カルテット特集第5回
弦楽四重奏曲の拡散
国民楽派・印象派の弦楽四重奏曲

 カルテット特集では、8月31日に開催される「ららら♪クラシックコンサートVol.11 ソリストたちのカルテット~千住! 石田! 飛澤! 長谷川! 大御所ズ☆室内楽~」にむけて、弦楽四重奏曲の歴史を紐解きながらその魅力を紹介しています。
 これまで、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトと、クラシック音楽の本場、ドイツ・オーストリアの作曲家の弦楽四重奏曲をご紹介いたしました。今回は、時代を19世紀後半に進めつつ、チェコやロシア、フランスなど、ドイツ以外の作曲家の作品に注目してみましょう。

ロマン派の弦楽四重奏の低迷

 シューベルトはベートーヴェンの《弦楽四重奏曲第14番》を聴いて、「これ以上我々に何が書けるのだろう」と語りましたが、その言葉の通り、ロマン派では弦楽四重奏曲はあまり書かれませんでした。ベートーヴェンの偉大な作品群が枷となって、このジャンルの作曲を敬遠させたと考える研究者もいますが、標題音楽が誕生し、華やかな舞台が好まれたこの時代に、弦楽四重奏曲という渋い編成自体、あまり人気がなかったのかもしれません。それでも、多くの有名な作曲家が弦楽四重奏曲をそれなりに残しています。メンデルスゾーンに7曲、シューマンは3曲、ブラームスも3曲…。しかし、かつてのベートーヴェンやハイドンのように、このジャンルに人生を賭け、新しい世界を切り開いた、というほどの重みは感じられません。弦楽四重奏を真に個性的に開拓したのは、むしろベートーヴェンの影響から少しでも離れ、それぞれの土地の文化の強みを存分に生かせるドイツ・オーストリア以外の作曲家でした。クラシック音楽の本場をドイツ・オーストリアとしたとき、ロシアやフランス、チェコなどの周辺諸国は辺境の地でした。しかし、だからこそ、それぞれの土地の文化の魅力を生かして作品を作ろう、とした動きも活発になり、それらは国民楽派や印象派として開花することとなります。今回は、国民楽派・印象派の作曲家の残した個性あふれる弦楽四重奏曲をご紹介いたします。

この上なく美しい旋律と斬新な響き、ボロディン《第1番》《第2番》

 ロシア5人組の中で、弦楽四重奏の傑作を残したのは、ボロディンだけです。ボロディンは2作の弦楽四重奏曲を残しましたが、そのどちらも魅力的です。《第1番 イ長調》は、ベートーヴェンの《第13番 変ロ長調》第6楽章の展開部の旋律を主題として借用しており、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲への接近が見られるものの、その音楽は完全にボロディンのものとなっています。この作品で特筆すべきは第3楽章スケルツォのトリオ部分。ハーモニクス(倍音を使った高音を鳴らす奏法)を駆使し、まったく異世界のような響きを表現しています。私はこれこそ、ボロディンの開拓した弦楽四重奏というジャンルの音色の上での新境地だと考えています。
 《第2番 ニ長調》も名曲中の名曲で、特にその第3楽章「夜想曲」はこのジャンル全体を見渡しても屈指の人気作です。とりわけ第1楽章は、“完璧な旋律美”を持っており、その流麗な旋律は、全ての流れが必然性を帯びており、その完成された旋律は、シューベルトの《死と乙女》第1楽章に匹敵するでしょう。

土臭さが光る、ドヴォルザーク《第12番「アメリカ」》

 チェコの作曲家、ドヴォルザークは、14曲も弦楽四重奏曲を残しています。中でも最も有名なのは《第12番 ヘ長調「アメリカ」》。晩年にアメリカに渡ったドヴォルザークは、《新世界》や《チェロ協奏曲》など、ネイティブ・アメリカンや黒人霊歌などの音楽が彼の音楽性と結びついた独自の作風による傑作を多く残しています。この《アメリカ》もそんな時期に作られ、土着の音楽へのオマージュがふんだんに込められています。ドヴォルザークの音楽は“土臭い”という表現がよくされますが、この言葉は彼の音楽を非常に的確に表したものです。“土臭い”は、田舎っぽい、やぼったい、という意味でよく使われますが、決して悪口ではなく、人間味があって、芸術の持つ生真面目な一面から吹っ切れたような、生々しい魅力がある、ということです。《アメリカ》の冒頭の主題は、いきなり民謡調の五音音階の主題で始まりますが、それをヴィオラに担当させているところがまた、音色のセンスを感じるところです。

印象派の繊細な音の世界、ドビュッシー、ラヴェルの弦楽四重奏曲

 フランスの作曲家、ドビュッシーも《弦楽四重奏曲》を残しています。全音音階や五音音階、教会旋法を駆使し、ドイツ的な機能和声の美学とはまた違った音楽構造を目指したドビュッシーですが、この《弦楽四重奏曲》は、ドビュッシーがこうした独自の音楽へと踏み出した第一歩ともなる非常に重要な作品です。

ドビュッシー:弦楽四重奏曲 / Faust Quartett

 第1楽章から、ヒポフリギア旋法(教会旋法の一つ)で主題が構成されており、この主題は他の楽章でも登場します。まったく同じ旋律なのに調的な働きが異なるなど、非常に繊細に作りこまれています。第2楽章もまた、オスティナート(同じ音型を繰り返すこと)を多用し、どこか異国的な踊りを思わせます。全曲を通して、自由な形式で書かれており、このことも脱ドイツ的で、独自性を感じます。
 ドビュッシーの後輩、ラヴェルにも《弦楽四重奏曲》があります。上行する音階に支えられて、泉が湧き出るように主題が奏でられます。この冒頭を聴いただけで、多くの人はこの作品の夢想的な雰囲気にうっとりするでしょう。この冒頭の旋律は、全曲を通して重要な旋律となっています。その後続くリズミカルな第2楽章、霧掛かったような神秘的な第3楽章、嵐のような第4楽章と、どれも魅力的な音楽です。

ラヴェル:弦楽四重奏曲 / SacconiQuartet

その他の国民楽派・印象派の弦楽四重奏曲

 上で紹介した以外にも、多くの独創的な作品が多数あります。その中で有名なものをいくつかご紹介いたします。
 チャイコフスキーには、3曲の弦楽四重奏曲がありますが、中でも《弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調》は、その第2楽章が「アンダンテ・カンタービレ」として単体で演奏されるほど人気です。あまりにも美しいこの音楽は、クラシック音楽の枠を超え、あらゆるジャンルのアーティストに演奏されています(8月31日のららら♪クラシックコンサートVol.11でも演奏予定)。

NAXOS JAPAN(ナクソス・ジャパン)公式チャンネルより

 ノルウェーの作曲家、グリーグの《弦楽四重奏曲 ト短調》もまた、冒頭の重音奏法を駆使した圧迫感は斬新で印象的。
 イギリスのヴォーン・ウィリアムズは2曲の弦楽四重奏曲を書いています。《第1番 ト短調》は印象派風の作品ですが、その中にも彼らしい、イギリス民謡風の箇所も散見されます。《第1番》から30年以上の期間を空けて作曲された《弦楽四重奏曲第2番 イ短調「ジーンの誕生日に」》は前作とは作風ががらりと変わり、暗く重い印象を与える作品ですが、どこか聖歌のような荘厳さがあり、魅力的です。

次回は新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲をご紹介します!

(文・一色萌生)

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