箏アーティスト LEOの進む先にあるもの

BLUE NOTE TOKYO デビューにあたって

 邦楽界の寵児、若き箏アーティストのLEOがBLUENOTE TOKYOデビューを飾る。さぞ緊張感が高まっているかと思いきや、余計な気負いやプレッシャーはないようで、本人はいたってフラットに心境を語ってくれた。今回の公演ではいわゆる “日本っぽい” “和風の旋律” は一切ない。プログラムに並ぶのは、坂本龍一やアルメニアのジャズ・ピアニストのティグラン・ハマシアンといった、LEOが敬愛する作曲家の作品たち。これは決して奇をてらっている訳ではなく、意外にも坂本やティグランはLEOの箏奏者としてのあり方に影響を与えているのだとか。彼がこうして自身の専門の外側にある音楽をもすんなりと自分のフィールドに引き込めるのはなぜだろう? 「そもそもジャンルを問わず音楽が好きなんです」そう淡々と語りながらも、見据えるのは箏アーティストとしてのさらなる進化だった。

いい意味で “期待を裏切りたい”

――BLUE NOTE TOKYOでのデビューとなる今回の公演ですが、どんな内容ですか? また、あのステージで箏の演奏を聴くことができるのは相当貴重なのではないでしょうか?

そうですね。BLUE NOTE TOKYOのステージでメインキャストとして箏を演奏するのは、初めてになるようです。そこでプログラムも、普段のコンサートとは一味違うものを考えています。例えば、僕の一番好きな作曲家である坂本龍一とティグラン・ハマシアンの2人の作品を演奏しますし、他にも自作曲の初演も予定しています。そして編成はヴァイオリン、チェロ、ピアノが加わったカルテットでお届けする予定です。

――カルテットのメンバーにはヴァイオリンのビルマン聡平さん、チェロの伊藤ハルトシさん、ピアノのロー磨秀さんが参加されています。どのような経緯で実現したのでしょうか?

伊藤さん、磨秀さんとは共演経験があります。ビルマンさんとは今回初めてですが、みなさんジャンルをクロスオーバーするような活動をされていらっしゃるところに共感しています。例えばチェロの伊藤さんは、もともとはクラシック音楽の勉強をされて、そこから色々なジャンルの音楽を演奏されるようになったり、ピアノの磨秀さんも同じくクラシック音楽をベースにポップスと両方のフィールドで活動されています。

――弦楽器、ピアノそして箏という組み合わせですが、どんな響きになるのでしょうか?

いずれの楽器ともデュオでの経験はあるんですけれども、この編成のカルテットでの演奏は今回が初めてになります。実は、以前からずっと響きのイメージはあって、いつかこういう公演がやりたいなと思っていたのです。彼らは箏にはない要素を担ってくれます。箏だけでは表現できないところもカバーできるので、お互い補い合いながら音楽を作っていけるといいなと思っています。

 

例えば、ピアノが入ることで和声や低音の部分で音響の厚みが増し、鍵盤が長い分、倍音も鳴りやすくて響きの余韻が生まれるため演奏に華やかさが出ますね。ヴァイオリンやチェロのロングトーンも演奏する上で良い支えになります。あと弦楽器と箏の組み合わせって音色の相性がすごくいいんです。そういう同質の音色の楽器同士のやりとりも注目してもらえたら嬉しいです。

――そんな音色で聴く坂本龍一やティグランの作品、今からとても楽しみなのですが、当然この編成のためのアレンジになると思います。どんな仕上がりになりそうでしょうか?

アルバム「In A Landscape」に入っている《1919》をアレンジしてくださった篠田大介さんが担当してくださいます。篠田さんって、箏のことをよくわかっていらっしゃるのはもちろんですが、アレンジする際にありがちな「箏に遠慮する感じ」というか、「箏っぽいところを作ってあげよう」みたいなスタンスではないのです。もちろんそれも素敵に仕上がることもありますが、篠田さんの場合は「箏らしさ」を意識しすぎていないので、とてもバランスが良いんです。また、今回は篠田さんのオリジナル作品も演奏する予定です。

アレンジは篠田さんの他に、大学時代に出会った同世代の作曲家でこれまでもいろいろとご一緒してきた、冷水乃栄流(ひやみず・のえる)さんにもお願いしています。

――今回は自作曲もあるとのことですが、作曲はいつからされていたのでしょうか?

