2月7日に行われる「ららら♪クラシックコンサートvol.13 美しい日本の歌 歌い継ぐ音楽のこゝろ」に出演する人気オペラ歌手、カウンターテナーの藤木大地さん。藤木さんは国内外で華々しい活躍を続け、さらに企画・プロデュースも手がけるなど、多彩な活動をされています。そんな藤木さんに今回のららら♪クラシックコンサートで披露してくださる曲について、また日本語の歌に対する考えや音楽と向き合うときの姿勢についてお聞きしました。
自分と無関係に見える歌詞が訴えかけてくるもの
――藤木さんが今回の公演で歌われる《星めぐりのうた》、《秋桜》、《いのちの歌》について、教えてください。それぞれどんな曲でしょうか?
《星めぐりのうた》は夜空に浮かぶいろんな星の描写がありとてもロマンティックな曲です。宮沢賢治さんが作詞・作曲をされています。非常に文学的な歌詞であり、またそれにつけられたメロディもフレキシブルで自由にのびのびとしています。歌詞の中にも星座の名前がたくさん出てくるので、星空が想像しやすいと思います。
この曲はいろいろなアレンジでも親しまれていて、僕は以前ギターの鈴木大介さんと共演しました。合唱曲(林光編曲)もありますね。今回は共演させていただく加羽沢美濃さんの編曲で歌うのですが、今からとても楽しみです。
――最近だと、東京2020オリンピックの閉会式で大竹しのぶさんと子どもたちが歌った曲でもありますね。続いて、《秋桜》はいかがでしょう?
これはお嫁に行く女の人の歌なんですよね。でも僕にはどうやってもお嫁に行く女性の気持ちの全ては分からないので、想像して歌うことになるわけです。ではリアリティがないかというと、そうでもなくて。仮に自分の人生と重ならないテキストであったとしても、「縁側」とか「アルバム」とか、曲に出てくるそういうちょっとしたワードが自分のなかにあるノスタルジックな気持ちを刺激してくれるのです。
――歌の冒頭には、母親が縁側で娘のアルバムをめくりながら、娘との思い出話を語る描写が出てきますね。
はい。自分の中の縁側のイメージをたよりに、「じゃあそのお嫁に行く女性の家の縁側はどんな感じだろう?」とか「寂しがっているお母さんはどんな人?」…と少しずつ想像を膨らませていきます。
――それは歌いながら想像していくのですか?
そうですね、テキストを見ただけだとあまり入ってこないです。何度も何度も歌いながら想像します。これはジャンルを問わずいえることですが、名曲として歌い継がれてきた作品は、すでに美しい歌詞とメロディを持っています。世の中で愛されている曲というのはその2つがよく合致しています。だから作品を素直に歌うことで見えてくる情景があるのです。
また、この曲は70年代にヒットしましたが、当時まだ僕は生まれていませんでした。生まれた時にすでに名曲としてあった作品に取り組むことによって、自分の知らない時代を知ることになるんじゃないかとも思っています。
今の時代にフィットする曲
――最後は《いのちの歌》について聞かせてください。 この曲は2021年11月に発売された藤木さんの最新アルバムにも収録されていて、そのタイトルでもありますよね。
このアルバムにはいろんな人の人生に関係のある曲を集めました。命をつないで生きていく、つまりみんなの “人生” という意味合いで「いのちのうた」と名付けたのです。この歌を歌うようになったのは昨年からなんです。作曲者の村松崇継さんとも彼のYouTubeチャンネルで共演させていただいたりと、交流が始まりました。その後、「アートにエールを」というプロジェクトでも《いのちの歌》をアカペラで歌いました。
――これまで歌われてきてお客さんの反応などはいかがでしたか?
昨年は、しばらく演奏活動ができない時期がありました。ようやく訪れたのが7月の半ばにあったびわ湖ホールの大ホールでのリサイタルでした。久しぶりに立った舞台で、アンコールにこの曲を歌ったところお客さんにとても喜んでいただきました。
――曲中に出てくる、「泣きたい日」や「絶望する日」もあるけれどもなんとか希望を見出していきたい、というメッセージがコロナ禍の今とリンクするように思います。
そうですね。曲自体は以前からあったものですが、僕としては特に昨年1年を通じて身近だった作品です。奇しくも世の中が変わってしまった時期と重なるわけですが、歌詞も現代に非常に共感を呼ぶものだと思います。
“日本語の歌” を歌うこと
――これまで藤木さんはファーストアルバムで武満徹作曲の《死んだ男の残したものは》をレコーディングされたり、BSの番組でも「子供たちに残したい 美しい日本のうた」に取り組まれてきました。藤木さんにとって「日本歌曲」はどんな存在ですか?
