ギネス記録には「世界で一番演奏するのが難しい金管楽器」として登録されているというホルン。長い管が巻かれ、音程をコントロールするのは至難の技。しかし、ひとたび福川が息を吹き込むとそんな事実をつい忘れてしまう。それどころか表現、音色、音楽性、どこをとっても洗練された彼の音楽は、聴き手を幸せにし、笑顔にする。
この「ワクワク感」はどこからやってくるのだろう?彼にそう問いかけてみると、返ってきたのは特別に用意された回答ではなかった。なぜなら彼は、息をするように自然に音楽について考え、作曲家たちとの対話を楽しんでいるから。そんな、アイディアと好奇心の塊のような福川が語った答えとはーー?
CD『孤高のホルン』にみる遊び心〜サントラ好き少年がホルンに魅了されるまで
――オーケストラ、室内楽、ソロ・・・様々な編成で大活躍の福川さんですが、昨年10月に発売されたCDアルバム 『孤高のホルン』について。これは多重録音という形で福川さんがおひとりで何パートも演奏していらっしゃる非常にユニークなアルバムですね。とても1人の人が演奏しているとは思えないほど音色の引き出しが多いことに心底驚きました。どんな風にしてできたアルバムだったのでしょうか?
コロナ禍で家から出られない時に、たまたま自分の練習室で録音する仕事があり、マイクと編集ソフトを買いました。その延長でソフトをいじって遊んでいるうちに、「あれ、これ多重録音できるんじゃない?」と気付付いたのです。それが4月の終わり頃でしたね。それで、もともと僕、映画音楽が大好きで、「スター・ウォーズのテーマ」を録音して、「スター・ウォーズの日」*の5月4日にSNSにアップしたんです。
MAY the 4TH be with you!
遊びで作ったら楽しかった笑
8人の福川伸陽でどうぞ! pic.twitter.com/hIRVYk5giw— 福川伸陽Nobuaki Fukukawa (@Rhapsodyinhorn) May 4, 2020
*毎年5月4日は「スター・ウォーズの日」として世界中のファンがスター・ウォーズの文化を祝い、映画を楽しむ日。由来は、劇中の名台詞 “May the Force be with you.”(フォースと共にあらんことを。)のMay the Force とMay the 4th (5月4日)をかけた語呂合わせからきているそう。
そしたらすごく反響が大きくて。そこでレコード会社のディレクターの方に音源を送ったところ、めちゃくちゃ面白いから、ぜひCDにしようといってもらえました。
コロナ禍だと人が集まれないじゃないですか。でも、1人でスタジオで録音する分には誰も困らないだろうという逆転の発想から生まれました。録音は相当大変でしたけどね(笑)。でも、すごく楽しかったなぁ。
――CDにも『スター・ウォーズ』はじめ『ジュラシック・パーク』や『タイタニック』など、そのテーマ音楽を一度は耳にしたことがある名作ばかり。
映画音楽は僕にとってこの世界に入るきっかけの1つでもあります。小さい頃は映画のサントラが好きで、『インディ・ジョーンズ』や『スーパーマン』など、ジョン・ウィリアムズのオーケストラの音がめちゃくちゃかっこいいなと思っていたのです。映画を観てないときはサントラを聴いているくらい好きでしたね。
――そうしてサントラに憧れる少年だった福川さんはなんでも、最初はトランペットがやりたかったのだとか?
そうそう。映画音楽ってトランペットがカッコイイじゃないですか。だからトランペットがやりたいと思って吹奏楽部に入ったら、ジャンケンで負けてホルンになってしまいました。最初は全く魅力的な楽器だとは思えなくて(笑)。少ししょんぼりしていた矢先に、父がバリー・タックウェルという人のCDを買ってきてくれました。彼の音がものすごく綺麗で。当然なんですよ、中高一貫の学校に通っていて先輩の中には高校生もいたのですが、その高校生の先輩よりもプロの奏者が上手いのは当然なんですけれども、どの曲も本当に美しかったです。
――何の曲か覚えていらっしゃいますか?