高校の頃から作曲をしていました。もともと邦楽の世界、歌舞伎の音楽もそうですが、そこでは作曲家が書いた作品を演奏するのではなくて、演奏家が曲を書くことが当たり前だという文化がありました。箏だと宮城道雄など(箏と尺八で演奏する《春の海》の作曲者)、戦前に作られて今では古典として残っている曲も全部演奏家が作曲していました。分業するようになったのは1920~30年代に西洋の文化が入ってきてからで、そういう歴史的な背景もあって自分で曲を書くのはわりと自然な行為でもあったんですね。当時からクラシックなど聴いていたので、ピアノの儚いメロディを箏でやると合うんじゃないかとか、他にもギターの曲を箏でやる場合は低音の十七絃(17本の絃をもつ箏)を使うことで、ギターとはまた違った表現ができるのではないかなど、こうやっていろいろなところからアイデアをもらって箏の演奏に置き換えたりすることは作曲をするうえでよくある流れです。今回は、《DEEP BLUE》と《空へ》という箏のソロ作品と、ヴァイオリンとのデュオの新曲を演奏します。

――LEOさんオリジナル作品はファンタジックで素敵なものばかりですが、新曲も非常に楽しみです! ここまでお話を伺ってきて、聴きどころ満点の公演になりそうな予感がしています。

もし今回初めて箏の演奏を聴く方がいらっしゃるとしたら、いわゆる箏っぽくない作品ばかりなので驚かれるかも知れません(笑)。また今まで僕の公演を聴いてくださったことがある方にとっても、新鮮に感じるところもあるでしょう。今回のステージでは、良い意味で期待を裏切りたいと思っています。

デビュー当時の自分では想像できなかった、BLUE NOTE TOKYOでのライブ

――LEOさんは2017年にデビューをされてからここまで約5年になりますが、今回のライブはご自身のキャリアの中でどんな位置付けになるでしょうか?

当時の僕が見たら多分、今回のような公演ができるなんて信じられないと思います。取り上げる作品はいずれも「これを箏で弾くの?」というものばかり(笑)。当時から坂本龍一の音楽など好きで聴いてはいましたが、だからといってそれを箏で演奏できるとは思っていなかったのです。

――それがここまで多様な活動をされるようになったのって、どうしてですか?

一番は想像力が豊かになったことですかね。以前は、箏で表現できるのはここまでぐらいかな、という意識が自分の中にあったんです。オーケストラの中に入っても、結局音量で負けてしまうとか、こういう(古典)作品を弾いているだけでいいという保守的な考えも多少ありました。けれど経験を積んでいくなかで少しずつそうした壁が壊れていきました。視野が広がったというのが昔との違いですね。

実は、デビュー当時はピアノとの共演ですらあまりうまくいかないだろうなって思ってました。実際、箏とピアノの編成による作品はほとんどないんですよね。箏の音がピアノの響きにのまれやすいということもあるのですが、弾き方を工夫したり時にはPAを駆使しながらやっています。あと、箏を置く台がありますが、従来のものより余韻がもっと長く伸びるように自分で開発して作りました。それはピアノからインスピレーションを受けたんですよ。

――今ではLEOさんといえば箏と邦楽楽器以外の楽器とのアンサンブルを積極的にされていらっしゃるという印象ですが、前例が少ない分、これまでにさまざまな課題をクリアしてこられたのですね。演奏される曲も古典的な作品に限らずクラシック、現代音楽、ポップス、今回に至ってはその範囲がJAZZにまで広がった訳ですけれども、やはり「新しいことへの興味」というのがあるのでしょうか?

 

僕が箏に出会ったのは、たまたま学校の授業で触れたことがきっかけなんです(以前のインタビューはこちら )。当時から音楽全般が好きでよく聴いていました。だから箏が入らない音楽も好きだし、他の楽器に対してもいいなあって思うところはたくさんあります。今は自分の表現媒体は箏ですけれども、例えば「普通この曲は箏で弾かないよね」という曲を選ぶのは、何か新しいことをやってやる、というよりかは自分が好きな音楽をやりたいという思いの方が先にあります。それがたまたま箏ではあまり演奏されていない、というだけだと思うんです。だから感覚としては「ジャンル超えて新しいこと挑んでいる」というよりかは、自分が好きな音楽をちゃんといい形で作りたいと思って進めた結果、新しく見えているのだと思いますね。

坂本龍一とティグラン・ハマシアンに憧れて

――坂本龍一とティグラン・ハマシアンがお好きだという理由を、ぜひ教えてください! ご自身の活動への影響もあるのでしょうか?

めちゃめちゃあります(笑)。坂本さんは、YMOからはじまりその後映画音楽、実験音楽、アンビエントまで、さまざまな作品を作ってこられましたよね。僕はその幅広い活動の中にも彼の音楽には芯があるように感じていて、そういう強さをお持ちのところに惹かれています。もちろん、最初は純粋に曲が好きで聴いていたんですけどね。ティグランも同様です。もともと彼の曲が好きでした。アルメニアの民謡をJAZZに昇華させたり、自分が親の影響で聴いていたロックも作品に活かしている。そういう自分のルーツを音楽に活かすことができているところに憧れています。

――LEOさんにしかできないことといえば、これまでのいろんなインタビューで「箏のレパートリーを作りたい」と語っていらっしゃいます。こうした考えは、今回の公演のように箏の可能性を広げるような活動にもつながるのではないかと思います。この点についても聞かせてください。

