カルメンの国に魅せられて

加藤のぞみ

 運命に導かれてスペインに住むことになったメゾソプラノ歌手。日本でも昨年、ビゼー作曲《カルメン》の魅惑的な主人公を歌い注目を集めた。コロナ禍で一時は気分も落ちこんだけれど、人とのつながりを信じて歌の道を進んでいく。

オペラの中のオペラ、《カルメン》を歌って

――加藤さんは昨年10月に神奈川県民ホール他で《カルメン》のタイトルロールを歌われました。19世紀のスペインから現代アメリカのショービジネスの世界に設定を移した演出が話題を呼びましたね。加藤さんのカルメン役も高い評価を受けました。

  

カルメンを歌うのは初めてでした。コンサートやオーディションで、《カルメン》の中からの曲を歌わせていただいたことはありましたが、今回が全幕のロール・デビューだったのです。それもあって音楽稽古などが始まるずいぶん前から力を入れて準備をしていました。この役を歌うのが夢でしたから本当に嬉しくて。それにスペイン在住の私が、スペインの代名詞のような《カルメン》を歌うということでもありましたので。

稽古が近くなり、演出の田尾下哲さんから「今回はショービジネスの世界でいきますから、よろしく」とご連絡をいただきました。《カルメン》がショービジネス?と不思議に思っていたら衣裳の写真が届き、「ああ、なるほど!」と。舞台はショービスの世界でスターに昇りつめるためのオーディションから始まるんです。ダンスもあるとのことで、これは体力的にもかなり大変だと思い、走り込んだりして身体をつくって稽古に臨みました。でも、やはり想像していた以上に大変で。本来、カルメン役が登場するのはオペラが始まってしばらく経ってからなのですが、あの有名な序曲からもうダンスのシーンとしてカルメンが登場するのです。稽古の最初の2、3週間は一声も出さずにひたすらダンスを覚えました。さすがに大変で途中で心が折れそうになりましたが(笑)、いったんダンスが身体に入ってからは音楽や演技に集中して稽古に挑めました。

――まるで映画かミュージカルのような舞台だったのですね。

はい。でも、そのおかげでしょうか「オペラを観るのは初めてです」というお客様がたくさんいらっしゃって。「オペラは敷居が高くて行きにくかった。今回、勇気を出して行ったらすごく面白かったです」と言ってくださるお声が何人もの方から届き、とても嬉しかったです。

昨年10月に出演したビゼー《カルメン》より

――《カルメン》という作品の魅力はどこにあると思いますか?

楽譜に全部書いてあるんですよね。楽譜通りに歌えば気持ちも入るし、カルメンになりきれる。引き込まれているうちに、もう終わった!と感じるオペラです。私はフラメンコが好きで、コロナが流行する前はスペインでよく観に行っていたのですが、ダンサーの顔つきや妖艶な感じが音楽に見事に溶け合っている。ビゼーの《カルメン》を聴くと、フラメンコのカント(歌)とギターの演奏を思い起こさせるものがあります。スペイン人の友人たちにも聞いてみましたが、彼らもビゼーの音楽には本当にスペインを感じると感心していました。

運命に導かれてスペインへ

――加藤さんはどういうきっかけでスペインを中心に演奏活動をするようになったのですか?

私は今、スペインに住んでいますけれども、そうなる前はこの国に来るなど予想もしていなかったです。もともとは音楽大学の大学院を終了してからイタリアのパルマに留学したんです。2年間そこで勉強し、素晴らしい先生方にも出会うことができました。コンクールやオーディションを受けるようになり、歌の先輩から、スペインのテネリフェ島で夏季限定のアカデミーが開催されることを聞いたんです。テネリフェ島が地理的にどこにあるのかすら知らないくらいだったのですが、実際に行ってみるとモダンな素晴らしい歌劇場が海のすぐそばにありました。アカデミーの音楽監督は、名ソプラノのマリエッラ・デヴィーアさんの専属ピアニストとしても知られる方で、私は2ヶ月間そこで過ごしワークショップとロッシーニの《ラ・チェネレントラ》公演にティスベ役で参加しました。その後、テネリフェ島でデヴィーアさんが演奏会形式のドニゼッティ《アンナ・ボレーナ》で出演される時に劇場からスメトン役をオファーしていただいたんです。

――アカデミー受講がその後の出演に結びついたんですね?

