指揮者になるために、まずはピアニストとしてプロの道を究めると決意した中学生時代、学生音楽コンクール出場のための応募用紙に反田さんが書いたのは「人に夢を与えられる音楽家になりたい」。それは今も変わらず抱き続けている志望だという。
「あるときテレビで長崎の五島列島には本当のオーケストラを見たことがない子がいると知りました。日本でもそういうところがあるのだから世界にはもっとあるはずで、本物の楽器を見たことがない子もたくさんいることでしょう。そういうところに行って、演奏したいという夢を、今は、徐々に具現化させています」
クラシックに対する情報不足を解消したい
一方で、クラシックを聴く機会が身近にありながらも、なかなかコンサートに足を運んでくれない人たちに対しては、こんな思いがある。
「今、若い人たちがクラシックコンサートに来ないのは、お金がないからでも、時間がないからでもないと思います。野外フェスは僕のコンサートの3倍高かったり、遠方でやっていたりするのに、人気ですからね。では、なぜ、クラシックコンサートには来てくれないかというと、知識というか情報不足だと思うんです。たとえば、有名なラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』ですが、最後に出てくる“タンタタタン”というリズムは、ラフマニノフの名前をロシア語の発音とイントネーションで口にしてみると、ピタリとはまるんです。楽曲の最後に自分が作曲したというサインを残したとか……それを知っていれば、どこでそのリズムが出てくるのか、楽しみにしながら演奏を聞けますよね。ほかにも、バッハには、BACH(=シ♭・ラ・ド・シ)という自分の名前の音階を隠した曲があるとか、ドビュッシーの『喜びの島』は、愛人と駆け落ち旅行したときに作られた曲だとか、そんなふうに、少し知識を入れてからコンサートに行くとぜったい面白い。ですから、林修先生みたいな感じで、クラシックの雑学を広く伝えられたらいいなと思っています」
そのためにも「テレビやラジオには積極的に出演したい」という反田さん。今年9月に出演したNHKの『ボディミュージアム』では、1秒に何回、また何kgの指圧で弾いているかの実験にも挑戦し、ラフマニノフ筋やショパン筋など、自らが作曲家ごとに鍛えられる筋肉に名前を付けているというユニークな話も披露した。
アニメやフィギュアとのコラボも
「クラシックを広め、また身近に感じてもらうためには、テレビの影響も大きいと思います。また今は、アニメやフィギュアスケートの存在も大きい。こんなふうにクラシックと何かがコラボすることも大切だと思うので、僕も、積極的に挑戦していきたいですね」
アニメに関しては、反田さん自身、NHK総合テレビにて放送中のテレビアニメ『ピアノの森』で、ピアニストの阿宇野壮介の演奏を担当している。実は漫画『ピアノの森』はプロ・デビューする前の反田さんの愛読書の一冊。クラシックについての知識を得るために、漫画はとても有効と自身の体験から、語る。
「漫画は世間的には、娯楽として空いた時間に読むものととらえられているかもしれませんが、僕の中ではちょうど本格的にピアノを始めた時期に『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』に出会い、漫画の中から多くの楽曲も学びましたし、まさに教本でした」
よりコンサートを楽しんでもらうために、「いずれはコンサートの前に、その日に演奏する作品について解説する勉強会を開きたい」という夢も抱く反田さん。さらにその目は、演奏家たちの育成にも向けられている。
100年後の日本のクラシック界を見据えた挑戦を
「僕には、30年後に、日本にコンセルヴァトワール(音楽、舞踊、演劇などを教える学校)を作るという夢があります。その学校の専属のオーケストラを作るために、今年、同世代のバイオリン、チェロのソリストたち8人でダブルカルテットという男性集団を作って公演を始めたのですが、2019年には、さらに人数を増やして、小編成のオーケストラにして、7年以内には大編成のオーケストラを作って、100年200年残るような存在にしていきたいと考えています。というのも、ソリストで生きていくためにはソロも大事だけど、何よりもコンツェルトが大事だと僕は思っているんです。でも、学年200人規模の学校で、オーケストラで弾ける子は1人いるかいないかというのが現状です。僕はできるだけ多くの学生が、コンツェルトを演奏する機会を増やしたいと思っています。この経験が、演奏家たちの夢を広げることになると思いますので」
そして反田さんの夢は50年後100年後の日本のクラシック界の興隆をも見据えている。
「海外の音楽学校に行くと、調律がちゃんとされていないピアノや、ペダルがないピアノ、鍵盤が剥がれているピアノがたくさんあります。日本にはそんな学校はないけれど、交換留学生以外留学生は皆無で、僕も含め、日本人の多くは海外に留学してしまいます。それはいったいなぜなのか。僕は、世界から音楽家たちが集まるような学校を日本に作りたい。そして、日本はクラシック音楽に関してはまだまだという世界の目を変えていけたらと思っています」
日本のクラシック界を繁栄させ、誰もが、もっと身近に、もっと気軽に、クラシック音楽を楽しめるようになるために、さまざまな挑戦を続けている反田さん。クラシック界の異端児であり革命児であるそんな氏の活躍を、ららら♪クラブは心から応援していきたい。
(文・河上いつ子)
■反田恭平(そりた・きょうへい)
1994年生まれ。2012年 高校在学中に、第81回日本音楽コンクール第1位入賞。併せて聴衆賞を受賞。2013年M.ヴォスクレセンスキー氏の推薦によりロシアへ留学。2014年チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。2015年イタリアで行われている「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。年末には「ロシア国際音楽祭」にてコンチェルト及びリサイタルにてマリインスキー劇場デビューを果たす。
2016年のデビュー・リサイタルは、サントリーホール2000席が完売し、圧倒的な演奏で観客を惹きつけた。また8月の3夜連続コンサートをすべて違うプログラムで行い、各日のコンサートの前半部分をライヴ録音し、その日のうちに持ち帰るというCD付プログラムも話題になる。3日間の追加公演も行い、新人ながら3,000人を超える動員を実現する。2017年4月には佐渡裕指揮、東京シティフィル特別演奏会の全国12公演のソリストを務め全公演完売の中、各地でセンセーションを巻き起こす。6月にはNHK交響楽団との現代曲への挑戦し、初の全国リサイタル・ツアー13公演は全公演完売のうちに終了した。
デビューから2年、コンサートのみならず「題名のない音楽会」「情熱大陸」等メディアでも多数取り上げられるなど、今、もっとも勢いのあるピアニストとして注目されている。 現在、ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)にてピオトル・パレチニに師事。また、桐朋学園大学院大学にて修士号取得の準備中。
CD「リスト」、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲&パガニーニの主題による狂詩曲」、「月の光」が2017年「第27回出光音楽賞」受賞、CDショップ大賞「クラシック賞」受賞。