そうですね。昨年開催したリサイタルでも、作曲家の藤倉大さんや坂東祐大さんに委嘱した作品を初演しました。こうした活動を今後も続けていくことで、将来「古典」として残っていく作品が生まれていくだろうなと感じています。ちなみに、藤倉さんにはリサイタル前にも「Ryu」という作品を書いていただき、すでに別の奏者の方が弾いてくださっていて、これはもう100年後も残る作品になるだろうと確信していますよ。

一方で、箏と他の楽器のアンサンブルをしていくことも続けていきたいと思っています。60~70年前にも僕の師匠である沢井一恵先生と沢井忠夫先生、尺八の山本邦山先生たちがそういった試みをされたのですが、以降定着することはなかったのです。今回の公演もヴァイオリン、チェロ、ピアノという西洋楽器とのアンサンブルですが、こういう編成だと和楽器だけだと出せない音の世界を作れることが魅力的です。だから、コラボレーションを積極的にやっていくことで、和楽器を入れた作品が増えたり、逆に別の楽器の方から和楽器を入れたいと呼んでもらえるようになったらいいなと思っています。

“NEW GRID”だからこそ、全ての曲を知らなくても楽しめる

――今回の公演タイトルは “NEW GRID”ですが、どのような想いが込められているのでしょうか?

例えば、エクセルとかで新しくセルを追加したりしますよね、あれです(笑)。今まである音楽ジャンルには色々なカテゴリがあると思いますが、そこに新しい“欄”を僕自身が追加する、そんなイメージです。

ジャンルという言葉は今回の話でもたくさんでてきてますけれども、ジャンルで分けて考えてしまうことで、その音楽に眠る他の音楽との関連性が見えづらくなってしまうと思うんです。「これはロックだ」と思って聴いてしまうと一方の側からしか見えなくなってしまいますよね。

――ちょうどデビュー当時のLEOさんのように?

そう(笑)。もちろん分けることで説明しやすいという利便性はあるのですが、僕は曲を聴いたりプログラムを組んだりするときはジャンルのことはあまり意識しないようにしています。ぜひ、今回会場にいらっしゃる方もそういうマインドで足を運んでいただけると、新しい発見があるのではないかと思います。

――今回お話を伺ってみて、LEOさんが時代を問わず色々なジャンルの音楽から影響を受けていらっしゃることがよくわかりました。だからこそ、BLUENOTE TOKYOでの公演はこれまでのカテゴリでは括れないようなものになるはずなので、「箏を聴きにいく」とか「ジャズを聴きにいく」とか考えずに音楽に向き合ってもらえるといいかもしれませんね。

そうですね、今回のラインナップは新曲からアレンジものまであるので、最初から「全部知ってる、全部の曲が好き」という方はなかなかいらっしゃらないと思います。ひとつでも興味を持ってもらえる曲があったら、最終的にコンサートが終わったあとは全部が好きになってる、という感覚を持ってもらえたらとても嬉しいです!

(取材・文 北山奏子)

LEO オフィシャルホームページ

公演名 LEO -NEW GRID-
日時 3月18日(金)
[1st]18:00開演(17:00開場)
[2nd]20:30開演(19:45開場)
会場 ブルーノート東京
出演 [箏]LEO
[ヴァイオリン]ビルマン聡平
[チェロ、ギター]伊藤ハルトシ
[ピアノ]ロー磨秀
チケット 7,000円~
お問い合わせ ブルーノート東京
TEL:03-5485-0088
(平日12:00~19:30、土日&公演日12:00~18:30、休演日12:00~17:00)

詳細はこちら

LEO(今野玲央)

1998年横浜生まれ。横浜インターナショナルスクールで9歳の時に箏と出会い、音楽教師であり箏曲家のカーティス・パターソン氏の指導を受け、のちに沢井一恵氏に師事。14歳で「全国小中学生箏曲コンクール」グランプリ受賞。16歳で「くまもと全国邦楽コンクール」史上最年少 最優秀賞・文部科学大臣賞受賞。
一躍脚光を浴び、2017年、19歳でファーストアルバム『玲央1st』でメジャーデビュー。2018年に2ndアルバム『玲央 Encounters : 邂逅(かいこう)』、2019年、カバーアルバム『玲央 RE BORN』リリース。これまでにEテレ「にっぽんの芸能」、MBSドキュメンタリー番組「情熱大陸」、テレビ朝日「題名のない音楽会」、など多くのメディアに出演。秋山和慶指揮 東京フィルハーモニー交響楽団、沖澤のどか指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団でソリストを務める。2019年 「第29回出光音楽賞」、「第68回神奈川文化賞未来賞」受賞。現在、沢井箏曲院講師。東京藝術大学在学中。
(オフィシャルホームページより)

LEO オフィシャルホームページ

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