ららら♪の「Vol.7 リポート」

 2020年1月19日(日)、東京は前日の雪混じりの冷たい雨から一転、澄み渡る青空に輝く太陽の陽射し溢れる午後の2時から、渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて「ららら♪クラシックコンサートVol.7 ベートーヴェン特集~生誕250周年に寄せて~」が開催されました。

 ドイツ人は「周年」を大切に祝う文化があると言われていますが、中でも同国生まれの偉大な音楽家ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生誕250周年の今年は特別。ドイツ各地の名門楽団がプログラムをベートーヴェンで染め上げ、この1年は楽聖と称される彼の楽曲が国中に響き渡ります。第7回目を迎える「ららら♪クラシックコンサート」においても、時代を超えて世界中の人々を鼓舞する彼の旋律がたっぷりと披露されました。

 オープニングは特別に編曲された名曲メドレー。ベートーヴェンの生涯において円熟の頂点へと向かう黄金期と言われる1801年から1824年に生み出された名曲が勢ぞろい。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、交響曲第5番「運命」、交響曲第6番「田園」、交響曲第7番、そして交響曲第9番…「歓喜の歌」。本日の出演者全員の演奏で華やかな幕開けです。

 「今回のコンサートは出演者の皆さんの熱意が強い…とスタッフが驚いています」と語る司会の高橋克典さんに、出演者を代表して及川浩治さん(ピアノ)が答えます。「ほんとに、ものすごいですよ。最初のリハーサルの時から熱量が違いました。みなさん凄い汗で力強い演奏をされます。これも、まさにベートーヴェンのエナジーに引きずられているからだと思います」

 続いてヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」第1楽章。この曲は1805年の出版当時、名演奏家でパリ音楽院教授でもあったロドルフ・クロイツェルに献呈されたことから「クロイツェル・ソナタ」と呼ばれています。「ヴァイオリンにはもっと豊かな表現がある。ピアノと対等に張り合うべきだ…」とベートーヴェンはこの楽曲を通してヴァイオリンの可能性を飛躍的に高めたと評されています。演奏は奥村愛さん(ヴァイオリン)と中野翔太さん(ピアノ)。

 そしてチェロ・ソナタ第3番・第3楽章。作曲家として円熟期を迎えていた1808年に完成。チェロとピアノが歌うように美しく掛け合いながら、華やかな旋律を繰り広げます。演奏は辻本玲さん(チェロ)と中野翔太さん(ピアノ)。

 演奏後の奥村さんは「クロイツェル・ソナタを弾くのは久しぶりです。全楽章を弾くと45分から50分と長くて体力を配分するのが難しいのですが、今日は第1楽章だけなので思い切り全エネルギーを使って弾きました。ベートーヴェンについては、不器用だけど素直で、情がとても豊かな方という印象を持っています」。

 辻本さんは司会の高橋さんから「チェロの1番の魅力は何ですか、1つでなくて幾つでも…」と聞かれ、茶目っ気たっぷりに「…そうですね…魅力の第5番目はずっと座っていられる事、第4番目は弾いているとかっこいい事(笑い)ですね」。そして「べートーヴェン以前のチェロはわき役で伴奏の楽器でした。この曲でのチェロは、広い音域に渡って活躍し、ピアノと同格の主役の存在です」とベートーヴェンの功績も紹介。

 ピアノの中野さんは「今日演奏した2曲は弦楽器とピアノが対等な関係でお互いにやり取りをするのが特徴の楽曲です。それを素晴らしいお二方と一緒に演奏できて、とても気持ち良かったです」と感想を語ってくれました。

 そしてピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」第3楽章と「エリーゼのために」を及川浩治さんのソロで。「テンペスト」は聴力を失ったベートーヴェンが温泉療法のために移り住んだハイリゲンシュタットで書かれたものです。第3楽章は馬車の足音から着想された冒頭のフレーズに始まり、やがて激しい嵐(テンペスト)の中に突入します。

 「テンペストは第1楽章から徐々に盛り上がりをみせる楽曲です。第3楽章をいきなり弾くのは難しかったですね。そしてエリーゼのためにはベートーヴェンが愛する女性の為に描いた作品。ピアノを習う子供たちにも人気の曲ですが、決して気軽な曲ではないと思います。随所にベートーヴェンならではの“ベートーヴェン印”が出てきます。魂を込めて描かれた曲だと思います」と及川さんはこの曲の特徴的な幾つかのメロディを弾きながら熱血解説をしてくれました。及川さんに促され、子供のころピアノを習っていたという司会の高橋さんもさわりのフレーズに挑戦、場内から大きな拍手が沸き起こりました。