そうです。テネリフェの歌劇場支配人は私のことをとても評価してくださり、「のぞみ、君はこれからもっとヨーロッパで歌わなければ」と。その時、私はパルマ音楽院のコースが終わるところで、もっとヨーロッパにいたいと悩んでいたのです。そうしたら、バレンシア歌劇場に若い歌手のためのアカデミーがあるという情報を得ることができて。

――バレンシア歌劇場のアカデミーということは、つまり歌劇場の研修所ですね?

そうですね。オーディションを受けて合格すると普通は1年、その時点で再び試験を受けて合格すると最長で2年間在籍できます。私は2年間研修しました。声楽コーチが専任でつきレッスンを定期的に受けられる他、俳優による演技のマスタークラス、そして劇場に出演するプロのオペラ歌手たちのマスタークラスも数多く受講しました。コンサートやオペラ公演への出演もあったんです。

バレンシア歌劇場の研修所時代

――恵まれた環境ではありますが、同時に勉強の量がとても多かったそうですね?

アカデミーの初日に、まず楽譜の厚い束を渡されました。「明日からコンサートのリハーサルがあるからこれを全部譜読みしてきてね、できたら暗譜をしてきて。明日からのリハーサルは演出稽古だから」と。えええ〜!?って思いました。他の歌手たちもびっくりして、皆で必死に勉強をしました。そこで活かされたのが日本の音楽教育の素晴らしさです。日本では音楽大学に入る前から、ピアノを勉強したりソルフェージュの教育を受けたりしている場合が多いですし、私も子供の頃からピアノを習っていました。ヨーロッパの歌手たちは、とても良い声でも、譜読みが苦手、もしくは楽譜が読めない人が結構いるのです。プロのオペラ歌手になる研修所では、そういう理由で続けられない人も出てきていました。

ベッリーニ《ノルマ》 2018年5月、ビルオバのエウスカルドゥナ国際会議場・コンサートホールにて。演出はバレンシア歌劇場の劇場支配人で、研修時代の繋がりもあり実現した公演。

――研修所に入った時から、もうプロのオペラ歌手になれるかどうかが試されている感じなのでしょうか?

劇場にしてみれば、研修所で育てた歌手たちを実際に公演に使いたい、という目的もあるのです。だから、私たちのレッスンの状況を先生やピアニストの方たちが歌劇場の事務局に報告しているんですね。そうした、常に評価されているという環境はストレスも多く、1年目はあっという間でした。

その頃までの私は、何か作品を勉強するときに、いつも実際に声を出して歌って身体に入れる、という方法でやっていたんです。でも量が多すぎるし、勉強する曲のジャンルもばらばらだったので、声の健康がリスクにさらされてしまいました。声を守るのは自分しかいない、劇場とは恐ろしいところでもあるんだな、と悟りました。2年目になってやっと、できないことはできないと言えるようになったのです。オーディションがあっても、この役は私には合わないから受けません、と。そうしたら、逆にそれが評価されました。私はこれがやりたい、私はこれができる、というのを持って挑戦するようになり道が開けました。

バレンシアという都市の魅力

――バレンシア歌劇場はとても大きく近代的な建築で、スペインの歌劇場の中でも重要な活動をしていますね。バレンシアは文化に力を入れている都市と言えますか?

歌劇場はとても大きくて、中にはオペラ公演用の大ホール、コンサートホール、記者会見などに使われるホール、そしてアカデミーの公演に使える小さめのホールもあります。その他にもリハーサル室や個人で使える練習室もたくさんあり充実していました。歌劇場がある地区は他にも博物館や水族館、科学技術館などがある文化的な地区なんです。

バレンシア州立歌劇場 (撮影:Julius_Silver)

そしてスペインの歌劇場の特徴としては、イタリアなどと比べても、演目がイタリア・オペラにかたよらず、ドイツ、フランス、その他の国の演目をバランスよく紹介していると思います。出演歌手もアメリカやヨーロッパの様々な国の歌手がいます。

バレンシア州のペニスコラにて。「Calle Esperanza」(「希望の道」)という名称に「私の名前だ!」と感動して撮った一枚

――住んでみて街の特徴はどんなところにありましたか?