そもそも僕は「日本歌曲」という言い方がしっくりきていないのです。例えば…音楽教育のなかではドイツ歌曲、イタリア歌曲、フランス歌曲というように便宜的に言語でジャンル分けされています。そこに並ぶ形で「日本歌曲」があります。でも《いのちの歌》は日本語の歌だけれども「日本歌曲」とは言わなくて、山田耕筰など限られた時代の作品だけが「日本歌曲」と呼ばれています。だから僕はそういう区分にとらわれない、 “日本語の歌” という言い方が一番合うかなと思っています。
――なるほど。確かに今回のコンサートでも同じ日本語で書かれた曲でありながらジャンル的には様々な作品が並びます。(例えば、滝廉太郎の《荒城の月》もあれば、藤木さんが歌われる《秋桜》や《いのちの歌》もある。)「日本語の歌」というくくりだからこそ様々な曲が同じ公演で聴けますね。
そうですね。そして今回、日本語の歌を日本で歌うことにとても意味があると思っています。当たり前ですが、日本におけるクラシック音楽の公演の多くはイタリア語、ドイツ語、フランス語、英語など、外国語による作品です。だけど、日本で母国語で書かれた作品を聴いてもらえるのは、他の言語に比べて当然お客さんの心に届きやすいはずです。日本人として舞台に立つ者の責任としては、歌詞を一言一句お客さんに伝えなければいけないと思っています。
――演奏する側としては、ごまかしの効かないかなりシビアな状況ということですね。
例えばお客さんに「いい声だったけど、何て言っているか分からなかったね」と思われたら、僕としては負けなんです。いい声を聴かせるために歌うのではなく、歌詞をきちんと伝えたいのです。
僕はこれまで、ウィーンでドイツ語のオペラを、イタリアでイタリア語のオペラを歌ってきました。その時、僕にとってはドイツ語もイタリア語も外国語ですが、現地の方にとってみれば母国語なわけです。そういう時にも、お客さんに「外国人がその国の言葉をちょっとうまく歌ってるな」と思われてはダメで、完全に内容が伝わらないといけないと思ってやってきました。
――藤木さんの並々ならぬ覚悟が伝わってきます。
内容を伝えることにこだわるのは、名曲は普遍的な要素を持っているからです。先ほどの《秋桜》にしても、お嫁にいく人の歌でありながらあらゆる人の心に引っかかる何かを持っています。例え自分とは関係のない歌詞だったとしてもそこに宿る普遍性を伝えることで、お客さんに「良い曲だったな」と思ってもらえたら嬉しいです。逆にいうと、演奏家にとっても母国語で歌うことでお客さんにダイレクトに伝えられるチャンスなのです!
奇跡!?「ららら♪クラシック」でのカウンターテナー特集
――昨年8月に出演された番組について。『カウンターテナーの魅力~可能性無限大の歌声~』と題して放送されました。ご出演されてみていかがでしたか?
まず一番の感想は、番組まるまる1回分をカウンターテナーをテーマにしてくださったことに感謝の気持ちでいっぱいでした。30分間カウンターテナーのことだけって、もう奇跡的だと思いましたね。それこそ10年前なんて絶対誰も手を出さなかったでしょう。僕はやっと日本が変わってきて良かったなと思い、喜んで出演させていただきました。
――カウンターテナーの存在が世間に浸透してきているのは、間違いなく藤木さんのこれまでのご活躍の積み重ねがあるからこそだと思います。
そうだと良いですね。昔は新聞でカウンターテナーという表記のあとにわざわざ「男性が女性の声域を歌う」、とカッコ書きが欠かせないことがよくありました。僕がカウンターテナーとしてのキャリアをスタートさせてから10年が経ちますが、今では説明しないでいい媒体も増えてきました。でもやはりこういうことが浸透するのは10年くらいかかるんだなと思っていますね。
――番組でされたお話の中で、初めて裏声で歌われた時に「自由に歌えた」という言葉が印象的でした。もう少し詳しく教えていただけますか?