モーツァルトの《ホルン協奏曲》です。初めて聞いたのはね・・・ここにあるんじゃないかな。(インタビューは福川さんの練習部屋とzoomを繋いで行いました。お部屋の中を探し出す福川さん・・・)
学校が御茶ノ水にあったので、すぐ近くの楽器屋さんに行って「モーツァルトのホルン協奏曲ください」と楽譜を買いました。モーツァルトの《ホルン協奏曲》は全部で4曲あるんですけど、それが1冊になっている楽譜でした。部活でも練習していたら、「お前なんかがそんなのやってないで、このコンクールの曲を練習しろよ」って怒られながらもこっそり続けてました(笑)。 先ほどの映画音楽もそうなのですが、モーツァルトの《ホルン協奏曲》との出会いも僕にとっては大きいですね。(「・・・これこれ、ありました!」左写真)
ホルン協奏曲の録音~モーツァルトと戯れる
――8月には新しいCDがリリースされるそうですね。曲は奇しくもモーツァルトの《ホルン協奏曲》。
そう、やはりモーツァルトの《ホルン協奏曲》って、僕にとって今でも特別な存在なんです。実はこれも新型コロナウイルスの影響なのですが、今年(2021年)の2月に懇意にしているプロモーターの方から急に「海外の演奏家が来日できなくなって、サントリーホールが空いちゃった」と連絡をもらいました。「福川くん何かやらない?」って。それで場所を貸してもらえることになったんです。そこで『孤高のホルン』でもお世話になったキングレコードのプロデューサーさんに連絡したら、「モーツァルトのホルン協奏曲を全部(4曲)やろう!」となりました。
こんな風にして、モーツァルトの《ホルン協奏曲》を全曲演奏するプロジェクトが始まりました。準備は1ヶ月弱ほどでした。
――たった1ヶ月足らずで4曲の協奏曲を全曲の準備をするというのは、さぞ大変なことだったのでは?
そうですね。まず、楽譜の手配から苦労しましたよ。オーケストラの楽譜って、海外から取り寄せないといけないんです。またこのコロナ禍だから、ドイツ本国からではなくインド経由で取り寄せると早いらしい、という謎のルートを駆使して取り寄せました(笑)。
あと、自分の準備時間を捻出するのにも苦労しましたね。もちろん、これまで何度もやってきて、ほとんど暗譜もしている作品ではあるのですが、やはりレコーディングとなると、1からしっかり楽曲分析をしないといけない。他の仕事も普通にやりながらだったので、例えば、本番が終わって、夜家に帰ってきてからピアノを弾いていました。「うわ〜いい音楽だなぁ」と思って弾いているといつの間にか0時を越えていて、だんだん不協和音を鳴らしちゃったり。あれ、モーツァルトってこんな曲だったっけ?って思いながら(笑)
――降って湧いたような始まりだったんですね。レコーディングはいかがでしたか?
サントリーホールという素晴らしい場所で何回も何回もオーケストラやソリストで演奏させていただいてきましたが、モーツァルトの《ホルン協奏曲》を1日中演奏することができたことは、本当に幸せな時間でしたね。音がふわ〜っと空間に溶けていって、仲間の出す音からインスピレーションをもらい音楽がどんどん深まっていく。いつの間にかモーツァルトと戯れているような気分になっていって・・あれは忘れられない体験です。
――「モーツァルトと戯れるよう」とは、素敵な表現ですね。そしてまた、これだけホルンのために協奏曲を書き残した人も、過去の作曲家だとモーツァルトくらいでしょうか。
そうですね。モーツァルトには親友のホルン奏者がいて(ロイドゲープ)、協奏曲は全てその親友に向けて書かれた曲なんです。僕の勝手なロマン的解釈(きっとこうだったんじゃないかなという推測)なんですけど、モーツァルトが自分で演奏会するとするじゃないですか。そうすると彼はピアノ協奏曲を弾いたりするのと同じように、親友のホルン奏者を呼んで弾き振りをしたりして、オーケストラと一緒に遊んでたんじゃないかなと思うんです。
――やってそうですね!