バレンシアという街は海岸沿いで、市の中心地から海岸までバスで10分とか15分で行けてしまうので、週末ともなると、みんなでちょっと日光浴をしに行こうよ、散歩をしに行こうよということになります。昼間からビールを飲んだり、ワインを飲んだりする人も多いですから、陽気な雰囲気がありますね。私は地元のオペラ好きな方たちとも知り合いになり、劇場で会っておしゃべりをしたり、私が別の都市でオペラに出演する予定があると、知らない間に「私たち、もう観に行く予定にしているわよ!」と言われたり(笑)。親日家が多い気がしますし、バレンシアで暮らしていて嫌な思いはしたことがないですね。

加藤さんが最近発見したレストランで、唸るほど美味しかったロブスターのパエリャ

――ご自身はバレンシアでどのような日常を過ごされていますか?スペインは料理も美味しそうです。

はい。私は食べることが大好きなので(笑)、週末はレストランに行くことが多いです。例えば、何もない日曜日は10時、11時位に家を出て、まずは食前酒を飲みに。美味しい牡蠣が食べられるバールがあるんです。そこで昼間から牡蠣を食べながらシャンパンを飲みます。その後に、レストランに行ってパエリャを食べるんです。

オペラとの出会い。そしてプロになって様々な役を演じる

――加藤さんはお母様が声楽を勉強されたそうですね。オペラとの出会いも早かったと思いますが、ご自分がオペラ歌手になりたい、と思ったのはいつでしたか?

最初にオペラに衝撃を受けたのは、中学三年生の時に新国立劇場で観た《ラ・ボエーム》でした。当時、私が習っていた声楽の先生からチケットをいただいて観に行ったのです。生のオーケストラと海外からのキャスト、そして美しい衣裳や舞台美術に息を飲みました。その時に母にも「わたしもこうやって歌いたい」と言ったんだと思います。まだオペラ歌手になりたいとかそういう具体的な意味ではなかったですけれども、人ってこんなに大きな声が出るんだと(笑)。厚いオーケストラの音の中でも声が飛んでくる。私もこんなふうに歌えたらいいな、と思ったことを覚えています。何を言っているのかは全く分からなかったですけれども、それでもミミが亡くなるシーンでは涙しました。心に伝わってきたんです。

――それから自然にオペラ歌手への道を?

そうですね。それからはコンクールに挑戦して賞をいただいたりだとか、そういうことが積み重なって、だんだん明確に道が見えてきたんだと思います。

――オペラの中ではソプラノとテノールは常に恋人同士というか、主人公を演じることが多いと思います。その点メゾソプラノはカルメン役のように魅力的なヒロインを演じることもあれば、ライバルだったり、様々な役を演じますね?

確かに色々ありますね。この前はカルメンを歌いましたが、メゾソプラノは例えば“ズボン役”と呼ばれる若い男性の役を歌うこともあるんです。モーツァルト《フィガロの結婚》ケルビーノ役などがそうです。私もこれまでグノー《ファウスト》ジーベル役や、モーツァルト《皇帝ティートの慈悲》アンニオ役などを演じてきました。印象深かったのはブリテン《ねじの回転》のグロース夫人役を歌ったことです。年配の家政婦役なので白髪のカツラをかぶって演じました。若いヒロインの役もあります。モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》のドラベッラ役などもそうですし、今、一番歌いたいと思っているのはマスネ《ウェルテル》のシャルロッテ役です。バレンシア歌劇場に在籍していた時に、本公演でこの役を歌うアンナ=カテリーナ・アントナッチの体調が悪かったので、私がカバー歌手としてオーケストラ合わせや舞台稽古で何度も歌わせてもらえたのです。すでにロールとしては持っている役なので、チャンスがあったらぜひデビューしたいです。

――様々な役柄を演じるオペラ歌手として、役作りはどうしていますか?