 第2部のスタートは3つの二重奏曲第1番を奥村愛さんと辻本玲さん。そしてピアノ・ソナタ第8番「悲愴」第2楽章とピアノ・ソナタ第23番「熱情」を中野翔太さん。

 「悲愴」は1798年前後の意欲作。若きベートーヴェン自身が「悲愴」という詩的なタイトルを付ける事で曲を聴く前から聴衆にひとつの印象を与える試みに挑んだ作品です。祈りを捧げるような優美さをたたえる第2楽章は旋律の美しさが格別で、広く愛され続けています。一方「熱情」はかなわぬ恋の苦しみの中で書かれたといわれる激しい曲。この曲を可能にしたのはベートーヴェンのリクエストに応えたイギリスのピアノ職人たちの情熱から。音域を5オクターブ半に広げ、膝で操作していたレバーを足先に移動、ピアニストが体全体を自由に動かせるようになった事で「熱情」あふれる激しい演奏が可能になったと言われています。

 「悲愴は20代後半で耳の不調を自覚し始めた頃に作られています。僕自身はこの第2楽章には慰めを感じます。ベートーヴェンの自然や周りの人々に対する愛情を感じる曲です。熱情は35歳の僕と同じ年齢の頃の作品です。ベートーヴェンはこの2年前に遺書を書いています。一向に良くならない聴力への絶望感から自殺寸前まで追い込まれた。音楽があるからこそ立ち上がる事ができた…、ベートーヴェンの苦境に対する精神力の強さを感じます」と中野さんが2曲の選曲理由を語ってくれました。

 続いて弦楽四重奏曲第8番「ラズモフスキー第2番」第1楽章、第4楽章。ウィーン駐在ロシア大使のラズモフスキー伯爵の依頼を受けて創作。当時伯爵家には演奏の名手が揃えられていた事もあり、高度な技術を要する曲が構想されました。演奏は海外でも評価の高いカルテット・アマービレの篠原悠那さん(ヴァイオリン)、北田千尋さん(ヴァイオリン)、中恵菜さん(ヴィオラ)、笹沼樹さん(チェロ)。

 「ベートーヴェンの弦楽四重奏は特別な領域です。名だたるカルテットの先輩方を見ていても演奏家が一生を掛けて突き詰めていく神聖なイメージがあります。技術的な要求はもちろんのこと、より難しいのは音符に込められたベートーヴェンの精神的な世界観を表現することです」と語る篠原さんに続き、「ラズモフスキー第2番の第1楽章は悲しみや短調の物憂げなメロディ。それに対して第4楽章は打って変わった長調で元気なメロディです。そのコントラストを楽しんでください」と笹沼さんが曲を紹介。

 最後に選ばれたのはピアノ・ソナタ第14番「月光」第1楽章〜第3楽章。1801年に完成し、ベートーヴェンよって「幻想曲風ソナタ」と名付けられました。「月光」は詩人レルシュターブがこの曲を形容した言葉が発祥です。幻想的な光景を呼び起こす旋律に今なお高い人気を集めるこの名曲を及川浩治さんが演奏してくれました。

 アンコールはオープニング同様にベートーヴェン・メドレー・アンサンブルのメンバーの泉真由さん(フルート)、中舘荘志さん(クラリネット)、柿沼麻美さん(ファゴット)、濵地宗さん(ホルン)、片倉宏樹さん(コントラバス)が加わって出演者全員で、本日のために特別に編曲された「He Was Born(彼は生まれた)」を演奏。歌曲「君を愛す」と劇音楽「エグモント」より「勝利のシンフォニー」…この2曲をつなげたのは世界で初めての試みです。「多くの人々に幸せや喜びを与えること以上に崇高で素晴らしいものはない」…ベートーヴェンの言葉通り、素晴らしいコンサートとなりました。

 次回の「ららら♪クラシックコンサート」第8弾は「4手6手ピアノ特集~夢の競演でたどる音楽史~」と題して、5月9日(土)14時からサントリーホール、6月20日(土)13時30分から横浜みなとみらいホールで開催されます。バッハからジャズまでの名曲を2台や3台のピアノで競演します。

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