ですよね(笑)?だって、面白いのは、《ホルン協奏曲 第1番》の第2楽章にモーツァルトが楽譜にイタリア語で「(音を)外すな外すな、ちゃんと吹いて!」と書いてあるんですよ。挙げ句の果てにはヴァイオリンやチェロとか、他の楽器の速度表示が「アレグロ(快活に)」なのにホルンのソロだけ「アダージョ(歩くような速さで)」って書いてあったりして。いたずら感満載でしょう?
それで今回、モーツァルト役として(笑)、指揮とチェンバロを親友の鈴木優人くんにお願いしました。僕から彼には、「自分がモーツァルトだと思って自由に演奏して」とオーダーしました。また、カデンツァ*も彼に作曲を依頼したのですが、「僕が吹いているところに茶化しに来るように途中から入ってくるように書いて」と言ったんです。きっとモーツァルトとその親友だったら、そんなこともあったんじゃないかと思ったのです。鈴木くんもそれを快く引き受けてくれて、見事に演奏してくれました。彼は本当に大切な友人です。
*協奏曲の楽曲終結部前にソリストだけで演奏するパート。技巧的で即興的なフレーズが多い。作曲家が書き残したものや、奏者や別の作曲家が書き下ろして演奏する場合もある。
――今回は他にもカデンツァの作曲を依頼されたそうで、これがなんとも豪華!藤倉大さん、挾間美帆さんもいらっしゃるのだとか。
そうなんです。僕の親しい作曲家たちとモーツァルト一緒に遊ぶというような感覚でしたね。
ホルン吹きと作曲家の関係〜委嘱作が海を越えた!
――カデンツァのお話もそうですが、福川さんといえば、これまでも「ホルンのレパートリー拡大」を目指して様々な現代作曲家に作品を委嘱されてきました。
先ほどの3人(鈴木優人さん、藤倉大さん、挾間美帆さん)はみんなそうなんですが、藤倉大さんもいい関係が続いている作曲家の1人ですね。2012年くらいから続いています。面白い曲を書く人だなぁと思って、最初はSNSで僕からコンタクトを取りました。
Skype越しにやり取りをするようになって、「ホルンって何ができるの?」と聞かれ、いろいろなデモンストレーションを行ううちに、僕がたまたま持っていたミュート*を見て大さんが「何それ、どんな音がするの?」と、えらく気に入ってしまって。普通、ミュートを付けて吹くのって1曲のうち30秒とか40秒ぐらいなんですよ。でも10分ずっとミュートつけっぱなしの《ぽよぽよ》という曲を書いてくれたんです(笑)。
*ミュートとは、主に金管楽器の音が出る部分にとりつけ、楽器内の空気の流れ(音圧)を調整し、楽器の音色や音量を変えるツールのこと。
――タイトル通り、「ぽよぽよ」とした音が印象的な作品です。
現代曲特有の楽譜で、すごく情報量が多いです。楽曲を提供してもらう締め切りは本番の2ヶ月前に設定していたのですが、彼は本番の1年前くらいに送ってきたんです。でもその時は(難し過ぎて)すぐに開いた楽譜を閉じましたね(笑)。それで1ヶ月くらい寝かしたら熟成して曲が簡単になっていたり、自分が上手くなっていたりしないかなっていう音楽家心理が働きましてね。でも、結局1ヶ月経っても変わらなかったから、頑張って練習しました。それに、1年前に渡されているから、これができませんでしたとか言えないじゃないですか。
――2013年発売のCDアルバム『ラプソディ・イン・ホルン 弐』にも収録されています。
そうですね。実はね、《ぽよぽよ》はもう世界中で結構愛されているんです。海外のホルン奏者から連絡が来ることもあって「今やってるよ、ここ難しいんだけどどうやってるの?」とか、「論文を書いたんだけど」とか。論文は大さんと2人で読みました。他にも、アメリカだったら大学院の卒業演奏で2時間リサイタルするんですけど、そこで演奏される曲が全て僕が委嘱した作品で構成されることもあるんです。こうやって委嘱した作品が世界中で演奏されるのは嬉しいですね。