例えば作曲家は楽譜にいろんな強弱記号などを書きますが、裏声で演奏した時、それが上手くコントロールできたんですね。それでその時、これを鍛えれば僕はもっと自由に音楽ができるようになるんじゃないかと思ったのです。
――ご自身の中で心技体が一致した瞬間なのでしょうね。
そうですね。今のところまだ自分の声は衰えることなく、毎日うまくなりたいと思いながら取り組んでいます。昨日の公演より今日の公演が良くありたいという気持ちが途切れないのです。逆に楽しくなくなったら辞めると思います。だって舞台の上に立つ人が楽しんでいなかったら、お客さんのことを楽しませられるわけがないんですから。
豊富なレパートリーと多彩な活動の裏側
――昨年藤木さんがプロデュース、選曲、出演をされた歌劇《400歳のカストラート》が大変話題になりました(最新アルバムは同作で歌われた作品をベースに収録されている)。その際もバロックから現代曲まで、幅広い時代の作品を取り上げられました。さらに先日は横浜みなとみらいホールのプロデューサーにも就任されるなど、多彩な活動も印象的です。とてもボーダーレスな活躍をされていらっしゃいますが、その点についてはいかがですか?
そもそも「カウンターテナー」という言葉がパワーワードすぎて、どうしてもボーダーを作ってしまうんですよ。
もちろん音楽のスタイルとして、ポップスやジャズという区分はあると思っています。けれども、クラシックでもフォークソングでも大元にはメロディと歌詞があって、僕としてはそれをお客さんに伝えるだけなのです。それが原点なので。そこに付けられた音楽がたまたまクラシックやポップスというスタイルを持っていたり、あるいは形式としてオペラであるだけだと思うんです。そういう風に考えると、僕の場合は別に何を演奏するにしても、例えば「ポップスだからやらない」とはならないと思います。だって、僕のやりたいことはメロディと歌詞を伝えることなんだから。
――これからも演奏に加えて、プロデューサーとしてもますます期待が高まる藤木さんですが、そのモチベーションはどこからくるのでしょうか?
すごく簡単に言うと、単純にいい人と楽しく演奏したいだけなんですよね。それに肉付けをして舞台作品だったり、いろいろな形にしていくのです。根っこには素晴らしい演奏家たちと楽しく音楽をして、それをお客さんと楽しみたという思いがあります。そのために「誰とやりたいか」あるいは「何をやりたいか」というのを考えています。実は、もともと僕は15年くらい前から企画書を持って各地のホールに行っていました。それが40歳を超えた今、ようやくポストをいただけたり、やれることが増えてきてるという感じです。
「幸せへのチケット」を片手に
――最後に、クラシック音楽の楽しみ方のコツを教えてください! また、来場されるお客様へのメッセージをお願いします。
オペラでもそうですが、クラシックのコンサートって僕は少しだけ敷居が高くたって良いと思います。オペラハウスに行くために綺麗な服を着てみたり、誰かをエスコートしてコンサートの前にはゆっくり食事をしたり。そんな風にコンサートに行くための準備をしたうえで、劇場という非日常の空間で音楽を楽しむ…。そうすると、1日がすごく良い形で終われる気がします。チケットを買ったその日から、コンサートまでのカウントダウンは始まっていているのです。つまり、お客さんにとって劇場に行くことは特別なものであって欲しいんですよね。チケットそのものはただの紙ですが、“幸せへのチケット” のようなものだと思ってもらったら良いのではないでしょうか。
――とても素敵な表現ですね。
カレンダーに書いたりすると、毎日が充実してくると思うんです。例えば、「コンサートがある2週間後までは元気に生活しよう」とか、「病気にならずに」とか「事故に遭わずに」とかですね。僕、お寿司が好きで、お寿司を食べる予定が入るとすごく興奮するんです(笑)。その日までずっとワクワクしています。そういう感覚と近いのではないでしょうか! もちろん楽しみになるほど内容が魅力的でないといけませんけどね。だから僕は、楽しみに思ってもらえるような場所を作りたいという気持ちで公演に臨んでいます。チケットにはコンサート当日の2時間だけではなくて、その前の楽しみに待つ時間も含まれている気がするんですよね。
