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子どもの頃からグローバル! 福間洸太朗が考えるピアノと音楽の世界(後編)

 世界を股にかけて活躍するピアニスト、福間洸太朗さん。少年時代から海外へ目を向け、クラシック音楽にフィギュアスケートや香水を掛けわせる異色のコラボレーションも手掛けるオープンな姿はまさに唯一無二。それでいて本質に真摯に迫る音楽性も、聴衆や専門家から非常に高い評価を獲得しています。そんな福間さんが3月に開く演奏会のテーマは“夜”。一期一会の演奏を大切にするという福間さんにお話を伺いました。

前編からの続き

©Marc Bouhiron

生演奏の尊さ

――国内最大級のクラシック音楽事務所、ジャパン・アーツへの移籍も話題になりました。 2022年の書き初めは「心機一転」でした。事務所を変えることは2021年の段階で決めていて、わたしの日本での活動をより充実させるために、新たなエージェントのお世話になろうと考えていました。ヨーロッパでの拠点もベルリンからオランダに移したのですが、実際はベルリンにいる時間の方が長く、「どこ在住」って書きにくい状態ではありますが……。あとは2022年4月にジョイフル・アーツという会社の代表になりと、自分の中で環境が大きく変わった1年になりました。
カーネギー・ホール デビュー公演
――ジョイフル・アーツは福間さんの個人事務所ですか? そうですね、もうひとり所属アーティストがいますが、アーティストがやりたいことを自主公演の形で実現し、聴衆とのつながりもサポートする会社です。2020年7月から私が主催する配信演奏会の「レア・ピアノミュージック」というシリーズも始めました。YouTubeチャンネルで展開しており、最初のワンシーズンはコロナ禍で時間もあったので月に1回やっていたのですが、今は頻度を落として2か月に1回、年に6回開催しています。そのうちの1回はリアル公演で、ホールでお客さんを入れてやっています。2022年6月には東京文化会館小ホールで舘野泉さんにご出演いただきました。今はそういったプロデュース業も行っています。 メインは演奏活動を続けていますが、その次に当たるのがプロデュース業ですね。今は大学などで教えるということは考えていませんが、公開レッスンや講座、解説動画という形で、後進の指導も機会を見て続けていきたいです。 ――幅広い活躍、今後も楽しみです。さて、初めて生のコンサートに行ったのはいつでしょうか。その時の気持ちを覚えていますか? 本当に一番初めのクラシックコンサートというとちょっと定かではないですが、一番最初に行ったピアノ・リサイタルでしたら覚えています。幼稚園の年長さんでした。 演奏者はジャパン・アーツのアーティストである寺田悦子さん。サントリーホールだったのですが、たまたま幼稚園の友達のお母さんからお誘いを受けました。それがすごい衝撃というか、幼いながらに感動したのを覚えています。終演後、寺田さんにもお会いして手の大きさを比べさせていただきました。 ――衝撃というのは生の音の迫力みたいなところでしょうか? サントリーホールの大ホールの、ものすごい広い会場にピアノがぽつんと置いてあって、そこでひとりの女性が弾いて2000人の人が見守る、というシチュエーションにまず衝撃を受けました。プログラムは、確か後半にショパンの《24の前奏曲》だったと思います。 ――サブスクやYouTubeなど今は音楽に触れるツールがたくさんありますが、生のコンサートとの違いはどうお考えでしょうか? やっぱりサウンドクオリティが全然違いますよね。イヤホンを通して聴く音楽は耳だけで音を感じているという感覚なのですが、生の音は身体全体で音の振動を感じられると私は思っています。 コロナ期間に数か月間リアルコンサートが開催できなくて、制限解除後に久しぶりにホールで演奏しました。ホールの響きの良さ、音の広がりに感動したのを覚えていますし、お客さんの温かい拍手に迎えられてステージに立てる幸せを再認識させられました。 オーケストラと久しぶりにコンチェルトを弾いた時も忘れられませんね。ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第4番》だったのですが、ピアノが最初にソロで弾き始めて、その後弦楽器が入った時の異次元に行く感じや、振動が背中から伝わる感覚にすごくゾクゾクして感動しました。やっぱり生演奏は、配信のどんなハイクオリティでも到達できないほど尊いものなんだなと思いました。