でもこの間、大さんに言われたんですよ。「最近《ぽよぽよ》やんないじゃん!」って。というのもね、ミュートが大きいんですよ、それで僕が「だってミュート大きいから持ち運ぶの大変なんだよ」と答えると「じゃあ、あのミュート使って吹ける曲を2時間分書くよ」と言われて僕、「うーん、それはいいかなぁ」って濁しちゃいました(笑)。
――お2人の間柄だからこそ、できるやり取りだと思います。こんな風に何気ない会話から音楽のヒントが生まれていくこともあるのですね。
この間も話してたんですけどね、彼がただ知っている知識だけで書くのではなくて、僕が得意なテクニックを使って音楽を書くと、あくまで藤倉大作曲なのですが、僕と大さんが生んだ曲のようになるね、と。僕がいたからできた作品という意味合いも強くなります。
――こうやって委嘱する側される側関係なく対等に会話をしたり、また、ディスカッションをしながら作るという、委嘱作品ができるプロセスも面白いと思いました。
例えば、すごく難しいテクニックで、「この3秒だけだったら出来るよ」というのがあるとするじゃないですか。そうすると大さんは「3秒できるんだったら4秒いけるんじゃないの?」と言ってきて、めちゃくちゃ頑張って4秒できたとします。こんどは「じゃあ、10秒も頑張っていけるんじゃないの?」みたいな話になって・・・人間、曲に育てられるもので、練習したら最初3秒しかできなかったテクニックを10秒できるようになるんですよ。 結局、そのテクニックを5分間ぐらい使った曲を作ってくれて本番に臨んだこともあります。初演後に僕が大さんに「もうほんと無理」っていうと、「でも、できたからいいじゃん」って。こんな軽い答えが返ってきました(笑)。
――そういった技術的に難しい、いわゆる ”難曲” も多いと思うのですが、それでも「レパートリー拡大」に取り組まれるのはどうしてですか?
現代音楽って、できた当初は演奏されてもその後広まらないということが課題だったりするのですが、ベートーヴェンの時代で考えてみても、彼は当時の現代音楽作曲家ですよね。それが時代とともに素晴らしいと思う人が増えてきて今でも演奏されているように、僕が委嘱した作品が100年後とかに、その時生きている人が「100年前の曲って結構いいね」と言っていたら嬉しいです。
ホルン吹きと作曲家の関係~ベートーヴェンも人なんだ
――今まさに音楽界を牽引していらっしゃる福川さんと藤倉さんですが、そんなお2人の100年後を見据えた活動の一端が垣間見られた気がします。
他にも大さんとは本当にいろいろな話をします。作曲家の視点から教えてもらうことが多いんです。
以前、僕がブルックナーという作曲家が苦手だと言う話を彼にしたことがあります。そうしたら大さんが「ブルックナーはね、第1主題と第2主題をいかにつなげるか作曲家の腕の見せ所なんだけど、彼は自分の力のなさを分かっているからゲネラルパウゼする(全ての楽器が休止=繋げようとしない)んだよ。そういう自分が苦手なことを赤裸々に出してくる、可愛いやつなんじゃないか、って僕は思ってるんだよ」と言われた時、僕は「そうなの!?」と驚きました。確かに、そういう見方をすると、今まで見えてこなかった部分が見えるようになって苦手意識が和らいだこともありました。
――藤倉さんとの対話を通じて新しい気づきが得られるのですね。
そうなんです。こんな風に世界で活躍する作曲家の友達との会話することで、作曲家もひとりの人間なんだな、と思うようになりました。モーツァルトとかベートーヴェンって、いわゆるもう神様みたいな扱いをされますよね。そうは言っても彼らも同じ人間だから、そういう扱われ方はそこまで望んでいなかったんじゃないかな、とも思うわけです。でも、ベートーヴェンと友達には・・なれないような気もしますけどね(笑)。ただ、あまり崇め過ぎずにベートーヴェンもひとりの人間だと思うことによって、心なしか距離が近づいたような気がします。
コンサートの醍醐味〜音楽で対話する演奏家たち
――そんな福川さんがこれまで数々の舞台に立ち続けられてきて思う、コンサートの魅力って何でしょうか?
