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番組ファンから~ピアニスト 反田恭平さん<前編>

2016年、22歳のときにサントリーホールで行ったデビュー・リサイタルで、全2000席を完売したのを皮切りに、以降も大ホールでのコンサートを軒並みソールドアウトにし、今、もっとも勢いのある若手ピアニストとして注目されている反田恭平さん。番組では、ショパンの「雨だれ」とグリーグの「ピアノ協奏曲」の回に出演し、超絶的な演奏を披露。グリーグの回では、楽譜を題材に、他の作品ではあまり見かけない、グリーグの思いや言葉を反映した指示を読み解き、解説してくれた

英才教育とは違う自由で個性的な音楽体験

「テレビ出演は好きなんです。大勢の人たちが動き回って、セットを組んだりしているところを見るのが楽しくて。ただ、(床にはたくさんのコードが渦巻いているので)足元を見ながら歩かないとつまづきそうになってしまいますけど(笑)。Eテレの『ららら♪クラシック』もセットはキレイだし、高橋克典さんも優しい方で、とても楽しかったです。マイクやカメラなどの機材も好きなので、スケジュールが合えばまた出たいです」 開口一番、子供のような無邪気な笑顔で番組に出演したときの感想を語ってくれた反田さん。「クラシックが好きになるには、小さいころから本物の音楽に触れる機会を多く作ることが理想」という思いから、現在、少しずつ子供のためにもコンサートを開いているのだが、子どもと同じ目線で話ができている!というより完全に同じ目線で子どもになり切っている!とスタッフに笑われるのだとか。世界が注目する超新星ながら、フレンドリーで、ユーモラス。そのキャラクターは、幼少のころからピアノの英才教育を受けてきた天才たちとはちょっと違う、自由で個性的な音楽経験にあるようだ。 反田さんがピアノと関わるきっかけとなったのは、4歳のときに通い始めた音楽教室。先生に「耳がいい」と言われ、半年後、引っ越しを機に、今度は、絶対音感を鍛えるミュージックスクールへ。 「そこではピアノのレッスンは2週間に1回、30分だったんですが、先生がとてもユニークで、『好きな作品を持ってきて、好きなように弾けばいいんだよ』と言われていました。さらにそのスクールは、リトミックがあったり、ミュージカルやオペレッタにも力を入れていたりして、『白雪姫』や『裸の王様』をアレンジして、大きな舞台で上演していました。人前に立つことが嫌いでなかった僕は、ステージに立って、踊ったり歌ったりするのが楽しくて。このスクールでは、根本的に音楽を楽しむということを体験できました」 その後、6歳で最高12音まで和音を聴きとれるようになるなど、才能をめきめき開花させ、天才少年としてテレビ出演依頼も受けたという反田少年。しかし、当時、夢中になっていたのは、音楽よりもサッカー。所属していたチームではキャプテンを務め、「将来はワールドカップに出場できるサッカー選手になりたいと思っていた」と言う。