クラシック音楽の境界線

©Koutarou Washizaki
――人生で一番感動したコンサートは? すぐに思い浮かんだものは、2007年2月、ベルリン・フィルハーモニで開催されたアルフレッド・ブレンデルのリサイタルです。フィルハーモニーの大ホールは2000人以上入るのですが、すぐに完売してしまい、追加されたステージ上の席で聴きました。前半最後にベートーヴェンの《ピアノソナタ第31番》を聴いたのですが、それがもう、この世のものとは思えないような音楽で、席から浮遊して天井に連れていかれるみたいな感覚になりました。感動しすぎて終わってもすぐに立ち上がれなくて、涙が流れました。 実はその日、自分の公演もあったのですが、風邪を引いて高熱がある中演奏したんです。でもそういった自分のコンディションや悔しさも全部忘れさせてくれました。本当にすばらしい音楽体験をしたあとというのは、疲れとか体調とか悪かったものが治るというか、忘れさせてくれますね。私も演奏会の後、お客さんに言われたことがあって、すごく嬉しかったのを覚えています。 ――ピアノの良さを、初心者の方にどう伝えますか? この黒い大きな楽器からいろんな音色が出せるということ。飛び跳ねている感じ、水が流れる感じなどいろんな表現の可能性があるところです。あとは同時にいくつもの音が鳴らせてひとりで何人もの役をこなせること。ピアノは小さなオーケストラだと言われますが、本当にそういった呼び方がぴったりな楽器です。弾く人によって音色も変わるし、同じ人でもタッチによって音の質感などが全然違うので、多彩な顔を見せてくれるのも魅力だと思います。 ――あらゆる時代の作品を網羅してきたと思いますが、クラシック音楽と他ジャンルの違いというのはどこにあるとお考えですか? 現代音楽だと「もはやこれはクラシックなのか」と思ってしまうものもありますし、例えばクラシックとジャズの違いについて正確に答えるのは結構難しい気がします。
©Stéphane Delavoye
難しいですね。ジャズも系譜をたどっていくと、ガーシュウィンはクラシックの延長線上で曲を書いていた人ですし、彼は“ジャズスタイルで演奏をする”という前提だったかもしれないけれど、全部楽譜を書いていましたからね。ラフマニノフだってジャズっぽい曲を書いていましたし、非常に難しい。どこからどこまでがジャズで、どこからどこまでがクラシックか、みたいに境界線を引くのは難しいですが、クラシック音楽というのはひとつひとつの音のニュアンスがさらに細かいような気がします。また一番違うのは、基本的に楽譜があって、作曲家が書いたものを忠実に弾くというアプローチをする点だと思います。ジャズだとある程度のコード進行があって、その中で自由に即興をして音楽を作るというスタイルじゃないですか。クラシック音楽って、長い歴史の中で大作曲家がいろんなルールやスタイルを築き上げて、そのスタイルを拡大したり崩してまた新しいものを作ったりしてきたものです。ルーツをたどってくと、やっぱりバッハとかバロック時代のシンプルな音楽につながっていく……そこも醍醐味かと思います。 ――例えば今ベートーヴェンが何百歳かで生きていて、エレキギターなども取り入れて楽譜を書いたらそれはクラシックなのでしょうか。 どうなんでしょうね(笑)。ベートーヴェンだったら革命的な音楽を書きそうですけどね。でもモーツァルトだったらそういうのは使わないんじゃないかなと、個人的に思います。 ――クラシックというとやっぱり“生の楽器をホールで聴いて”みたいなのはあるような気がするんですが、じゃあその境界線をどこに持っていくかって言ったら説明しきれなくなってしまいますね。 先ほど「クラシック音楽はニュアンスが細かい」と言った背景には、実はこんなことがありました。演奏動画の編集をクラシック専門ではない方に頼んだ時、ノーマリゼーションというのか、編集で音が平均化されて、私が付けていたニュアンスが無くなってしまっていたんです。おどろいて聞いてみたら、「動画編集の自動設定で、音量や音質などいろんなニュアンスをなるべく平均化するのが、ポップス業界ではよくあることなんです」と。それは困る、ということで直してもらったのですが、そういうところにクラシックと他のジャンルとの違いはあるんじゃないかなと思っています。 クラシック音楽は非常に繊細なニュアンスにこだわるジャンルです。p(ピアノ、弱く)が4つも5つもつくところからf(フォルテ、強く)が連なるところまで、幅広くニュアンスをつけるものがクラシックなのかなと思いました。探せば他のジャンルにもある気がしますが、一音一音にニュアンスが記譜されている作品もありますし、ここまできめ細やかに楽譜を書いているのは他のジャンルにはないんじゃないかなと思います。