親しい仲間と演奏する時は特にそうなんですけれども、本番前に入念にリハーサルをします。例えば、ここのフレーズはどのようなニュアンスで吹こうか、伴奏とメロディのバランスはどのようにしようかなど、非常に細かく行います。しかし、本番ってそれをぶち壊す場だと思っているんです。
――せっかく周到にリハーサルをしたのに?!…その心とは?
リハーサルでやったことを本番で裏切った時の他の人たちの反応の仕方こそが、めちゃくちゃ見ものなんです。だから僕はいつも、リハーサルの時にその裏切った時を想像して楽しんだりしているんですけれどね(笑)。例えば、ある古典派の曲で練習で入れなかった装飾を急に本番で入れてみたり。少しジャズのような感じですね。相手がどういう風に反応するか試すのです。本番っていい奏者であればあるほど、集中力がものすごく高いんです。集中って、「一極集中」の「集中」ではなく、自分の周りに世界が開かれているようで、より広い範囲まで神経が研ぎ澄まされているようなイメージです。五重奏だったとしたら、全員の頭の上辺りに共通の音楽的宇宙を共有している、そこに向かって耳や脳を開いているような感覚があります。
そこが澄み切った水色だったとしたら、急にオレンジを投げ込んでみたり(笑)。その時々の反応の仕方が楽しいんです。「オレンジがきた、どうするどうする、みたいな」。色が濁った時に、みんなで次に向かう方向を瞬時に判断していきます。その行く方向によって爆発的なエネルギーが生まれていきます。あえて投げ込まない時だってありますよ。「練習であれだけ投げ込んでたじゃん!」って顔されたりね。これはライブならではの楽しさだと思います。これって、CDでは決して味わえない。というのも、この刹那をCDだとズレとして捉えられやすいのですが、ライブだとその後の音楽に影響していくので楽しめるんですよ。
――すごく高度なことが行われていますね。音楽家の人が楽しそうに演奏していらっしゃると聴いている側もどんどんそれに引き込まれていくというか。演奏していなくてもそこに参加している気分になれると思います。音楽による対話、みたいなことでしょうか。
そう、言葉はいらないんです。「海外の演奏家と共演することも多いのですが、そういう時でも「この人こういう目をしているから、あ、次こういう音出してくるな」っていうのは瞬時に分かりますね。
――それにしても福川さんの高度なアンサンブル能力に驚くばかりです。
いえいえ、僕は遊んでいるだけなんで(笑)。
楽しさは自分の内側から
――福川さんはこの3月にひとつの転機といえるでしょうか、NHK交響楽団を退団されました。「より自由な活動を音楽生活の根本に置きたい」というメッセージを発表されましたが、それについて、今どんな心境でいらっしゃるのでしょうか?
