールで優勝し、昨年は第16回グリーグ国際ピアノコンクールで優勝および聴衆賞を受賞、世界の音楽界の注目を集めている髙木竜馬さん。NHK Eテレ『ららら♪クラシック』では、人気TVアニメ『ピアノの森』との特別コラボレーション『ららら meetsピアノの森』(2019年3月8日放送)に、メインキャラクターの演奏を担当した反田恭平さん、牛牛さんとともに出演。収録の裏話や日頃の過ごし方を語り、劇中で演奏したショパンの『マズルカ 嬰へ短調 作品59 第3』を披露してくれました。
1日に4時間以上、ピアノの練習をしてはいけない
「番組をいつも拝見していたので、画面で見たことのある場所にいることにすごく気分が高揚したし、高橋克典さんのオーラに圧倒されました」
『ららら♪クラシック』出演時の感想を、そう振り返る高木竜馬さんは、12歳のとき、日本人で初めて第6回ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクール・ジュニア部門で優勝を飾るなど、幼い頃から若手天才ピアニストと謳われてきた。親しみやすい優しい笑顔が印象的だ。そんな高木さんの心の中には、エレーナ・アシュケナージ女史の「人生を豊かにすることが、音楽の支えになる」、ミヒャエル・クリスト教授の「誠の精神で音楽に向き合うこと」、ポリス・ペトルシャンスキー教授の「きみがもし、うまくなりたいと思ったら、人間性を深めなさい。きみの人間性が必ず写し鏡になって音楽に表れるから」という恩師の教えが息づいている。
髙木さんがピアノを始めたのはわずか2歳のとき。ピアニストの母、音楽愛好家だった父の影響で、「音楽に触れることがごくごく自然な環境だった」と振り返る。そんな髙木さんがエレーナ先生と出会ったのは7歳の頃。驚くことに、エレーナ先生には「1日4時間以上練習してはいけないと言われた」と言う。「ピアノだけでなく、外で遊んだり、本を読んだり、学校の勉強をしたり、いろいろなことに興味を持って、人生を豊かにするようずっと言われていました。僕はサッカーも好きで、ゴールキーパーをやっていたのですが、先生は突き指したり、骨折したりしていた僕に対してやめなさいとは一度も言わず、むしろ、ピアニストには運動神経や体力も必要だからと、スポーツすることを積極的に勧められました」
ピアニストになると決意しながら、音楽高校ではなく、普通高校に進学したのも、エレーナ先生のそんな教えがあったからだった。
「まったく自分とは別の分野で高みを目指してがんばっている人たちと一緒に勉強することは、エレーナ先生がおっしゃった人生の豊かさを育むにあたって大切なことなのではないかと考えました」
人間性が写し鏡となって音楽に現れる
高校卒業後、ウィーン国立音楽大学に留学。初めて日本を離れた髙木さんを家族のように温かく迎えてくれたのが、ミヒャエル・クリスト教授だった。「教授は作曲家と楽譜に対して、実直に、謙虚に、誠の精神で向かうことの大切さを教えてくださいました。“音楽に従事しなさい”――教授が幾度となくおっしゃられたこの言葉を常に胸に抱き続けています」
もう一人、内面を充実させることを髙木さんに説いたポリス・ペトルシャンスキー教授と出会ったのは、22歳のとき。1位を獲得した第19回浜松国際ピアノアカデミーコンクールでのことだった。髙木さんはロシアの伝説的ピアノ教師、ゲインリッヒ・ネイガウスの流れを汲む先生に師事したいと中学生の頃から熱望していたが、教授はそのネイガウス最後の高弟だった。「アカデミーコンクールで会ったとき、人間性が写し鏡となって音楽に表れると言われたひと言が決定打となって、ぜったいこの先生につきたいと思いました」その言葉どおり、現在、髙木さんは、ウィーン国立音楽大学に通うかたわら、イタリアの名門・イモラ国際ピアノアカデミー本科で、ペトルシャンスキー教授からも指導を受けている。
そんな髙木さんだからこそ、ピアニストとして何より大切にしているのは“心”。髙木さんの話を聞いていると、それがクラシック音楽の真髄かもしれないと思えてくる。
「クラシック音楽は、さまざまな要素が複層的に連なっているので、魅力をひと言で言うのはとても難しいんですが、精神の深い部分と結びついているのが大きいのではないかと思います。例えばポップスのコンサートに行ったときって、すごくボルテージが上がりますよね。血沸き肉躍るような。でも、クラシックの場合は、日々の悩みやストレスがスーッと浄化するような気分が味わえる。それができる曲を作曲家たちは書いてくれているんです。