「一期一会」の音楽の旅

――3月4日(土)に東京オペラシティコンサートホールで『アフタヌーン・コンサート・シリーズ』に出演されます。バロックから近代まで幅広くセレクトされていますが、今回のコンセプトは?
©Marc Bouhiron
『ナハトムジーク』というサブタイトルがありまして、夜の音楽を取り上げました。2月の初旬にフランスのナントで開催されるラ・フォル・ジュルネ音楽祭でも演奏するプログラムなんです。ラ・フォル・ジュルネのテーマが「夜」ということで考えたのがこのプログラムです。ラ・フォル・ジュルネはひと枠50分なので、「ドイツ系プログラム」と「フランス系プログラム」2つのプログラムを提案したのですが、結局は「ドイツ系プログラム」をナントで弾くことになりまして。それと同時に事務所から『アフタヌーン・コンサート・シリーズ』出演のお話をいただいたので、両方合わせたフルプログラムを披露したいと思いました。 ――“アフタヌーン”で“夜”というのはなかなか洒落ていますね。 ちょっと天邪鬼なので(笑)。コンセプトとしては、夜の音楽のイメージというと静かで穏やかで眠りに関係しているとか、怖くてダークなイメージがあると思うのですが、「それだけではなく、夜の音楽もこんなにバラエティに富んでいますよ」というのを提示したいなと。 最初の《G線上のアリア》で、“穏やかに夜眠る前に聴きたい音楽”という一般的なイメージから入り、次の《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》はかなり快活。どちらかというと“元気一杯な日中の音楽”という感じがしますが、モーツァルトは自分で『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』(夜の小さな音楽)というタイトルをつけています。どうしてかなと考えた時に、当時は電気は無くランプで夜を過ごしていた……そうなると行動範囲も限られているだろうし、夜に出歩くというのも命懸けだったと思うんです。誰かに襲われる危険もあっただろうし、どこかにつまづくとか川に落ちてしまうケースなんかもあるだろうし。家の中にいても何が起こるかわからない、という危険性もあった。そんな中で“夜の恐怖心や孤独を忘れさせるような快活な音楽”ということで、この《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》を書いたんじゃないかなと思いました。 そういった時代背景を感じた上で聴いていただくとより味わい深いものがあると思ったのですが、今回は私の編曲で弾かせていただきます。ピアニスティックに仕上げたいと思っているので、原曲を忠実に、というよりは、いろいろと音は加えようかなと考えているところです。 ――どんな感じになるか、少し教えていただけますか? 弦楽器が弾いていたものをそのままピアノに落とし込むと、なんだか少し音の層が薄くなってしまうんですよね。音数という意味ではなく“厚み”が足りないので、少し音を足すとか、音形を分散して動かすことをしようかなと考えてます。もしかしたら装飾的に新たなモチーフを入れるかもしれないし、モーツァルトは書いていなくても私なりの対旋律を追加してしまうかもしれないし。まだ“かも”という段階なのですけれど(※2022年12月21日取材時)、おもしろいことをやりたいなと思っています。 ――何百年も前に書かれたものではあるけれど、福間さんのフィルターを通して新たにその魅力を新しく提案するみたいな。 そうですね。でもあくまでアレンジなので、誰が聴いても原曲がわかるような形にはします。メロディやハーモニーは崩さないのですが、その中に新たなモチーフが見え隠れするみたいな感じにしようかなと。 ――個々の曲を見るとスタンダードな作品がラインナップされており、これまで何度も弾いてこられたかと思いますが、福間さんがもともと持っていた理想の姿に近づいて行こうとしているのか、それとも年齢を重ねるにつれ解釈が変わってきたようなところがあるのでしょうか。 「こういう曲だからこのまま……」ということは考えていません。本番が終わってまた新しいプログラムの中で弾くということになったら、コンセプトは変わります。気持ちの上での感覚が変わります。 例えばドビュッシーの〈月の光〉を弾きますが、今回の夜のプログラムで弾く場合のものと、オールドビュッシープログラムで《ベルガマスク組曲》全曲中の1曲として弾くものとは感覚が違います。解釈という意味ではそんなに変わらないのかもしれないけれどフィーリングが変わるので、そういった意味で演奏会は一期一会だなと思います。 〈月の光〉だけではなく、ラヴェルの〈オンディーヌ〉もシューマンの〈トロイメライ〉も組曲からの抜粋です。その抜粋を並べた時に生まれる繋がりも求めています。特にクララ・シューマンとロベルト・シューマンは夫妻という強い繋がりがありましたが、クララが結婚する前に10代なかばで書いた《ノットゥルノ》の冒頭のメロディを、ロベルトは後年に《ノヴェレッテ第8番》で引用しているんです。ロベルトはクララに対して作曲家としても惚れ込んでいるんですよね。このように、2人の愛の物語を描けるかなと思いました。
©T.Shimmura
またドビュッシーの〈月の光〉とラヴェルの〈オンディーヌ〉はどちらも詩を元にした作品なんですよね。私の中で〈月の光〉のイメージは湖に映る月を反映した光なのですが、オンディーヌも“水の精”という意味なので“夜の水の情景”という繋がりがあります。調性的にも〈月の光〉が変ニ長調で終わるのに対して、〈オンディーヌ〉は異名同音の嬰ハ長調で始まります。 ――なるほど、本当にすべてがここでしか聴けない音楽になりますね。 そうですね。ショパンとフォーレも類似するところがあるし、並べて弾くことで互いの特色の違いを楽しんでいただけたらなと思います。 ――とても楽しみです。最後に、演奏会にいらっしゃる方にメッセージをお願いします! 毎回毎回、一期一会という気持ちでリサイタルに取り組んでいますが、今回のプログラムは本当に思い入れがあります。そして何といってもオペラシティのコンサートホールという、すばらしいホール! このホールでコンチェルトは何回か弾いていますが、ソロリサイタルは今回が初めてです。あんなにも天井が高く設計されている空間で、どこまでスタインウェイのピアノを響かせられるか楽しみです。先ほどの“夜がテーマの曲”のバラエティの豊かさ、恐ろしさや癒しもあれば、ロマンスも見えたり……前半をドイツ系、後半をフランス系でまとめているのですが、ドイツやフランスだけではなくて、多様な幻想世界を一緒に旅行できたら嬉しいですね。 (取材・文 坂井孝著)