オーケストラの中で演奏することに憧れて、20歳の時に日本フィルハーモニー交響楽団に入ったのですが、そこで親しかった方が僕のリサイタルを開催してくれたことがありました。2時間全て自分の時間で、お客様がダイレクトに反応してくださる感覚が本当に楽しかったんです。初めての時はとても緊張して今ほど余裕はありませんでしたが、温かい目で見守ってくださるお客様の気持ちを感じたり、楽器をバーンと鳴らした時にお客様が盛り上がってくださる感覚が気持ちよかったですね。そこから、自分から企画してコンサートをするようになっていったんです。ソロをやっていると、演奏から立ち居振る舞いまで、自分の音楽をブラッシュアップしていかないと2時間耐えられる音楽家になれないなということを学びました。それで、より深く音楽を研究するようになりました。これが不思議とオーケストラの中で吹く時にも還元されていって、2つの活動が連動するようになっていきました。
この他、これまでオーケストラに所属した約20年間で、作曲家が命を削って書いた素晴らしい曲をたくさん演奏し、様々な経験してきました。その中で出会った方々からいただいたものを、自分の土俵で試してみたいな、と思うようになったのです。多くの管楽器や弦楽器の奏者は定年までオーケストラに所属するという方が多いと思うのですが、体力も技術も充実しているうちに一度やってみたかったんです。日本フィル入団当初のリサイタルでの記憶も残っていて、もう少し自分とお客様が近い距離でやってみたい、ここ数年特にその気持ちが強くなりました。
――『孤高のホルン』発売時はまだN響に所属されていらっしゃる頃でした。オーケストラという枠組みの中にいると世界が狭くなりがちだと思うんですが、福川さんの場合はとても視野が広いというか、そういう自由な発想ができるのはなぜでしょうか?
いろいろな要因があると思うんですが、僕、わりと音楽家の友人も多いのですが、私大附属の中高に通っていて、そこの同級生たちと今でも仲良いんですね。彼らの中には起業してる人がいたり、証券会社、不動産、大学の先生、建築士・・・いろんな友達がいます。
芸術ってその人の人生から出てくるものだと思っていて、「その人=芸術」だと考えています。芸術活動をしているかどうかに関わらず。それで、色んな職業の友達とその人なりの芸術について会話しているというつもりで話をします。会話しながら、こういうところを音楽に活かせるんじゃないかと考えるのが僕はすごく好きなんです。アイディアをもらうこともあります。
――「その人自身の生き様が芸術である」という福川さんの信念は、これまで伺ってきたブルックナーに対する印象の変化だったり、モーツァルトやベートーヴェンを神様のように崇めるよりも友達のように捉えて作品と向き合う姿勢だったり、作曲家の皆さんとのやり取りされているコミュニケーションにも貫かれているように思います。最後に、福川さんの音楽はどうしてこんなに人を「ワクワク」させるのでしょうか?
芸術にはいろいろな大義名分があると思います。人に影響を与えたい、変化のきっかけを与えたい・・といったような。僕の場合、何よりも自分が楽しいことをしていて、それで他の方も楽しんでくれたらそれは嬉しいなと思います。SNSでの発信も頑張っているつもりは全くなくって。「これ楽しいな」と思ったら、気付いたら誰かと何かを一緒にやっているだけなんです。だから、周りの人にもとても恵まれていますね。
――それでいて、独りよがりな感じもしないように感じます。
それは、ホルンという楽器の特性かもしれないですね。いろいろな楽器がある中で目立つ方でもないしソリストでバリバリやる、というよりかはみんなと一緒にやる、というという楽器の特性も多かれ少なかれ、僕の人格形成にも影響があると思います。ソロでやることももちろんありますが、僕自身も人と一緒に何かをやることに楽しさを感じます。
――オーケストラはもちろん、木管アンサンブルでも金管アンサンブルでもどんな時でも必要とされるホルンを選ばれたのは運命だとさえ思えます。その自然体で音楽を楽しんでいらっしゃることこそが、福川さんの最大の魅力で、だからこそ多くの人から声がかかったり、聴き手も演奏に引き込まれるのだと思います。これからもより自由でワクワクする音楽を奏で続けてください!