とはいっても、作曲家は神ではありません。ベートーベンやバッハのように限りなく神に近い存在の方もいるけれど、誰しもに人間くさいエピソードがたくさんあって、そういう人間がもがいてもがいて書いたものだからこそ、演奏する価値があるし、人々が感動し、脈々と受け継がれてきた。その音楽を演奏家としてどう伝えるかというと、やはり大切なのは心を磨くことだと思うんです。楽譜には数学的な理解や物理的な理解が必要な部分があって、演奏するには頭で解き明かさなければいけないことがたくさんありますが、それを咀嚼した上で最終的には心で伝えなければ、聞く人の心には届きませんからね」
外国に暮らし、世界各国で演奏活動をしている今、髙木さんはクラシック音楽を「それぞれの民族の叫び」とも称する。
「母国のポーランドを愛していたショパンがロシアに対する怒りをこめて『革命のエチュード』を書いたように、いろいろな作曲家が自分のルーツや民族をひじょうに大切にしている。演奏家たちは皆、何千年単位の“民族の血”を背負って演奏をしています。そう言うと、じゃあ、日本人は雅楽をやるべきで、西洋の音楽はできないではないかとと言う人もいるかもしれません。でも、僕は日本民族が受け継いできた強みというのは、良いものがあったら、それを磨いて、さらにより良いものに昇華させることだと思っていて、音楽でそれができたらと考えているんです。今、ウィーンに住んで、ウィーンの先生はもちろん、ウィーンとドイツのハーフの先生、ロシアの先生、ポーランドの先生からも教えを受けていますが、各々の先生方が受け継いできた伝統や歴史の素晴らしい部分を融合して、花咲かせられたらと思いながら勉強しています」
頭を空っぽにして音楽に身をゆだねてください
今後、「例えば生誕150周年など、アニバーサリーイヤーとなる作曲家をフューチャーして、有名な曲はもちろん、知られざる曲も紹介する演奏会を作れたら」と目を輝かす髙木さん。最後にクラシックコンサートを楽しむ秘訣を聞いた。
「携帯の電源を切って、外とのつながりを断った状態で、深い世界に埋没し、自分と向き合える。そんなふうに日常にない特別な時間が味わえる演奏会の雰囲気が、僕は子供の頃から大好きでした。ですから、皆様にも、頭を空っぽにして、ただ、音楽に身をゆだねていただけたらと思います。できれば、コンサートで演奏される曲を1回でもいいから、事前に聴いておくといいですね。気持ちの入り方が違って、より楽しめると思います。あとは、舞台に立つためにいろいろな努力をしてきて、一生懸命演奏する奏者の生きざまを楽しんでいただければ。一生懸命弾くのは演奏家ですので、お客様は一生懸命聴くのではなく、ただただ、その時間を楽しんでいただきたいですね」
(取材・文/河上いつ子)
■高木 竜馬 RYOMA TAKAGI (Piano)
1992年千葉県生まれ。2歳よりピアノを始め、7歳より故エレーナ・アシュケナージ女史に師事。16歳より故中村紘子、ミヒャエル・クリスト各氏に、22歳よりボリス・ペトルシャンスキー氏に師事する。渋谷幕張高校在学中に、ウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科に合格。現在、同大大学院課程に在籍し、ミヒャエル・クリスト氏よりドイツ奏法を学ぶ。室内楽をマインハルト・プリンツ氏に師事。高名なピアニストであるパウル・バドゥラ=スコダ氏の自宅レッスンにも通い、ウィーン奏法の神髄に触れる。現在、かのゲインリッヒ・ネイガウス最後の高弟として、世界的に著名な名伯楽ボリス・ペトルシャンスキー氏の招聘を受け、イタリアの名門、イモラ国際ピアノアカデミー・ポストグラディエイト課程に併修。ロシア奏法の本流ネイガウス楽派の研鑽に励む。
第1回日本チャイコフスキーコンクール、第2回ネイガウスフェスティバル、第15回国際ピアノコンペティション “ローマ2004”、第6回ホロヴィッツ国際ピアノコンクール、第19回浜松国際ピアノアカデミーコンクール、第38回エレーナ・ロンブロ=シュテパノフコンクール、第26回ローマ国際ピアノコンクール、Dr.ヨーゼフ・ディヒラーコンクールで各々優勝。昨年9月には、第16回エドヴァルド・グリーグ国際ピアノコンクールにて、優勝及び聴衆賞を受賞する。日本とウィーンを拠点に世界各地で演奏活動を続けている。
NHK総合アニメ『ピアノの森』雨宮修平のピアノ演奏を担当。TV『らららクラシック』『題名のない音楽会21』を始め、TV、ラジオ、雑誌、等のメディアにも多数出演する。(公財)江副記念財団第35回奨学生。