<取材・文 北山奏子>
インフォメーション
ららら♪クラシックコンサート Vol.13
美しい日本の歌 歌い継ぐ音楽のこゝろ
〜童謡・唱歌・愛唱歌・日本歌曲の美しさを識る〜
日時 | 2022年2月7日(月)14:00 開演(13:00 ロビー開場予定) |
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会場 | 東京芸術劇場 コンサートホール |
出演 | 錦織健 小林沙羅 今井俊輔 藤木大地 山田姉妹 ヴィタリ・ユシュマノフ 加羽沢美濃(作曲・ピアノ) 山岸茂人(ピアノ) 高橋克典(司会) 金子奈緒(司会) |
曲目 | 「花」/「荒城の月」/「かなりや」/「ペチカ」/「この道」/「初恋」/「星めぐりのうた」/ 「秋桜」/「愛燦燦」/「いのちの歌」/「風が吹いている」/「日日草」 他 ※後日追加発表があります。 ※曲目は変更になる場合があります。 |
詳細 | こちら |
お問い合わせ | ウドー音楽事務所 TEL:03-3402-5999 火曜・水曜・金曜 12:00〜15:00 (※月曜・木曜・土曜・日曜・祝日はお休み) |
藤木大地(カウンターテナー)
バロックからコンテンポラリーまで幅広いレパートリーで活動を展開し、デビューから現在まで絶えず 話題の中心に存在する、日本が世界に誇る国際的なアーティストのひとりである。
第19回松方ホール音楽賞受賞。第25回青山音楽賞青山賞受賞。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。ウィーン国立音楽大学大学院(文化経営学)修了。 洗足学園音楽大学客員教授。横浜みなとみらいホール プロデューサー 2021-2023。宮崎県出身。みやざき大使。
国内では、これまでにM.ポンマー、L.スラットキン、T.コープマン、S.カンブルラン、R.エガー、J.アクセルロッド、A.バッティストーニ、小林研一郎、井上道義、小泉和裕、鈴木雅明、高関健、大植英次、広上淳一、大野和士、上岡敏之、佐渡裕、藤岡幸夫、飯森範親、沼尻竜典、阪哲朗、下野竜也、園田隆一郎、三ツ橋敬子、鈴木優人ら各氏の指揮のもと、NHK響、東京都響、読売日本響、東京フィル、東京響、日本フィル、新日本フィル、東京シティ・フィル、神奈川フィル、名古屋フィル、セントラル愛知響、大阪フィル、日本センチュリー響、関西フィル、京都市響、兵庫芸術文化センター管、九州響、札幌響、仙台フィル、オーケストラ・アンサンブル金沢、群馬響、京都フィル、紀尾井ホール室内管弦楽団、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア、シアターオーケストラトーキョー、アンサンブル・ノマド、東京ヴィヴァル ディ合奏団、新ヴィヴァルディ合奏団、そしてバッハ・コレギウム・ジャパンら主要オーケストラのほとんどと、オペラ『夏の夜の夢』『リア』『ポッペアの戴冠』『リナルド』『リトゥン・オン・スキン』(日本初演)や、「第九」「カルミナ・ブラーナ」「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」「メサイア」「ミサ(バーンスタイン)」「チチェスター詩篇(バーンスタイン)」「レクイエム(モーツァルト)」「レクイエム(フォーレ)」をはじめとしたオーケストラ作品で共演。国内外のマエストロたちから、その唯一無二の柔らかな美声と類稀なる音楽性にて絶大な信頼を得ている。また、作曲家の西村朗、杉山洋一、加藤昌則、酒井健治ら各氏より楽曲提供を受け、世界初演、再演を重ねている。
また、世界的な声楽家たちがこぞって指名するピアノの巨匠マーティン・カッツをはじめ、ギタリストの荘村清志、福田進一、鈴木大介、村治佳織、大萩康司、オーボエ奏者の吉井瑞穂、ルネサンスハープ奏者の西山まりえ、ソプラノ歌手の中村恵理、アーティストのサラ・オレイン、村松崇継ら各氏との共演や、ピアニストの松本和将、佐藤卓史、萩原麻未ら各氏との共演による各地でのソロリサイタルも常に絶賛され、全国からのオファーが絶えない。