(取材/文・北山奏子)
インフォメーション
<CDリリース情報>
モーツァルト:ホルン協奏曲全集/
福川伸陽&鈴木優人(仮)
曲目【収録予定曲目】(曲順未定)
ホルン協奏曲 第2番 変ホ長調 K.417
ホルン協奏曲 第4番 変ホ長調 K.495
ホルン協奏曲 第3番 変ホ長調 K.447
ホルン協奏曲 第1番 ニ長調 K.412(386b)
コンサート ロンド 変ホ長調 K.371
録音:2021年2月23日 サントリーホール 大ホール(セッション・レコーディング)詳細こちら
タイトル | モーツァルト:ホルン協奏曲全集/ 福川伸陽&鈴木優人(仮) |
---|---|
発売日 | 2021年8月11日 |
出演 | [ホルン]福川伸陽 [指揮・チェンバロ]鈴木優人 |
ディスカバリー・シリーズ8
〈ベートーヴェン生誕250周年交響曲シリーズ〉Hosokawa×Beethoven
詳細こちら
日時 | 2021年7月22日(木・祝)15:00開演 (14:00開場) |
---|---|
会場 | JMSアステールプラザ大ホール |
出演 | [指揮]下野竜也 [ホルン]福川伸陽 [管弦楽]広島交響楽団 |
曲目 | ベートーヴェン:劇音楽 「アテネの廃墟」 Op.113序曲 細川俊夫:ホルン協奏曲ー開花の時― ベートーヴェン:交響曲 第8番 ヘ長調 Op.93 |
お問い合わせ | 広響事務局 TEL:082-532-3080 |
名曲リサイタル・サロン 第13回 福川伸陽
詳細こちら
日時 | 2021年7月28日(水)11:00開演 (10:30開場) |
---|---|
会場 | 東京芸術劇場コンサートホール |
出演 | [ホルン]福川伸陽 [ピアノ]山中惇史 |
曲目 | J.ウィリアムズ:スター・ウォーズ組曲(福川・多重録音伴奏) バーンスタイン:「ウエストサイドストーリー」より 東大路憲太:rerum ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー マーラー:“ベニスに死す” 交響曲第5番〜アダージェット(福川・多重録音伴奏) |
お問い合わせ | サンライズプロモーション東京 TEL:0570-00-3337(平日12:00〜15:00) |
モーツァルト・マチネ 第46回
曲目<オール・モーツァルト・プログラム>
歌劇『フィガロの結婚』序曲 K.492
ホルン協奏曲 第3番 変ホ長調 K.447
ホルン協奏曲 第1番 ニ長調 K.412
交響曲 第35番 ニ長調 K.385 「ハフナー」詳細こちら
日時 | 2021年8月22日(日) 11:00開演 (10:30開場) |
---|---|
会場 | ミューザ川崎シンフォニーホール |
出演 | [指揮]鈴木優人 [ホルン]福川伸陽 [管弦楽]東京交響楽団 |
お問い合わせ | ミューザ川崎シンフォニーホール TEL:044-520-0200(10:00~18:00) |
~N響メンバーによる室内楽シリーズ~
N響チェンバー・ソロイスツ第2回 日本初演!