指揮者になるためにピアノを頑張ろうと決意

そんな反田さんの心が変化したのは、11歳のとき。サッカーの試合中、右手首を骨折!「痛い職業は無理」と思った反田さんは、もう一つ、好きで続けていたピアノの道に進むことに決め、中学から桐朋学園大学附属の子供のための音楽教室へ。しかし、そこで待ち受けていたのは、天才少年と言われてきた反田少年にとって、予想もしない衝撃の経験だった。 「それまで通っていたミュージックスクールで作曲も習っていたんですが、僕が勝手に弾いた曲を先生が書き取ってくれるというやり方だったので、僕はト音記号すら書けないし、楽典って何?というレベルで、入学試験では300満点中なんと18点(笑)。実技はいいけれど、基礎的知識が圧倒的に乏しいということで、3か月間特訓を受けることになりました。小澤征爾さんを第一期生として輩出した歴史のある学校で、初めての“保留くん”というあだ名をつけられました(笑)」 反田さんがプロのピアニストになることを決意したのは、そんな中学時代のこと。きっかけは、指揮者との、そしてオーケストラとの出会いだった。 「指揮者の曽我大介先生のワークショップに参加したとき、最終回にオーケストラを指揮させてもらえることになったんです。12歳の少年が80人相手にひと振りしただけで、金管楽器、木管楽器がすごい音量で一斉に鳴り始めて、その瞬間、ものすごく感動して、これが僕の天職だと思いました」 「指揮者になるためにはどうしたらいいか」と尋ねた反田さんに、曽我先生は、「まずは自分がやりたいと思う楽器を決めて、それをとことん極めるのが良い」とアドバイスをいただきました。 「ならば僕はピアノを勉強しようと。指揮者になるために、ピアノをがんばろうと決めました」   ちなみに、翌年、テレビ番組『題名のない音楽会』の素人による指揮者体験企画「振ってみまSHOW!」に応募し、当選した反田さんは、オペラシティの大ステージでも指揮者を体験。 「満席の観客の前で、12歳の子どもが棒を振り下ろすだけで、何十人というオーケストラの音が一斉に出て、最後には『ブラボー!』となるわけで、そりゃあ、ますます、夢見てしまいますよね(笑)。でもそういうきっかけがあったおかげで、今、こうしてピアノをがんばることができているんです」

子供たちのために新しいことに挑戦していきたい

夢を持った少年は、その後、中学3年のときには、1年に5回以上コンクールを受け、確実にタイトルを獲得するほどに。高校へも首席で入学し、ベートーヴェンなど古典派を徹底的に学び、高校3年時には、日本音楽コンクールで優勝。それを機に、ロシアへの留学や演奏活動の話が次々舞い込み、プロピアニストとしての歩みをスタートさせた。 「人生っておもしろいですよね。もしかしたら『ららら♪クラシック』の番組を見て、また、クラシックのコンサートに来て、僕みたいに将来の夢につながる出会いを得る子どもたちがいるかもしれない。そうなったらいいなと思うので、新しいことへの挑戦を恐れずに、子供たちに対して何かできたらと考えています。20代の僕らがやっていかなければ、世界は変わっていきませんからね」 「『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』といった漫画からもクラシックを学んだ」という反田さん。後半は、クラシック界におけるそんな破天荒児の反田さんが抱いている大きな夢の数々と、反田流クラシックコンサートの楽しみ方を紹介する。 (文・河上いつ子) ■反田恭平(そりた・きょうへい) 1994年生まれ。2012年 高校在学中に、第81回日本音楽コンクール第1位入賞。併せて聴衆賞を受賞。2013年M.ヴォスクレセンスキー氏の推薦によりロシアへ留学。2014年チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。2015年イタリアで行われている「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。年末には「ロシア国際音楽祭」にてコンチェルト及びリサイタルにてマリインスキー劇場デビューを果たす。 2016年のデビュー・リサイタルは、サントリーホール2000席が完売し、圧倒的な演奏で観客を惹きつけた。また8月の3夜連続コンサートをすべて違うプログラムで行い、各日のコンサートの前半部分をライヴ録音し、その日のうちに持ち帰るというCD付プログラムも話題になる。3日間の追加公演も行い、新人ながら3,000人を超える動員を実現する。2017年4月には佐渡裕指揮、東京シティフィル特別演奏会の全国12公演のソリストを務め全公演完売の中、各地でセンセーションを巻き起こす。6月にはNHK交響楽団との現代曲への挑戦し、初の全国リサイタル・ツアー13公演は全公演完売のうちに終了した。 デビューから2年、コンサートのみならず「題名のない音楽会」「情熱大陸」等メディアでも多数取り上げられるなど、今、もっとも勢いのあるピアニストとして注目されている。 現在、ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)にてピオトル・パレチニに師事。また、桐朋学園大学院大学にて修士号取得の準備中。 CD「リスト」、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲&パガニーニの主題による狂詩曲」、「月の光」が2017年「第27回出光音楽賞」受賞、CDショップ大賞「クラシック賞」受賞。 オフィシャルサイト  

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