カルテット特集第4回
シューベルト《弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」》を通してみる
弦楽四重奏の魅力

 カルテット特集では、8月31日に開催される「ららら♪クラシックコンサートVol.11 ソリストたちのカルテット~千住! 石田! 飛澤! 長谷川! 大御所ズ☆室内楽~」にむけて、弦楽四重奏曲の歴史を紐解きながらその魅力を紹介しています。
 前回はベートーヴェンの行きついた至高の芸術作品、後期弦楽四重奏曲をご紹介しました。今回は、ベートーヴェン存命中に活躍したシューベルトの弦楽四重奏曲《死と乙女》を軸に、そこから弦楽四重奏と弦楽合奏のそれぞれの響きの違いと魅力を考えていこうと思います。

歌曲王シューベルトの書いた弦楽四重奏曲《死と乙女》

 ベートーヴェンの存命中に、彼の《弦楽四重奏曲第14番》を聴いて、「これ以上我々に何が書けるのだろう」と心中を語った人物がいます。シューベルトです。シューベルトには15番まで番号が付けられた弦楽四重奏曲が残っていますが(※)、その全てが、彼がベートーヴェンの《第14番》を聴くよりも前に作曲されています。中でもひときわ有名で、魅力的な作品が、《弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調「死と乙女」》です。

※15番までの番号が付いていますが、実際には散逸・未完成作品も多く、シューベルトが何作の弦楽四重奏曲を書いたのかははっきりしません。

シューベルトの銅像

 この作品は、第2楽章に、自身の歌曲《死と乙女》を基とした変奏曲が置かれており、そのことから「死と乙女」の愛称で呼ばれます。さすがは“歌曲王”です。第2楽章に限らず、曲全体に歌謡的な主題が多く顔を出し、シューベルトの最も得意な分野で、この弦楽四重奏といういぶし銀な世界を華やかに彩っていると感じます。また、第1楽章冒頭の非常に印象的な冒頭のリズムモチーフは、この歌曲《死と乙女》の伴奏の変形によるものです。この印象的なモチーフで始まる第1楽章が非常に魅力的で、すべての旋律のつながりが“こうでなければならない”というような必然性を持っているように感じます。

ソロ弦楽器のみずみずしい音の魅力

 さて、私はこの「カルテット特集」の第1回で、弦楽四重奏曲の魅力として、以下の2つを挙げました。一つには、同質の楽器によるアンサンブルであるがゆえに、純粋に音楽の骨格が楽しめること。もう一つは、その限られた音色の中で、各作曲家の表現の豊かさの芸が存分にみられることです。しかし、あと一点、重要な魅力を語り忘れていました。それは、弦楽器のソロの持つ、直線的なみずみずしい音色を楽しめることです。弦楽器は、その複雑な倍音の関係で、弦楽合奏など複数人で同じパートを弾く音色と、弦楽四重奏のように1パートを一人で弾く音色は、全く違ったものになります。それぞれに良さがあり、複数人では温かみがあり重厚で壮大な響きが、ソロでは線のくっきりした、みずみずしい音色が楽しめるのです。弦楽器の場合、人数が増える=単純に音量が大きくなる、ということではなく、むしろ音色を変化させるという意味合いの方が強く、トゥッティのヴァイオリンより、ソロ・ヴァイオリンの方が際立って聞こえることも多いのです。弦楽四重奏曲は、弦楽器のソロの音色によるアンサンブルを楽しめる絶好の編成です。
 このアンサンブルの音の魅力を存分に生かした作品が、シューベルトの《弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」》です。冒頭の全楽器でのユニゾン(違うパート同士が同じ音を演奏すること)のD(レの音)の強奏は、ソロのくっきりとした音色でこそ、その迫力を感じられるものです。冒頭のDのユニゾンの後、高音と低音でDの音は保続され、非常に決然とした迫力を見せつけます。その次の同じモチーフも、完全5度の耳をつんざくような音色がし、この部分だけでシューベルトの天才性が見て取れます。

弦楽四重奏と弦楽合奏

 この《第14番「死と乙女」》ですが、後にマーラーによって弦楽合奏に編曲されています。弦楽合奏版とオリジナルを聴き比べるとよくわかりますが、冒頭のスピード感と直線的な迫力が薄れ、多少もやもやとした感じに聞こえるのがわかるかと思います。その代わりに、重厚で壮大な感じが出ており、それだけでずいぶんと印象が変わって聞こえます。弦楽四重奏曲を弦楽合奏に編曲するというのは、一見すると単に楽器を増やす、というだけに見えますが、実はその曲のアイデンティティを変えてしまうほどの大きな改変なのです。
《死と乙女》のように、弦楽四重奏が弦楽合奏に編曲されて演奏される例は多くあります。前回ご紹介した、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲も、たびたび弦楽合奏で演奏されます。また、20世紀の作曲家、ベルクの弦楽四重奏のための作品《抒情組曲》には、作曲家自身がそこから3楽章を抜き出して弦楽合奏版にした《抒情組曲からの3章》があります。オリジナルの《抒情組曲》と弦楽合奏版《抒情組曲からの3章》ではずいぶんと印象が変わり、パッと聴くと同じ曲だと気づかないほどです。ベルクの師匠、シェーンベルクの弦楽六重奏曲《浄夜》も作曲者自身による弦楽合奏版が存在します。《浄夜》のような後期ロマン派風の作品は、弦楽合奏編曲版の方が、よりダイナミックでロマンチックな魅力が引き出されているように感じます。
 弦楽四重奏(または弦楽六重奏などの室内アンサンブル)と弦楽合奏。使われている楽器は一緒でも、その量が変わるだけで全く違った世界が表現できるのです。弦楽器って、奥が深いですね。

次回は、国民楽派・印象派の弦楽四重奏曲をご紹介します!

(文・一色萌生)

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