2020年10月14日(水)、東京文化会館で、《ららら♪クラシックコンサートVol. 9「躍動するバロック音楽」 ~大編成アンサンブルの絢爛なる響き~》が開催されました。新型コロナウィルス感染拡大防止に伴う入場規制が解除されてから初めてとなる公演で、vol.8に引き続き、当日はライブ配信も行われました。
今回は音楽史におけるバロック時代にフォーカスしたプログラム。中でも「躍動感」がテーマになっています。司会の高橋克典さんも「バロックと言えば、教会音楽という印象がある」と話すように、少し硬そう、というイメージを持つ人も多いでしょう。今回はヴァイオリニスト石田泰尚さん率いる弦楽アンサンブルの石田組、さらにフルートの工藤重典さん、クラリネットのコハーンさんが集結。男たちが奏でる力強さと繊細さを兼ね備えた演奏は、バロック音楽の中に隠された「躍動感」を浮かび上がらせるものでした。
オープニングを飾ったのは、石田組の演奏によるJ.S. バッハの名曲《G線上のアリア》。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスによる弦楽アンサンブルとチェンバロが作り出す、神聖で厳かな世界。会場は一気にバロックの世界へと誘われました。
続く前半のプログラムには、ヴィヴァルディの《四季》から〈春〉と〈冬〉がラインナップ。急遽、石田組の組長こと石田泰尚さんから曲紹介のバトンを受け取ったヴァイオリンの塩田脩さんが「〈春〉の第2楽章にヴィオラが担当する犬の鳴き声が出てきたり、〈冬〉の第1楽章の寒さで歯がガタガタ震える様子や、第2楽章は石田さんが暖炉で横になっている様子を想像してみてください。」と、作品に散りばめられた情景描写について解説してくれました。
〈春〉では通常、ソロヴァイオリンが演奏するところを今回はクラリネットのコハーンさんが担当しました。作曲された当時は、クラリネット自体まだ無かったものの、今回のアレンジでは〈春〉が持つ牧歌的な雰囲気とクラリネットの音色が文句なしにマッチし、さらに、うららかな春の陽気と小鳥のさえずりを思わせるオリジナルの世界観に広がりを与えてくれました。
〈冬〉は石田さんのソロヴァイオリンと弦楽アンサンブル。〈春〉とはうって変わって、冬の日の冷たさを音で表す石田組の表現力の高さは圧巻。また、組員が皆憧れるという石田さんの音色を堪能するには、もってこいの曲目でした。石田さんが音階の上り下りが激しいパッセージを繰り広げる中、どこまでもぴったりとくっついていく合奏団の面々。他にも第2楽章の暖炉のシーンでは、石田さんをのびのびとくつろがせるようなバックアップを見せるなど、信頼関係の強固さを感じる演奏でした。
前半の最後は、J.S. バッハの息子にあたるC.P.E. バッハの《フルート協奏曲 ニ短調》。日本を代表するフルーティストの工藤重典さんが登場しました。金子さんによる工藤さんのこれまでの経歴紹介では、様々な受賞歴と並び、なんと、スキー競技のオリンピック強化選手でもいらっしゃったことが発覚。何でも出来てしまう工藤さんが今回C.P.E. バッハの《フルート協奏曲 ニ短調》を選んだのは、バロック時代の多くの優雅なフルート協奏曲とは異なる「激しさ」を聴いて欲しかったからだそう。また、高橋さんに石田組の印象について聞かれると、「最初は僕も怖かったんです」と会場の笑いを誘いました。しかし、「音色が美しく、神経が細やかで素晴らしい合奏団です」と工藤さんも石田組を大絶賛。演奏が始まるとキレのあるパッセージが多く、まさに「躍動感」たっぷり。楽器を自由自在に操り、真珠の玉のように整った音色を奏でる工藤さんと、アンサンブルで盛り上げる石田組の息のあった演奏でした。
休憩を挟み、後半1曲目も工藤さんと石田組による、J.S. バッハ《ブランデンブルク協奏曲》第5番の第1楽章から始まりました。堂々とした快活なテーマの後には、石田さんのヴァイオリンと工藤さんのフルートとの掛け合いが続きます。全体を通じて2人がまるでメロディーの問いと答えを繰り返していくような形で曲が進行していきます。そして最後に登場するのはこれもバロック時代の楽器における大きな特徴の一つ、チェンバロによるソロパートです。当時バッハが新しいチェンバロを購入し、その性能を確かめるために作ったというこのパート、演奏前に工藤さんが「いかにも新しいチェンバロを買ったんだという感じがします。」と語った通り、非常に長いこのチェンバロのソロに聴衆と出演者も含めて耳を傾けました。
中盤は、石田組の演奏で、これもまた名曲パッヘルベルの《カノン》から。演奏後高橋さんに「あのツンデレっぷりたら」と言わしめるほど、しっとりと調和のとれたアンサンブルを披露しました。続いて、再びクラリネットのコハーンさんが登場。高橋さんとのトークでは、いきなり母国ハンガリー語で話し始めるというジョークを披露する場面も。まずはコハーンさんが初めて曲を聴いた時、美しさのあまり口をあんぐり開けてその場から動けなくなってしまったという、ヘンデルの歌劇《リナルド》から、〈私を泣かせてください〉を演奏しました。その伸びやかな息遣いと、装飾で彩られたメロディは会場いっぱいに美しく響きました。続く、マルチェロの《オーボエ協奏曲 ニ短調》第2楽章では切ないテーマを丁寧に歌い上げ、2曲とも、バロック音楽が大好きだというコハーンさんの気持ちがそのまま表れているようでした。
本編最後となるのは、石田組によるコレッリの《合奏協奏曲》第8番から〈クリスマス協奏曲〉。演奏会の最初から最後まで、全曲に出演した石田組のメンバーですが、その集中力というのは素晴らしく、6楽章からなる本作でも緩急のある演奏で、聴衆を飽きさせません。まとまりのある音色で会場を包み込み、見事にトリを飾りました。
アンコールはオールキャストによるピアソラの《ブエノスアイレスの四季》より〈夏〉とディープ・パープルの《紫の炎》が演奏されました。
ピアソラの〈夏〉では、ヴィヴァルディの《四季》の〈冬〉からの引用も見られ、本編前半の興奮が再び蘇るようでした。さらに、ロック調である《紫の炎》では、工藤さんやコハーンさんもノリノリ。2人の超絶技巧も炸裂し、会場の熱気は最高潮に。拍手喝采のうちに幕を閉じました。
次回の「ららら♪クラシックコンサート」は記念すべき第10回目。詳細は決まり次第発表となります。いつも以上に豪華で楽しいコンサートになることでしょう、ご期待ください!