マーラー 交響曲 第10番 室内オーケストラ版
一般発売:2021年7月24日(土)~
詳細
日時 | 2021年11月30日(火)19:00開演 (18:15開場) |
|||
---|---|---|---|---|
会場 | Hakuju Hall | |||
出演 | [ヴァイオリン]白井 圭、大宮臨太郎、三又治彦、山岸 努、横溝耕一 [ヴィオラ]中村翔太郎、中村洋乃理 [チェロ]辻󠄀本 玲、宮坂拡志 [コントラバス]本間達朗 [フルート]梶川真歩 [オーボエ]𠮷村結実 [クラリネット]松本健司 [ファゴット]宇賀神広宣 [トランペット]長谷川智之 [ホルン]福川伸陽 [打楽器]竹島悟志 [ハープ]早川りさこ [ピアノ/ハルモニウム]桑生美千佳 |
曲目 | マーラー(カステレッティ編) : 交響曲 第10番 嬰ヘ長調(室内オーケストラ版/日本初演) | こちら |
お問い合わせ | Hakuju Hallチケットセンター TEL:03-5478-8700 |
【浜離宮ランチタイムコンサートvol.209】
東京六人組 アンサンブルコンサート
一般発売:2021年7月13日(火) 10:00〜
曲目ダンディ:サラバンドとメヌエット
プロコフィエフ/松下倫士編:バレエ「ロミオとジュリエット」より
リヒャルト・シュトラウス/磯部周平編:オペラ「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」
ラヴェル/浦壁信二編:ラ・ヴァルス詳細こちら
日時 | 2021年12月17日(金) 11:30開演 (10:45開場) |
---|---|
会場 | 浜離宮朝日ホール |
出演 | [フルート]上野由恵 [オーボエ]荒 絵理子 [クラリネット]金子 平 [ファゴット]福士マリ子 [ホルン]福川伸陽 [ピアノ]三浦友理枝 |
お問い合わせ | 朝日ホール・チケットセンター TEL:03-3267-9990(日・祝除く10:00〜18:00) |
福川 伸陽(ホルン)−私は彼をこう称える。素晴らしい演奏家であり、芸術家だ−リッカルド・ムーティ
−天賦の才とカリスマ性を持った音楽家である−パーヴォ・ヤルヴィ
ホルンのソリストとして、世界的に活躍している音楽家の一人。NHK交響楽団首席奏者として、オーケストラ界にも貢献した。第77回日本音楽コンクール ホルン部門第1位受賞。
ソリストとして、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団、香港交響楽団、NHK交響楽団、京都市交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団、横浜シンフォニエッタ、兵庫芸術文化センター管弦楽団、東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団他と共演している。
国内外の重要な指揮者の信頼も篤く、ファビオ・ルイージ、クリストフ・エッシェンバッハをはじめ、故ビエロフラーヴェクなどの絶賛を受けている。
ロンドンのウィグモアホールをはじめ、ロサンゼルスやブラジル、北京などでリサイタルをするなど、世界各地から数多く招かれており、「la Biennale di Venezia」「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」「東京・春・音楽祭」などをはじめとする音楽祭にもソリストとして多数出演。
その演奏は多くの作曲家にインスピレーションを与え、福川伸陽のために書かれた作品は、久石譲「The Border」、藤倉大「ホルン協奏曲第2番」「ゆらゆら」「ぽよぽよ」「ざざざ」「はらはら」、吉松隆「Spiral Bird Suite」、田中カレン「魔法にかけられた森」、川島素晴「Rhapsody in Horn」、酒井健治「In a blink」「告別」、鈴木優人「世界ノ雛型」「モーツァルティアーナ」「Romantissimo」、狭間美帆「Letter from Saturn」「源平音楽絵巻」など数十曲に及ぶ。
室内楽奏者としては、ライナー・キュッヒル(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター)、ハインツ・ホリガー(オーボエ奏者、作曲家)などと共演しているほか、日本人ソリスト達で構成される木管アンサンブル「東京六人組」などで積極的な活動を展開。
ピリオド楽器での演奏にも力を注ぎ、バロックホルンやナチュラルホルンの演奏者としてバッハ・コレギウム・ジャパンを中心に、室内楽や録音においても欠かせない奏者の一人となっている。
リサイタルや室内楽、協奏曲の演奏は、NHK、テレビ朝日、フジテレビをはじめ、ドイツ、イタリアなどでも放送された。
キングレコードより4枚のソロCD、モーツァルトのホルン協奏曲全集、リヒャルト・シュトラウスの協奏曲第2番のライブレコーディングや、オクタヴィアレコードより多数の室内楽CDをリリースし、音楽之友社刊「レコード藝術」誌上にて特選版に選ばれている。
国際ホルン協会評議員、東京音楽大学准教授。
(オフィシャルHPより)