今後の公演情報




公演名 アフタヌーン・コンサート・シリーズ 2022-2023
福間洸太朗 ピアノ・リサイタル
日時 3月4日(土) 13:30開演(12:50開場)
会場 東京オペラシティ コンサートホール
出演 [ピアノ]福間洸太朗
プログラム J.S.バッハ(ジロティ 編):G線上のアリア モーツァルト(福間洸太朗 編):アイネ・クライネ・ナハトムジーク クララ・シューマン:ノットゥルノ R.シューマン:《幻想小曲集》より〈夜に〉〈夢のもつれ〉、《子供の情景》より〈トロイメライ〉 グリュンフェルト:ウィーンの夜会、J.シュトラウスⅡの《こうもり》のワルツ主題による演奏会用パラフレーズ ショパン:ノクターン 第2番 Op.9-2、第13番 Op.48-1 フォーレ:ノクターン 第5番 Op.37 ドビュッシー:《ベルガマスク組曲》より〈月の光〉 ラヴェル:《夜のガスパール》より〈オンディーヌ〉 サン=サーンス(リスト 編):死の舞踏
チケット 全席指定:5,000円
詳細 こちらから
お問い合わせ ジャパン・アーツぴあ TEL:0570-00-1212(10:00~16:00)

福間 洸太朗(Fukuma Kotaro) 220歳でクリーヴランド国際コンクール日本人初の優勝およびショパン賞受賞。 パリ国立高等音楽院、ベルリン芸術大学、コモ湖国際ピアノアカデミーにて学ぶ。 これまでにカーネギーホール、リンカーン・センター、ウィグモア・ホール、ベルリン・コンツェルトハウス、サル・ガヴォー、サントリーホールなどでリサイタルを開催する他、クリーヴランド管弦楽団、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、フィンランド放送交響楽団、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団、トーンキュンストラー管弦楽団、NHK交響楽団など国内外の著名オーケストラと多数共演、50曲以上のピアノ協奏曲を演奏してきた。2016年7月には故ネルソン・フレイレの代役として急遽、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団定期演奏会において、トゥガン・ソヒエフの指揮でブラームスのピアノ協奏曲第2番を演奏し喝采を浴びた。また、フィギュア・スケートのステファン・ランビエルなどの一流スケーターとのコラボレーションや、パリにてパリ・オペラ座バレエ団のエトワール、マチュー・ガニオとも共演するなど幅広い活躍を展開。 CDは「バッハ・ピアノ・トランスクリプションズ」、「France Romance」、「ベートーヴェン・ソナタアルバム」(ナクソス)など、これまでに18枚をリリース。 そのほか、珍しいピアノ作品を取り上げる演奏会シリーズ『レア・ピアノミュージック』のプロデュースや、OTTAVA、ぶらあぼweb stationでの番組パーソナリティを務め、自身のYouTubeチャンネルでも、演奏動画、解説動画、ライブ配信などで幅広い世代から注目されている。多彩なレパートリーと表現力、コンセプチュアルなプログラム、また5か国語を操り国内外で活躍中。テレビ朝日系「徹子の部屋」や「題名のない音楽会」、NHK テレビ「クラシック音楽館」や「クラシック倶楽部」などメディア出演も多数。第39回日本ショパン協会賞受賞。 福間洸太朗 公式サイト 福間洸太朗 公式ファンクラブ

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