私は時間がある時にカフェに座って人間観察をするのが好きなんです。今はちょっとコロナのこともあり、あまりカフェにも行けないですが… それから映画をよく観るのですが、映画からヒントを得ることも多いですね。なぜかホラー映画と戦争映画が好きなんです(笑)。最近観た『ジョーカー』のホアキン・フェニックスの演技などは本当に恐ろしかったですが、彼を違う作品で見ると同じ俳優とは分からないくらいです。俳優がどういう動き、どういう仕草や指の使い方をしているか?そういうことに注目しながら映画を観ています。

2019年モデナ歌劇場でのウンベルト・ジョルダーノ《アンドレア・シェニエ》。2017年から3年続けて同劇場のシーズン公演に出演

スペインで経験したコロナのロックダウン

――普段はバレンシアにお住まいとのことですが、コロナウイルスがヨーロッパで流行し始めたときにはどこにいらしたのですか?

日本でコンサートがある予定だったので帰国していました。コロナが問題になり結局コンサートは中止に。バレンシアに戻ったのは3月5日頃だったのですが、ちょうどその時期バレンシアでは火祭りというとても有名なお祭りがあるんです。全世界から観光客が訪れ、市庁舎前の広場に囲いを作り、そこで爆竹を鳴らします。その周りには通れないほどの人が集まります。私が戻った時期にはすでに中国で死者が多く出て、日本でもクルーズ船における感染などが大きく報道されていた時でしたから、お祭りに集まった人々を見て本当に恐ろしく感じました。

でも、そのときにはスペインではまだニュースの街頭インタビューなどでも、気にしていないと発言する人が主流だったのです。それからわずかの期間にヨーロッパで感染が増え、3月14日にはもう外出制限。そこまでが早かったです。4月の頭にはスペインの死者も1日で1000人近くになりました。テレビの報道も病院などからの生々しい映像が伝えられるようになりましたが、情報がないのも怖いですからどうしてもそのニュースを見てしまう。悪夢のような恐ろしい毎日でしたね。

――ロックダウンの間は、心理状態も刻一刻と変化していったのではないでしょうか。どう過ごされていましたか?

約1ヶ月半ありましたので長かったです。その期間に日本で予定されていたNHK交響楽団のパーヴォ・ヤルヴィ指揮《カルメン》メルセデス役、新日本フィルのシャルル・デュトワ指揮、ベルリオーズ作曲《ロメオとジュリエット》も中止に。ロックダウンがいつまで続くか分かりませんでしたから精神的にもかなり落ち込んでしまい、今まで私がやってきたことは何だったのだろう、と考えるまでになりました。自分の体調不良でコンサートに出演できない場合などとは違い、ある日突然に「あなたはもう歌えません」となってしまったので。音楽を聴くことすら苦しくなってしまいました。5月に外出制限が解除されるまで音楽からはかなり離れていましたね。

YouTubeでスペイン歌曲を紹介

――以前、このコーナーでインタビューをさせていただいたバリトン歌手の大西宇宙さんが始めたYouTubeチャンネル「宇宙と歌おう!」で、加藤さんがモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》を大西さんとデュエットしていましたね。歌も素晴らしかったですし、誘惑される村娘の演技も可愛らしかったです。加藤さんご自身も最近、YouTube動画でスペイン歌曲のシリーズを始められたということですが?

そうなんです。コロナ禍がいつまで続くかも分からないですし、いつまでもクヨクヨしていても何も始まらないということに最近になってやっと気がついたと言いますか。それはやはり大西さんや、同じようにYouTubeチャンネルで対談させていただいた指揮者の原田慶太楼さんなどの活動を拝見して、私たちの状況は皆同じなんだ、でも皆は、人とつながろう、音楽を続けていこうと活動している。私も動かなくてはと思えるようになって。

動画はスペイン歌曲などをアップして行けたらなと思っています。そして演奏だけではなく、もっと身近に感じていただけるようなお話を含めた配信ができたらいいな、と。すでに何曲か録画をして、今、編集をしていただいているところなので、間もなくアップできると思います(現在はすでにこれらの曲は公開中)。それから将来は歌劇場での仕事も紹介していけたら嬉しいですね。というのも、私は劇場が本当に好きなんです。特に、誰もいない、真っ暗な劇場のオフの状態というのが好きで。稽古の始まる30分くらい前に劇場に行って、ただその場の雰囲気を感じている、ということがよくあります。

大切なものを守りながら、未来へ向かって

クエリンカという街の近くにあるひまわり畑

――加藤さんが人生で大事にしていることはなんですか?

人とのつながり、でしょうか。私がこの仕事を続けているのも、私をここまで連れてきてくれた人たちがいたからです。先生や劇場関係の方々、そして友人たち。実はロックダウンの最中に、誰とも一切連絡を取らなくなっていたのです。苦しくて、先が見えなくて、真っ暗で。当時はそう感じるのはロックダウンのせいだと思っていたのですが、今よく考えると、人とのつながりを自分から切ったことが苦しかったんだろうと思い当たります。苦しい時でも、連絡を取り合って、自分の状況を伝え合う、そのことによって支え合っていけるんだと今になって分かりました。助けてもらえるし、自分が誰かを助けられる状況もあるかもしれないですよね。

――今年の11月にオビエドで《蝶々夫人》公演にスズキ役でご出演の予定ですね?

はい。劇場からメールで、今のところは公演予定ですという連絡がありました。私にとって今年の最後の光です(笑)。

プッチーニ《蝶々夫人》2017年10月、バレンシア歌劇場にて

――最後に、今後の活動についての抱負、そして読者へのメッセージはありますか?

コロナウイルスの影響で世界は本当に変わってしまいましたが、自分が今できることを常に考えつつ、それを行動に移していけたら、と思っています。もちろん演奏活動はこれからも続けていきたいです。ヨーロッパで活動の場を拡げ、また日本では昨年《カルメン》にデビューして歌わせていただく機会が増えてきたので、日本でもたくさん歌っていけたらと思っています。

――どうもありがとうございました。ご活躍を心よりお祈りしています。

(取材・文 / 井内美香)

今後の日本での公演について

東京バレエ団×モーリス・ベジャール・バレエ団「第九交響曲」
2021年4月29日~5月2日(2020年4月の代替公演)
指揮:梅田俊明
振り付け・演出:モーリス・ベジャール
演奏:東京交響楽団
ソプラノ:高橋 維
メゾソプラノ:加藤 のぞみ
テノール:城 宏憲
バリトン:今井 俊輔
合唱:東京オペラシンガーズ
出演:モーリス・ベジャール・バレエ団/東京バレエ団


加藤のぞみ
東京藝術大学修士オペラ専攻首席卒業
バレンシアの劇場の研修所に日本人で初めて合格、2年の研修を受ける。
日本で2019年オペラ「カルメン」で主役カルメン役デビューする。
安宅賞、松田トシ賞、アカンサス賞、同声会賞を受賞し、同声会新人演奏会、第60回読売新人演奏会出演。同大学院修士課程オペラ専攻を大学院アカンサス賞、武藤舞奨学金を受賞し、首席修了。
2013年度明治安田クオリティオブライフ文化財団の海外音楽研修生として渡欧。
パルマ国立アッリーゴ・ボイト音楽院を経て、2016年スペイン・バレンシア歌劇場Palau de les arts Reina Sofia直属の若手歌手育成プログラムCentre perfeccionament Placido Domingoに日本人で初めて合格し、2年間の研修を積む。
様々な劇場出演、賞を受賞しながら、2019年10月、神奈川県民 ホールにてジャン・レイサム=ケーニック指揮の下、ビゼーのカルメン表題役でデビューを果たした。

現在はバレンシア在住 / 二期会会員

オフィシャルホームページ

シェア!